No.02
王妃の部屋。
そこから聞こえる大爆笑。
うっかり部屋の前を通った使用人達はびくりと体を震わせて、何事かという視線を扉に投げる。
そしてそこが王妃の部屋であることに気付くと、仕方ないというようにまた歩き出していった。
「母様って一体……」
そんな様子を一部始終見ていて、ため息がもれる。
さて、気を取り直し。
「母様、よろしいですか?」
誰もいなくなった扉の前に立ち、未だに爆笑している部屋へと声をかける。
「あら、セレナ。入っていいわよ」
笑いが納めきれない声で入室許可が出る。
なんかちょっと入るのが怖くなるな。
「失礼します」
恐る恐る扉を開けると、ソファでくつろぐ美貌の母と、泣きそうな顔で母の前に立ち尽くす弟の姿があった。
「姉様……」
情けない声で私を呼ぶ弟。
「どうしたの、アルス」
まぁ、たぶん厄介な手紙をもらったのだろうという想像はできる。
しかし、母にまで相談とは珍しい。
こういうのは恥ずかしいからと、私以外に相談せず、手紙そのものを見なかったことにして封印していたのに。
「私の祖国、ネイクリアからの結婚申し込みよ」
笑い過ぎて涙目の母が、手紙を私に差し出した。
「あれ?あの国にアルスと釣り合いのとれた年頃の姫っていましたっけ?」
確か3人王女がいたはずだが、一番上は結婚していて、弟と歳の近い二番目は婚約者がいて、一番下はまだ3歳だったはず。
小国とはいえ、王太子の正妃だ。
家臣の令嬢とかではないだろう。
「第三王子のルキナ殿下よ」
母がサクッと告げる。
「えー、私宛ですか?」
相手が王子なら、矛先は自分だろうとげんなりする。
「ところが、アルス宛なのよ」
どこまでも楽しそうな母。
「姉様……」
両手で顔を覆う弟。
「えー……」
言葉が見つかりません。
何を考えているかな、そのバカ王子。
よりにもよって、次期国王に結婚申し込みとかありえない。
世継ぎはどうするんだ。
とは言え、絵面的には完璧だ。
うむ。
母の甥だけあって、こちらも美形。
弟と並んだらさぞ眼福だろうな。
実に惜しい。
「……姉様」
ジト目で私を見る弟。
おっと、いかん。
考えが顔に出ていたらしい。
「ま、こんだけ笑わせてくれるバカな甥っ子は好きね」
こういう息子が出来てもいいだろうと、自己完結の母。
「そういうことで、セレナが嫁に行ってちょうだい」
爆弾発言来た。
「嫌よ。だって申し込みされたのはアルスでしょ?アルスが行けばいいじゃない」
自分が行くくらいなら、いくらでも弟を売ります。
「……姉様」
それを聞いた弟の複雑な表情。
「大丈夫、アルス。あんたは美形。奴も美形。周囲は眼福だから」
わけのわからない持論で、話を持ってこうとしたが、やっぱりだめらしい。
「ま、バカはそのあたりにして、冗談抜きに行ってきなさい。たぶんこれ、ルキナ殿下なりのSOSよ」
ネイクリアは王太子、第二王子ともに原因不明の病に倒れているという。
そのため王太子派、第二王子派、互いに何かしただろうと責め合い、国が分裂しそうになっているそうだ。
この辺りの情報は、ネイクリア国王が姉にあてた書状に書かれているらしい。
「なるほど、これで第三王子派とか出てくると面倒ね」
唯一健康な王子を次期国王にと持ち上げる輩が出てきてもおかしくない。
「……はぁ、それでアルスに求婚か」
断られるのわかってての暴挙。
女性に興味ありませんってね。
しかもこんなバカなことを実践しちゃうような王子を王座にとか考えられないだろう。
バカやる相手が母なら、笑って流してくれる……か。
「なんで自分ところの問題、うちに火の粉飛ばすかな」
憎らし気に手紙を睨む。
「でも、セレナならどうにかできるでしょ」
母の気楽な一言に天を仰ぐ。
「大きな国なんだし、半分に割ってきていい?」
上2人の王子が権力争いしているのだから、半分に分けちゃえばいいじゃないかと切に思う。
「だめ。私の祖国だし、割って欲しくないわ」
あっさり却下された。
「じゃあ、いっそ、ルキナ殿下に王様になってもらいますか」
割るのがダメなら、権力争いしてない人を王座につけちゃおう。
「そうするとセレナが王妃になっちゃうわよ?」
的ど真ん中に母の言葉が刺さった。
「それはダメだね」
私はそんなのになりたくない。
「片づけたら、離縁って形で、私を回収してくれないかな」
母に打診してみる。
「嫌よ。だってセレナ、回収した後、行先無いじゃない」
ごもっともです。
独身でいつまでも実家にいる娘など、お荷物でしかないですよね。
前世でそういう従姉妹や友達の姉を見てきました。
「望まぬ結婚と行き遅れ。どっちが幸せなんだろう」
遠い目をしてつぶやけば、母がまた笑いの発作を起こす。
「大丈夫よ、あちらも不本意な結婚なんだし、お互い様。気にせず好き勝手やってきな」
そんな言葉で送り出されました。
本日2度目。
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