No.11
郊外に大きな霊園が完成して、早2ヶ月。
仕事部屋では、ルキナが机に突っ伏している。
「休んでいないで、早く書類にサインをお願いします」
主が仕事放棄しているのを、冷たく見下ろすカイ。
「ありえないだろう、この状況」
泣き言の入るルキナ。
「普通、こんな規模の計画が、順調に進行するなんておかしいんだよ」
街全体どころか領地全体に及ぶ開発だ。
問題ないはず無いのだ。
しかし、一時出来ていた、開発反対派は霊園完成とともに、開発推進派と統合。
今ではすっかりセレナの信者になってしまった。
それ以降、目についたトラブルもなく、順調。
あと問題と言えば、セレナがこの領地開発に参加していると知って、各地から商人達など多くの人間が参加希望を出してくるくらいだろう。
しかし、それもセレナが的確に裁いていく。
おかげで、決めなければならない書類が溜まる一方だ。
「本当に何者なんだよ、あいつは」
どんなに好条件を出してきた組織でも、あっさり切るセレナ。
かと思えば、あまり魅力的な条件にも見えない組織を受け入れている。
後々、切られた組織は問題が発覚することが多い。
「あれは見事ですよね」
どこをどう、調べれば、そんな情報を手に入れられるのか。
カイは何とかその秘密を探ろうとしていた。
が、成功した試しはない。
なぜか、いつも寸でのところで妨害が入ってしまうのだ。
「ところで、あいつどこ行ったんだ?」
今朝から姿を見せない元凶。
「セレナ様でしたら、スノーベルの街へ行かれてますよ。薬草の栽培方法について、いろいろご指導されていますから」
取り扱い要注意の危険な薬草を栽培するのだから、みっちり指導しているらしい。
「少しは大人しくしててくれると、助かるのに」
セレナが動くと仕事が増える。
なんか知らないが、次から次へと街の人間が開発計画を拡張していくのだ。
セレナと話していて、アイデアが浮かぶとか言って。
そして確実に信者を増やしていってる。
おかげで、どうせトラブルなどで工事が遅れるだろうと甘く見ていたルキナは、この順調さに休む暇もなく書類にサインばかりする日々を過ごしているのだ。
もう、このまま逃げてしまおうか。
追い詰められた精神状態に、本気でそんなことを思っていた。
すると扉が叩かれる。
「ルキナ様、お客様がお見えですが」
家令の声で、額に青筋が浮かぶ。
「もう、いい加減にしてくれよ」
いつもこのパターンで、仕事が増える。
もう限界だった。
「あらあら、セレナに振り回されているみたいね」
高く澄んだ声に含まれる笑い。
扉が開いて、入って来たのは美しい女性。
「…………伯母上、なぜここに」
弾かれたように、ルキナが立ち上がる。
本来、こんなところに居ていい人じゃない。
「様子を見にね、お忍びで来ちゃった」
セレナの母、ミレニアが何ともいい笑顔で言ってのけた。
「…………来ちゃったって」
一国の王妃がそれでいいのか?
家令に視線を移せば、どうしたらいいのかと目が問いかけてくる。
「ミレニア様、とりあえず応接室に場所を移しましょう。ここはいつ人が入ってくるかわかりませんから」
とっさにカイが機転を利かせる。
ここはルキナの仕事部屋。
開発に関しての相談や、書類の催促など、人の出入りが多いのだ。
外国に嫁いだ王妃がお忍びでいるなんて知られたら大事だ。
「そうだな」
ルキナも我に返り、家令に目配せする。
心得たもので、その視線を受けた家令は、ミレニアをすぐさま応接室へと促す。
「あら、私はここでも構わないのに」
ちょっと不満そうだが、ここの主はルキナ。
大人しく従ってくれた。
「あれが、あいつの母親か」
遠い目をして、つぶやくルキナにカイは同情的な目を向ける。
肖像画でしか見たことない、初めて会う伯母は、聞く話以上に破天荒そうだ。
あの母にして、あの娘。
ちょっと納得してしまった。
場所を応接室に移して、改めて伯母を見る。
噂に違わぬ美しさ。
サナの王太子は、この伯母に似た美しさだという。
つい、ここ2ヶ月あまり共にいることの多かったセレナを思い浮かべてしまった。
あまり似ていない。
ちょっと不憫に思いつつ、カイが運んできた紅茶に手を伸ばす。
本来ならメイドの仕事なのだが、来客が来客だ。
あまり人目に触れさせたくないということで、こういうことはカイがこなしてくれている。
「もう、あの子の事、抱いた?」
「っ!」
紅茶を口に含んだ瞬間に聞かれ、思わず吹き出す。
ついで咽る。
何を言うんだ、この人は。
「ルキナ様、大丈夫ですか」
慌てたカイが背中をさすってくれる。
「まだなら、さっさとして欲しいのよね」
楽しそうに言ってのけるミレニア。
婚姻前の娘だというのに、それが母親のセリフかと眩暈を覚える。
「あいつは国に戻りたがってるぞ。手なんか出せるか」
最初にキスして泣かれたのが、結構トラウマになってしまった。
「キスはしましたよね、セレナ様が来られた日に」
余計な一言を加えるカイ。
おい、お前は誰の味方なんだ。
「あら、そうなの。脈無しでもないんなら、早々にお願い」
あっさり言う母。
娘の貞操かかっているのに、こんな母が居ていいのか?
