No.15
フィエナの笑いが収まるのを待ち、屋敷の中へと案内される。
「先に殿下にお会いしておきたいのですが、よろしいですか?」
嫌なものは先に終わらせておきたい質です。
客室へと案内されそうだったので、切り出した。
すると急に顔を強張らせるフィエナ。
「先に……ですか?」
何かまずいことでも言っただろうか。
「使者の方も、そうとう容体が悪いと言われていたので、早い方がいいかと」
適当に理由を付けてみる。
「そうですね。確かに容体は悪いのですが……わかりました。覚悟して、お会いください」
意を決したようなフィエナの言葉には迫力さえ感じる。
え、何、そんなに悪いの?
もしかして病名を勘違いしている?
だったら私にはお手上げだな。
なんてったって医者じゃない。
そのそも今日、治すかどうかも決めていないし。
病状見て大丈夫なようなら、後日王太子と一緒に治したい。
どちらかの王子の味方に付いたと誤解される事態だけは避けたいのだ。
歩き始めたフィエナに続く。
屋敷の最奥。
立派な扉の前で止まった。
「まずはセレナ様、おひとりでどうぞ。煮るなり、焼くなり、お好きになさって結構ですから」
よくわからない言葉と、黒い笑みで扉の中へと促される。
「私ひとり……」
すっごく不安なんですけど。
なぜルキナとカイが一緒ではダメなのか。
「…………」
恐々と扉の中へ入り、見てはならないものを見てしまい、Uターン。
外に出ると、きっちり扉を閉めた。
「セレナ?」
不思議そうなルキナの声。
「何この部屋」
ルキナの問いなど無視して、フィエナに問う。
「ブラキオ殿下の部屋です」
私の反応が予想済みだったフィエナは冷静だ。
「よし、ここは壊しましょう」
うん、そうしよう。
精神衛生上、こんな部屋、存在してはならない。
そんな私の言葉に満面の笑みを浮かべたフィエナ。
「この部屋を喜ばれたらどうしようかと思いましたけど、安心いたしましたわ。解体の件、喜んでお引き受けします。ご本人からの要請であれば、ブラキオ殿下にも文句は言わせませんわよ」
明らかにこの部屋にうんざりしていたのだろうフィエナ。
なるほど、フィエナが初対面でも私の名前を知っていたことに納得してしまう。
フィエナは、すぐさま家令を呼ぶと、解体業者の手配をするように指示を出す。
「解体工事中、殿下の仮部屋が必要ですね。すぐにご用意いたします」
様子を見ていたメイド達も喜々として、行動に移った。
「この部屋に何があるんだ?」
そんな様子を見ていたルキナが、怖い物見たさに扉へ手をかけた。
「それ見た瞬間、アレと兄弟である事実に苦しむことになるわよ」
忠告はしてあげた。
それでも中を見るというのなら、あとは自己責任だ。
私は知らない。
「そんなにまずい物なのか?」
思わず扉から手を放して、なぜかカイにお伺いを立てている。
お伺いを立てられたカイは、私を見る。
おいおい、まったく。
「見るなと言っても、好奇心が勝るのは仕方ないことか」
自分と立場を逆にした場合、私はどんな手を使ってでも見るだろう。
ならここで駄目だと言ったところで、説得力など無い。
「フィエナ様、この薬で殿下の目が覚めないようにしてきてもらえますか?」
小さな小瓶に入った無色透明の液を渡す。
「布に染み込ませ、鼻と口に当てて10秒もすれば大丈夫ですから」
扉の前でこれだけ騒いでも中から全く声がしないのだから、眠っているだろうと思うが、万が一起きてしまうと面倒なので、対処させてもらう。
「いいですわよ」
あっさりと小瓶を受け取るフィエナ。
迷いもせずに扉の中へ入り、30秒もかからず出てきた。
全く躊躇しなかったのだとわかる速さだ。
「結構匂いがきついんですね」
使用済みのハンカチを手に、少し考えてから微笑む。
「セレナ様、この薬いただけませんか?」
悪だくみなど無縁とも思える微笑みに、なぜか黒い物を感じてしまうのはなぜでしょう。
「悪事に手を染めたりはしませんから、ご安心を」
私の不信感に気付いたのか、笑みを崩さぬままフォローを入れる。
「ただ、ブラキオ殿下が暴走すると、いろいろと止めるのが大変ですの。この薬は効き目がよさそうですから」
なるほど、熱狂的な信者の暴走は確かに手が付けられない。
この部屋がいい例だ。
「そういうことなら喜んで差し上げます」
