No.18
気が付けば、豪華な部屋のベッドの上。
え、何故こんなところにいるの?
全くもって、記憶にない。
「そういう時は、まず落ち着くと」
パニック起こせば、余計に混乱するだけ。
門番に紹介された仕事は、普通にまかない飯の炊き出し係だったでしょ。
そしたら晩餐用の盛り付け担当が、皿を間違えたとかで、急遽盛り付け班へ移動。
せっせと盛り付けしていたら、配膳担当が銀製のナイフやフォークを磨くの忘れてたと泣き出して。
見かねて、磨き担当を一手に引き受けたと。
そうは言っても、鍋にアルミと塩入れて、銀製のナイフやフォークを入れて数分煮込むだけ。
これも前世の豆知識。
だって、かなりの数あったし、あれをせっせと地道に磨くのは勘弁して欲しかったから。
「磨き担当を引き受けたのが、お人好し過ぎたのかな」
それ以降の記憶が無い。
一瞬、鼻につくような刺激臭を嗅いだ気もするけど……
ふと横を見ると、見覚えのある小瓶。
それにうっすらと刺激臭のするハンカチ。
「フィエナ?」
確か第二王子の婚約者にあげたもの。
「え、なんで?」
第二王子派の小物を潰したし、報復とか?
さっぱりわからない。
とにかく本人に会って、話を聞かないと。
ベッドから降りて、血の気が引く。
いや、貧血とかじゃなくてね。
服装が変わっているんですよ。
使用人服から、ドレスに。
ハッキリ言って、動きにくい。
それに……鞄が無いです。
「うそ、マジで?」
あれには私の楽園計画が。
人目に触れさせるなど、黒歴史再びだ。
「いやいやいやいや、駄目でしょ、それ」
見落としてないかと、くまなく探して、鞄だけは見つけた。
しかし、明らかに中身が少なくなっている。
案の定、スケッチの束が無い。
のおおおお……勘弁してよ。
意図して持ち去られてるよ。
「取り戻さないと」
あれが人目にさらされる前に。
扉の前には……人の気配。
やはり見張りはいるか。
ならば、倒すまで。
「武術や腕力無くたって、やりようはあるのよ」
少し開くとピンと張るくらいの長さの紐を、扉の足元につける。
で、武器になりそうなのは……これでいいか。
気絶薬とハンカチを手に取った。
あとは扉のすぐ横に身をひそめると、おもむろにポットを掴み、窓めがけて投げる。
ガシャン!
派手な音を立てて砕け散るガラス。
「何事ですか?」
慌てて扉をあけて入って来た見張り。
ピンと張られた紐に足を取られて、すっ転ぶ。
「ごめんなさい、恨みはないのだけど、緊急事態だから」
一応謝ってから、ハンカチで口と手を塞いだ。
バランス崩した人間に抗う術など無く、そのまま意識を失う。
「あら、結構、華奢な子だな」
動きにくい服をどうにかしようと思っていたので、ちょうどいい。
ごつい男の服はダボついて、余計動きにくいが、この子の服なら多少裾折るだけで問題なさそうだ。
王の生誕祭に向け、各国から集まる賓客のために用意された客室のあるエリア。
ルキナとアルス、カイはフィエナの使っている部屋を目指して、足早に歩く。
「本当に、セレナなのか?」
ルキナがカイに確認する。
「たぶん。使用人の中に、不思議な知識を持った者がいたそうです。なんでも瞬く間に大量の銀製品を磨き上げられると。そんなことできる人間、セレナ様としか思えません」
銀製品を磨くには、かなりの時間と労力がかかる。
そんな知識にとんだ人間を他には知らない。
「急に姿を消したそうですが、後からフィエナ様の使いが用事を頼んだと伝言があったそうです」
なんで使用人の中に紛れていたんだと、ルキナが愚痴る。
「姉様、なにかやらかしてなきゃいいけど」
外交問題は勘弁して欲しいと焦っている。
姉が何かされているという事態は、全く考えていない様子の弟。
「セレナの身に危険があるとは考えないのか?」
ルキナが素朴な疑問をアルスにぶつけてみる。