不信感露わにしたルキナに、笑顔を収めるミレニア。
「冗談抜きに、お願い」
急にまじめな顔をするミレニアに、ルキナも話を聞く気になる。
「貴方にセレナを嫁がせる気でいること、上の王子達に知られてしまったの。横やりが入るかもしれないわ」
セレナは小国の王女。
しかも、国民に人気の高いミレニアの娘。
強力な後ろ盾を得て、王位継承問題にルキナが参戦するように映るのだろう。
ましてやセレナの信者がこの国にも多数存在すると思われる。
そのセレナと結婚すれば国が豊かに発展すると信じて疑わない者も多そうだ。
王太子や第二王子にとってはかなりの脅威に違いない。
「王位継承問題に割り込む気はないんだがな」
頼まれたって要らない。
「いえ、そうじゃなくて。上の王子2人はセレナの信者なのよ」
「…………」
ミレニアの爆弾発言に、言葉が見つからない。
「セレナが誰かのものになるくらいなら、自分たちのどちらかが妃とするだって。冗談じゃないわ」
王子達は熱狂的な信者。
セレナは不可侵の女神なのだそうだ。
「そんな信者になんて嫁いだら、あの子、崇められるだけでしょ。孫の顔が見れないじゃない」
握りこぶしを作って熱弁する伯母。
信者との縁談は潰してきたが、信者以外との縁談は潰されてきた。
いろいろとご立腹らしい。
「…………」
なんと答えよう。
「とにかく孫の顔が見たいの。女性恐怖症のアルスに跡継ぎ出来るか不安だし、セレナにかけるしかないのよ」
ある種、お家存続の危機らしい。
美貌の王太子にそういう噂があるのは聞いたことがある。
そんな噂をものともせず、猛アタックしている女性が大半だそうだが。
大丈夫じゃないか?
そんな言葉は、とりあえず飲み込んだ。
「しかし、本人が望んでないのに無理には……」
くどい様だが、キスして泣かれた。
会った初日に軽い気持ちでやって、トラウマになる程へこんだのだ。
なんか今、手を出して拒絶されると立ち直れない気がする。
「大丈夫よ。あの子、結構面食いで打算的だから。ルキナ殿下は、かなりセレナの好みだと思うわ」
だから嫁ぎ先に選んだのだと、あっけらかんと言ってのけるミレニア。
前半部分は聞かなかったことにする。
後半部分は……本当にそうなのだろうかと、思わず考えてしまった。
そういうそぶりは、無い。
……無い?
開発反対派の対応をしたあの日、セレナが落とした紙を拾ってしまった。
そこに書かれてた、寝ている自分の姿。
なぜかものすごく恥ずかしくなり、真相を確認できないまま今日に至る。
あれって、そういうことなのだろうか。
「私の要件は以上。あまり長居するのも良くないから帰るわね。孫の事、頼んだわよ」
言いたいことだけ言うと、颯爽と出ていってしまった。
混乱する思考から抜け出せぬうちに……
キーワードに「恋愛」と入れてました。
書いてみたくて、そういう要素を入れる気満々だったから。
しかし難しい。
甘い感じにすると、私が見悶えて続きが書けず。
シリアスや切ない系は、この話に合わなさ過ぎる。
何より技量がありませんでした。
どうしようかと悩み、お母様登場でいろいろぶった切ってもらいましたよ。
「孫のため!」これで全てが丸く収まる……かな?




