No.14
王都へ向かうべく準備を始めて2ヶ月ちょっと。
思いのほか薬草の育ちが良く、あらかた収穫出来た頃に、その使者はやって来た。
「失礼は承知の上で、お願いがございます」
応接室に通された使者は、勧める椅子を断り、床に膝をついて懇願し始めたのだ。
「我が主にどうか、どうかお会いしてください」
あまりに必死過ぎて言葉が見つからない。
「えっと、あなたは誰の使者なんでしょう」
まさかの質問。
はい、これ知らないでいきなり応接室に呼ばれたんですよ。
「ブラキオ兄上の使者だ」
ぶっきらぼうに答えるルキナ。
ああ、第二王子ね。
「国王の生誕祭で会えるだろうに、なぜ急に?」
もうちょっと待てば、生誕祭で王都へ行くのだ。
今ここで慌てて会う必要など無いだろう。
「ブラキオ殿下はもう、その生誕祭に出席できない程に弱っております。病に侵され、身動きもできない御身。セレナ様にお会いしたいとだけ、うわごとの様に繰り返されるのです」
涙ながらに語られるその言葉。
え、ここは同情するところ?
いや、いや。
よく内容を考えてみよう。
うわごとの様に繰り返される私の身を。
怖いから、本気で。
正直行きたくはない。
熱狂的な信者となんか、会う回数は極力減らしたい。
王太子とまとめて治療するから、個別治療は勘弁して欲しい。
しかし、とも考える。
どちらかの王子を先に治して、王座を確定させてからもう一方を治す。
納得するか、しないかは知らないが、争いは避けられるのではないか?
……いや、駄目か。
納得するわけがない。
そればかりかルキナが、先に治した方の王子側に付いたと判断され、争いに巻き込まれる。
領主を通しての正式な面会っぽいので、私が独断で断らない方がいいかと判断。
「ルキナ……」
ここは断るべきと目で訴える。
あれ、死ぬような病気じゃないから。
今度、王太子とまとめて治すから。
「……セレナが望むなら仕方ない。俺が同行すること。その条件で良ければ許可する」
のおおおお?
ルキナが私の視線の意味をくみ取ってくれない。
どころか、完全に真逆の意味にとらえた。
ああ、お互いを理解できる日は遠そうだね。
「ブラキオ殿下が病に負けてしまわれた原因はルキナ殿下にあります。セレナ様とのご結婚が決まったことにひどくショックを受けられ、そのまま……。それでも同行されると言われるのですか?」
使者の厳しい視線がルキナに向く。
「だからだろ。そんなところに、セレナ一人を行かせられるか」
正論と言えば正論だろう。
そんなところに一人で行けとか言われたら、断固拒否する。
「……仕方ありません」
私と目が合い、使者は私の考えをくみ取ったらしい。
悩んだ末に、ここは妥協したようだ。
第二王子に会いに行くことが決定した事実よりも、精神的ダメージが大きいのは、なぜだろう。
あれから超特急で準備して、馬車に揺られること数時間。
ここは第二王子の管轄地だそうだ。
普段は王都にいるが、今は療養のために戻って来てると。
「あれが兄上の屋敷だ」
馬車から見えたひと際大きな屋敷。
その屋敷の玄関前で馬車は止まった。
「ああ、セレナ様」
その玄関先で待ち構えていた、きれいな女性は誰でしょう?
初対面のはずなのに、なぜか名前知っているし。
「お初にお目にかかります。わたくしブラキオ殿下の婚約者で、フィエナと申します」
洗練された立ち居振る舞いとは、こういうことを言うのか。
祖国で礼儀作法の先生に厳しく言われたこと、今まさに目からウロコの感じで理解したよ。
だからと言って、王女といえど自由気ままに過ごした田舎の姫には同じようにできません。
「ルキナ殿下の妻のセレナと申します」
同じようにできないが、真似しようとする努力はできる。
挨拶してみて、フィエナが不思議そうに首を傾げた。
「ご結婚はまだでしたわよね」
そういえば、まだですね。
実家から一向に輿入れ準備が出来たとか言ってこないし。
まさかのお流れとかは無いと信じたい。
あったとしても、蹴散らすけど。
「事実婚ですから」
正式に婚約とかしていないし、他に言い方思いつかなかった。
そう言うと、フィエナが顔を赤らめる。
「お前は、恥じらいを持てと言っただろうが」
ルキナも結構顔が赤い。
あれ?
事実婚の定義は、事実上夫婦と変らない生活をしていること、だったよね。
なにか間違っているだろうか。
もう一緒に生活しているし、恥も無いだろうに。
「セレナ様、失礼します」
見かねたカイが、この世界での事実婚の意味を耳打ちで教えてくれた。
日本でいうところの三日夜餅みたいな感じ。
式やお披露目は後回しで、事実だけ作ってしまうと。
やっぱり間違ってはいない。
「ルキナが恥じらってるんだし、私は堂々としててもいいんじゃないかな」
2人して恥じらってても、しょうがないだろう。
こういう乙女のしぐさはルキナの方が似合う。
「逆だろう、それ」
苦虫噛んだような顔して呟くルキナ。
カイはノーコメントを貫くようだ。
「ふふふ」
花の咲くような可愛らしい笑い声。
フィエナが口元押さえて、肩を震わせている。
「ふふ、ごめんなさい」
いや、何に謝られているのかわからないです。
「わたくし緊張していたの。どんな神様がいらっしゃるのだろうと」
完全に第二王子の口癖に耳タコだったのだろう。
ある種、洗脳かもしれない。
これだから熱狂的な信者というのは困ったものだ。
「普通の人間ですから」
しっかり訂正しておこう。
ルキナとカイが物申したそうな顔しているが、サクッと無視する。
「そのようですわね」
まだ笑いが納めきれないフィエナが肩を震わせつつ頷いた。
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