「考える必要ないです。姉様には地と風の精霊が加護を与えているので、何かあるならこの城はとっくに倒壊してますから」
加護を持つ人間に危害を与えて、精霊を怒らせるなと言うのは、昔からの言い伝え。
サナでは当たり前の精霊だが、他国ではその存在を知る者は少なく、おとぎ話と思われている。
「精霊は存在するのですか?」
アルスが嘘を言っているとは思わないが、信じがたい事実でもある。
カイは戸惑いながら聞く。
「気付いてなかったんですね。義兄様の領地、雪が少なかったでしょう。姉様の友人で風の精霊が雪雲を極力寄せ付けないように頑張っているんですよ」
初めて知らされる事実。
「それに、温室でも、それ以外でも、作物育っていたでしょう。姉様に付いて行った地の精霊がいるので、作物の育ちが良くなったんです」
そう言われると、その通りだった。
セレナが来てから、「開発が進んだから」だけでは説明できない奇跡が多々起きていたのだ。
「あいつは何でもありなんだな」
改めて思い知らされる。
自分のところに来た人物の凄さを。
「よくそんな人間を手放したな、サナの国は」
そう思わずにはいられない。
これが自国の人間なら、どんなことをしても、国外に出したりなどしないだろう。
「姉様、面食いな上に、趣味が特殊なんです」
そこでいったん言葉を切ると、ルキナに頭を下げる。
「あんな姉ですが、本当によろしくお願いします」
ここ断られたら、本当に行き場が無いのだと、切羽詰まった眼差しを向ける。
「……どんな趣味だ?」
そこがすごく重要な気がしてきた。
そう聞いた瞬間、アルスの視線が逸らされる。
「今は姉様と合流するのが先ですね」
そのまま走りだすアルス。
「おい」
ルキナはカイを見るが、カイもセレナの趣味はわからないと首を振る。
これは本人を問いたださないといけないだろうと、心に決めた。
見張りの服を剥ぎ取り、着替えは完了。
「これ、どうしようかな」
裸で転がしとくのは、人としてまずかろう。
かと言って、別の着替えなど無い。
あったなら、そもそも剥ぎ取ったりしていない。
「これでいいか」
さっきまで自分が着ていたドレス。
かなり窮屈だろうが、被せるくらいはできるだろう。
しかしこの見張り、華奢ではあるが、どう見ても男だ。
ドレスを着せても悲惨な結果にしかならないのは一目瞭然。
分かってはいるが、他に服は無い。
「トラウマにならないといいけど」
そう思いつつ、とりあえず着せてみた。
うん、似合わないね。
「姉様、ここですか」
ちょうど着替えさせ終わったところで、アルスが駆け込んでくる。
「あら、アルス。どうしたの、急に」
私の服がよく似あっていること。
見ちゃいけない、ドレス男を見た後なので、心が洗われる。
「やっちゃってる」
私の手元にいる男を見て、悲壮な顔しつつ、膝から崩れ落ちる。
「姉様、他国の城でそういうことやめてくださいよ。どうするんですか、これ」
え、どう勘違いされているの?
これ、趣味でやってると思われてる?
失敬な、私だって、やる人間くらい選ぶわ。
「セレナ、どうした?」
「セレナ様、ご無事ですか?」
アルスから少し遅れて、ルキナとカイも駆けつける。
それで、ドレス男を見て、絶句する。
「そういう趣味か」
すごく納得したようなルキナの声。
え、本当にどういうこと?
いやいや、ここでのんびりしている余裕はないんだった。
「そう、趣味」
趣味のスケッチ、楽園計画を取り戻さないと。
黒歴史が再び、さらされることになる。
前世では、さらされたと同時に、人生の終末だったから、そこに救いはあった。
しかし、今生の人生はまだまだ続く。
「フィエナは今、どこにいるの?」
何としても、早急に取り戻さねばならない。
結末をどうしようか、考えて、考えて、考えて……ぐるっと一周して、こういう感じにたどり着いてきた。
腐女子設定……ここは活用するところかなと。