ストッパーには最大限の協力を惜しみません。
「ここは止めるべき気がするんだが……」
「関わらない方が身のためだと思いますよ」
ルキナの呟きを、カイがきっぱり否定していた。
「さてと、これで面倒なの起きてこないから、おののいていいわよ」
解禁とばかりに、扉を開ける。
露わになる部屋の中。
興味深々に除いたルキナは、絶句する。
「これはまた、すごいですね」
結構冷静なカイ。
「すごいわよね、よくこんなの用意したと思うわ」
床から天井まで届く額縁に飾られた肖像画。
ちょっと前の私の姿だ。
その肖像画の前に置かれた祭壇。
なんの儀式に使うのだと、怖くなる。
「毎晩ここでお祈りしてますわよ。最初は何の宗教かと思いましたもの」
もう慣れたと言わんばかりのフィエナ。
こんなのの婚約者にされて、かなり苦労してきたのだろう。
そう思うと同情してしまう。
「半分はルキナと血がつながってるのよね。私を拝んだりしないでよ」
「するか、そんなもん」
血は争えないモノ。
早々に釘を刺しておく。
「えっと、殿下は……と」
部屋を見回してみる。
肖像画のインパクトが強すぎて、ベッドの位置を把握してなかったのだ。
「殿下なら、すぐ後ろにいますわ」
すかさずフィエナが教えてくれる。
「…………やっぱり」
青い顔して眠る姿を見て、ため息が出た。
状態はひどいが予想した通りの症状。
治すことは難しくない。
さて、どうする。
後日王太子と一緒に治すべきか、今治すべきか。
考えを巡らせていると、目の端に入ってきた肖像画。
「……よし、治そう」
もう会いたくない。
「フィエナ様、殿下はどのくらいの頻度で回復魔法を受けられているかご存知ですか?」
体から溢れる水系魔法。
力は使えばすぐに消えると思っている人が多い。
しかし実際は長いことその場に留まるのだ。
火の力を体内にため過ぎると、人体発火。
風の力を体内にため過ぎると、カマイタチ。
地の力を体内にため過ぎると、過重圧。
水の力を体内にため過ぎると、自然治癒力の麻痺。
火、風、地は人に向けて使う魔法はあまりないため、ため過ぎる状態になることはない。
ただ、回復魔法は水魔法のため、ため過ぎるということがまれにある。
まれというのは、かなりの過保護でもない限り、起きないということだ。
「だいたい日に10回程ですわ。殿下のお母様から、厳しく言われてますの。どんなに小さな傷でも、悪化して万一があってはならないから、すぐに魔法で治すようにと」
はい、こういう人を過保護と言います。
この世界、回復魔法を使える人間が少ない。
そんな無駄魔力使うくらいなら、重症患者に回した方が世のためだろうに。
「緊急時以外の回復魔法は禁止してください。水魔法の乱用が病気の原因ですから」
ベット脇のテーブルに置かれたコップを拝借。
持ってきた薬草の粉数種類を取り出すと、次々コップに入れていく。
そこに水を入れてかき混ぜれば、青黒い、なんとも毒々しい液体の完成。
「まさか、それを?」
驚愕のフィエナ。
「はい、そのまさかです」
あっさりと肯定する。
前世では体の毒素を体外に出す、デトックス効果のある野菜などがあった。
この世界では、体に溜まった魔力を体外に排出する効果のある薬草がある。
栽培困難植物に挙げられているため、ほとんど知られていないけど。
「ルキナ、カイ、殿下の手足、押さえといて」
これ、見た目以上に味が強烈なので、さっき嗅がせた薬など吹っ飛び目が覚めてしまう。
殿下の口をこじ開け、おもむろにコップを口元へと運ぶ。
そのまま一気に傾けると、液体は喉の奥へと流れ込んだ。
その瞬間、眠っていた殿下の目が見開き、そのまま白目をむいて気絶した。
「こんなものかな」
一仕事終え、ちょっとすがすがしい気持ちになる。
「え、本当に大丈夫なのか、これ?」
気絶した兄の姿に戸惑うルキナ。
「しばらくは胃痛、腹痛、胸やけ、吐き気、いろいろ出るけど、治れば健康になるから」
魔力の体外排出はいろいろと苦しみを伴うんです。
怪我の痛みや苦しみを楽して解決してきたのだ。
その反動は覚悟するしかないだろう。
そろそろ花粉症の時期到来。
かなり強い薬飲んでるんですが……眠い眠い。
モニターの文字、読んでるはずなのに、一向に頭に入らずです。
誤字・脱字等あったらすみません。




