No.19
城の応接室には賑やかな笑い声。
「姉上、笑いごとではないですよ」
この国の王は困り果てたようにため息をつく。
そもそもセレナをルキナに嫁がせるという話は、作り話だったのだ。
恥を忍んで姉に国内の状態を相談したら、セレナなら何とかしてくれるのではないかという話になった。
確かに、良くも悪くも、事態を動かす力のある姪だ。
それに賭けてみようと思った。
そこで問題になるのは、どういう理由を付けて、この国に呼ぶか。
婚約者のいない王子はルキナだけ。
いろいろと騒ぐ者も出るだろうが、一時的な婚約者に据えることにした。
その矢先に甥相手にやらかした息子。
姉はちょうどいいからと、そのままセレナを追い出したそうだ。
「全く、何を考えているんだ、あいつは」
一時的にお預かりした姪。
結婚どころか、婚約すらしてない状態で身籠らせるとは。
「義兄上に何と言って詫びたらいいのか」
この姉が選んだ相手だけあって、見かけ通りのただ穏やかな人ではない。
怒らせると怖いのだ。
この国は大国などと言われているが、小国と侮られている王が世界最強だろう。
精霊の絶対的な信頼を得ているのだから。
「大丈夫よ。だってルキナをけしかけたの、私だもの」
むしろサナの国王は、ルキナを妻と娘に翻弄される可哀そうな義理の息子と同情している。
「アルスもルキナの味方に付いてるし、何の問題も無いわよ」
こちらも義兄に対しての同情だろうが。
「どうかこのまま、セレナ姫をルキナ殿下の許へ。よろしくお願いしたします」
なぜかミレニア達に同行してきたサナの宰相、タウもこの場に居て、必死に頭を下げている。
「わかっております。今更白紙撤回など出来ません」
後継者問題がまた、荒れるのかと思うと、ため息が出る。
王太子は、勉強も武術もそこそこ出来、それなりの人望もある。
しかし自信が足りないのだ。
その不安から、いろいろと噂の絶えない従姉妹姫を心酔するようになってしまった。
第二王子は、もともと王座につけるような器の人間ではない。
そのうえ、兄を慕っていることが裏目に出て、こちらも従姉妹姫を崇拝し始めた。
さらに国内でも問題のある貴族達は、それなりの人望ある王太子を廃嫡して、いいお飾り人形になるだろう第二王子を王太子にするよう迫って来た。
このままではまずいと思い、王子達には病気になってもらって、王位争いを一時保留にしたのだ。
「それにしても、フィエナには気の毒なことをしてしまった」
財務大臣の娘、フィエナ。
王太子の婚約者になる予定だった娘。
フィエナもそれを望んでいた。
頭の良い娘で、一部ではこの国のセレナと囁かれている。
その噂を聞いて、第二王子が強引に婚約してしまったのだ。
フィエナは相当嫌がったが、息子可愛さに、認めてしまった。
王太子は家柄が良ければ、どんな娘でも良い。
しかし第二王子は、あの馬鹿ぶりを支えられる娘でないと、将来が心配でたまらなかったのだ。
「セレナに勝るものを示せれば、王太子の妃にすると言ったのでしょう?」
自信のない王太子を支えられる存在であるなら、フィエナの希望を叶えると約束した。
ミレニアが気軽な口調で言ってくる。
「それは無理だろう」
王都にまで噂が流れてくるほど、ルキナの領地は開発が進んでいる。
たった数ヶ月、予算もほとんどない状態での成果。
そのうえ、栽培困難とされていた薬草の栽培方法の確立。
気力を失っていた、年老いた街は生きがいを取り戻し、元気なお年寄りが溢れる街へと変貌しているという。
枯れたはずの土地では作物が育ち、雪に埋もれる地域は、商人の流通が可能な状態になっているという。
内乱を引き起こしかねない貴族達の粛清、意図的とはいえ、回復させるのが難しいとされていた王子達の病をあっという間に改善させた。
何をやれば、これに勝るものを示せると言うのか。
フィエナを探してやみくもに走り、国王陛下の執務室へと流れついた。
そこから母様の笑い声。
思わず身を隠して、立ち聞きしてしまった。
うん、聞かなきゃ良かった話を聞いてしまった。
確かにあの第二王子の婚約者とか勘弁して欲しいよね。
私ならば断固拒否する。
「姉様、どうするんですか?」
同じように立ち聞きしていたアルスが、いい笑顔で聞いてくる。
まさか、見捨てたりしないよねと、無言の圧力。
ここぞと言うときに、他者にNOを言わせないのは父様の十八番。
弟が父様に似てきてしまった……
「なんでもかんでも私に押し付けるのやめて欲しいのに」
