No.03
封蝋にサナ王家の家紋が押された手紙。
雑に開封して、ざっと内容を確認すると机に投げ捨てる。
「伯母上も食えない相手だ」
ルキナは机を挟んで向かいに立つ従者のカイに視線を向ける。
読んでみろ。
そう目が語っている。
「失礼します」
投げ捨てられた手紙を手に取り、一読するカイが絶句。
「わかっててやってるんだろうよ、これは」
ルキナがカイの手から手紙を奪うと、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
相手国の王族に求婚したのはこちらから。
王太子を指名したのは、我が国に抗議を入れてもらうため。
問題を起こす王子だと、自分のことを見限って欲しかったのだ。
なのに返答は王女をよこすという。
王族同士の婚姻の場合、そのつながりを持つことを大前提にしている。
指名などあって無いに等しい。
都合のいい人間が他に居れば、代替えで送ったり、送られたりする。
伯母上は王女をよこすと言ってきた。
「くそっ!」
この国の人間にダメな王子だと見限ってもらう予定が、小国とは言え外国の後ろ盾を得たと取られてしまう。
しかもこの国にとって伯母上はその武勇伝から英雄扱い。
その娘となると……
「18歳の王女ですか。この歳で婚約者もいなかったとなると、何かあるんですかね」
カイのつぶやきにルキナは鼻を鳴らす。
「こっちは20歳で婚約者なしの王子だ。訳アリはお互い様だろうよ」
身分の低い母親。
上の兄2人は原因不明の病。
兄達の後ろに居る権力者たちの争いに油を注がないためには、とっとと後ろ盾にもならないような下級貴族の令嬢と結婚してしまうのが一番だった。
しかし、ベッドから出ることもできなくなっている兄達。
万一のことがあれば、王位を継ぐ可能性もルキナにはある。
そうなればしっかりとした後ろ盾がある令嬢をもらわないといけない。
どうすべきなのか判断できずにここまで来てしまった。
「来ちまうものは仕方ない。花嫁殿を迎え入れる準備はしておけ」
吐き捨てるような命令。
「どちらへ?」
部屋を出ていくルキナにカイが尋ねる。
「気晴らしに出かけてくる」
見渡す限りの畑。
どこかで家畜の鳴く声が聞こえる。
「のどかなところだな」
セレナがネイクリア国に足を踏み入れた最初の感想。
「ここで私に何をしろと言うのかな、母様は」
これでも王女なのだから、それなりの準備をして、それなりの共を連れての輿入れではないのだろうか。
なのに母は、準備が出来たら送るから、ひとりで先に行けと城を追い出された。
まあ、今は考えても仕方ない。
とりあえず旦那になるルキナ王子がいる屋敷にでも行くか。
この地域が直轄地なのだから、そこに居るだろう。
「とはいえ、不作なのかな?」
緑豊かなサナとは違い、元気のない作物。
水は足りているようだが、発育が悪い。
「あ、おばあさん。ちょっと話聞かせて」
農作業中らしき人物発見。
慌てて呼び止める。
「おや、どちらさんだい?」
おっとりした話し方をする人だ。
「通りすがりの旅人です」
正直に名乗るには、ちょっと私の恰好は居たたまれない。
長距離を馬で単身駆けて来たので、男装した服は埃まみれでヨレヨレだ。
これで王女を名乗る勇気はない。
「この辺り、今年不作なの?作物に元気が無いけど」
私の問いに静かに首を横に振る。
「この辺りは土地が痩せているんだ。これでも今年はマシな方さ」
おばあさんの顔色を見ると、あまりよくない気がする。
おっとりとした話し方をするのではなく、疲労が蓄積されて元気が無いのかもしれない。
「そっか」
作物だけでなく、人にも影響が出ている目に見えない何か。
こういう場合は大抵、精霊がいないからだと決まっている。
「もうそろそろ仕事に戻らないとね。お前さんも気を付けて旅をおしね」
ニコリと微笑み、ゆっくりと歩き出すおばあさんを見送りつつ、ため息がもれた。
「この土地、改造しちゃってもいいかな……怒られるかな」
よそ様の領地、勝手にやったら怒られるか。
……元気なく歩いて行ったおばあさんの姿が脳裏に焼き付いている。
「ちょっとくらいなら、いいかな」
しゃがんで、地面に手を付けてみる。
大地の精霊の気配はない。
頬をなでる風にも精霊の気配はない。
「ここへ……」
「!邪魔だ。こんなところで座り込むな」
精霊への呼びかけを始めようとした矢先、頭上から怒声が響く。
「何?」
急に視界に影が降りたかと思うと、頭に激痛。
そのまま意識がフェードアウトした。