母様も、この国の国王も、弟も、私を何だと思っているのか。
小娘に出来る範囲など、たかが知れているのに。
「ルキナ、カイ、アルス。私、今夜は完徹になりそうだから、明日可笑しな行動取ってたらフォローよろしく」
あー、もう、どうにかしましょう。
無事、王太子が王座について、フィエナが支えてくれるのであれば、私は悠々領内引きこもり生活ができる。
一応メリットはあるのだと、自分に言い聞かせる。
「いまさらだろう」
「いまさらですね」
「姉様、通常時で、すでに可笑しいので問題ないですよ」
……ルキナとカイはギリ許す。
アルス、後で覚えておきなさい。
「陛下、母様、失礼いたします」
一応形式的に声はかけるが、返事は待たずに扉を開ける。
そこには驚きをあらわにした陛下と、楽しそうな母様、私達を見てショックのあまり気絶したタウがいた。
「陛下、お久しぶりでございます」
「このような姿で申し訳ありません」
セレナは右足を一歩引き、片膝を付くと、右手を胸の前に運び、騎士の礼を取る。
アルスはスカートの裾をつまんで広げると、優雅に礼をする。
「お前ら、それ逆だろう」
それを見ていたルキナがツッコミ入れてくるが無視。
だって、見張りから剥いだ服は騎士の服。
スカートじゃないのだから、女性の礼が取れないでしょう。
アルスもスカートじゃ、男性の礼を取ったところで決まらない。
お互い、咄嗟でもこの礼が取れるのは……まあ、主に私の趣味による、幼少期からの慣れです。
ほっといてください。
「お話は聞かせていただきました。私に任せてみませんか?」
にこりと微笑んでみる。
長い廊下を走り抜ける。
普段走ることなど無い体は、こんなちょっとした距離でも限界を訴えてきた。
あともう少し。
そう自分に言い聞かせた所で、目的の部屋が見えてきた。
たどり着くと、慌てて駆け込む。
「フィエナ様」
部屋の中には数人の身分高そうな貴族達。
経済を支える者、外交が強い者、裏社会に影響力が強い者などだ。
王太子、第二王子、どちらにもつかずに保留としていた大物貴族達。
「ごめんなさい、わたくしの力が足りないばかりに」
フィエナは集まっていた貴族達に頭を下げる。
「顔をお上げください。わたくし共は、フィエナ様に従う者です」
頼りない王太子が王となり、その横でこの国のためにと力を尽くすフィエナ。
そんな未来を支持する者達。
「ですが、わたくしでは、セレナ様に及びませんでした」
小さい頃から同じ年の彼女と比べられることが多かった。
セレナ様の様になれと言われ、期待されてきた。
その期待に応えようと、自分なりの努力もしてきた。
ここ数年、不作が続いて食料危機に陥っていても、混乱や餓死者が最小限に抑えられているのは、フィエナの尽力によるもの。
成人した年の国王の生誕祭。
つまり明日までに彼女に勝れば、第二王子との婚約を破棄して、王太子の妃にすると約束してくれた国王陛下。
いままで積み上げてきたものに自信があった。
なのに……その自信は、あっさりと砕かれる。
「あの方には勝てない」
内乱の可能性を秘めた者達が次々と粛清されていく。
調べてみたら、彼女が動いていたのだ。
多くの国民が彼女に助力し、彼女自身には精霊がついていた。
精霊に祝福されし者の存在。
それだけだって、食料危機や災害からの脅威が軽減される。
起こってからの対応になるフィエナに対して、起こらないようにするセレナの存在。
はじめから勝ち目はなかった、
「まだ諦めないでください。この国の事を誰よりも想ってくださるのは、フィエナ様なのですから」
貴族の一人が慰める。
しかしその言葉はフィエナに届かない。
「フィエナ様、そのお手に持たれている紙は何でしょう」
別の貴族が、フィエナの持つ紙の束に気付いた。
「これは……セレナ様の鞄に入っていたものです」
なぜか使用人として働いていた彼女。
偶然耳にした不思議な知識。
確かめに行ってみれば、彼女がいた。
焦っていたのだ。
思わず彼女からもらった薬で気絶させ、部屋に運び込んでしまった。
使用人の服ではあんまりだからと、着替えさせるときに見つけった鞄。
その中に入っていた。
巻き返しに使えないかと、出来心で持ち出してしまった。
完結までもうちょっと。
ラスト、巻に巻いてます。
いきなり感半端なく、違和感ある話運びなのは承知ですが、エタるよりはマシと吹っ切ってます。
きちんと納得して完結させられる方って、本当に尊敬します。




