No.10
メイドに用意してもらったルキナの食事。
スープにパンにミルク。
食べやすさを重視して、ナイフやフォークが必要になる料理は省かれていた。
でもちょっと自分の朝食より美味しそうに見える。
もともと贅沢には慣れていないので、こういうシンプルな料理の方が好きです。
「今度、料理長と交渉だな」
どこのコンクールに出品するのか、というような芸術作品が毎回テーブルに並ぶが、普通の料理も作れるのだと今回判明。
ここは是非とも、シンプルな料理に変えてもらわねば。
毎回食事が大変なんです。
魚と野菜が絶妙のバランスで重ねられたメインなど、フォークで突いただけで倒壊します。
白鳥型に彫られた果物は、頭からいくか、羽根からいくか。
前世で、たい焼き&かにパンを、どこから食べるか真剣に議論していた、学生時代を思い出します。
安心感のある食事、この領地に来てご無沙汰なので、切に望みますとも。
そんなこと考えているうちに、仕事部屋到着。
「ルキナ、入るよ」
一応扉はノックするが、返事は待たずに中へ入る。
「……入ったよ」
もう一度声をかけてみるが、私、アウトオブ眼中。
まったく視界に入りません。
気付いても貰えません。
「お疲れか」
ため息が出る。
真剣に書類を見るルキナと、限界を突破して椅子に倒れこむように眠ってしまったカイ。
無茶な主人に付く、従者も大変だ。
「ルキナ、そこまで」
食事の入ったトレイを片手で持つと、空いた方の手でルキナから書類を奪う。
一瞬、何が起きたのか理解できていなかったルキナだが、すぐに私を認識した。
「セレナ……そうか、時間か」
約束の5日がたった。
対応策が見つからなかったのだから、この先は私にバトンを渡すしかない。
頑張ったのに出せなかった結果。
今は悔しいというより、燃え尽きたという感じのルキナ。
「失敗は付き物。次に生かせれば、今回のことは無駄じゃないから」
気休めにしかならない言葉をかけると、机に積まれた書類を端に寄せ、トレイを置いた。
スープのいい香りが漂う。
「食事……忘れてたな」
そう呟くが、パンにもスープにも手が伸びない。
やっぱりね。
前世で私も、やらかしたことがある。
食事も忘れて不眠不休で2日ほどゲームをしっぱなし。
我に返ったときには胃が食べ物を受け付けない状態だった。
ほっとけば拒食症にでもなってしまうのかと恐怖を覚えたが、幸い一日で復帰出来た。
たっぷりのお湯で煮込んだ米に薄い塩味。
これをちょっとづつ胃に流し込めば、やがて胃が食べ物を受け入れることを思い出してくれる。
個体差と重度にもよるだろうが、私はそれで復活した。
当時は食べ物の匂いだけで、吐き気がしたが、ルキナは平気そう。
なら重度的には私より軽いだろう。
「食欲無いんでしょ。無理に食べなくてもいいけど、ミルクは飲んでね」
スープよりはミルクを選ぶ。
食べ物が入ると胃酸が出る。
あまり量が食べられないのなら、ミルクの方が胃に膜張ってくれて、胃炎になるリスクが減るのではないかと、素人ながらに考えてみた。
言われた通り、ミルクを手に取り、ゆっくりと飲みだすルキナ。
もう、寝不足過ぎて、自分の行動とか理解しないで動いているのだろうな。
「飲めたら目を瞑って、ゆっくり10数えてみて」
行動が理解できない程になっているなら、もう寝せてしまわないと危なくて仕方ない。
案の定、3までしか数えられず、たぶん4、5と言っただろう言葉は、宇宙語になっていて、6以降は寝息に代わっていた。
「ほんと、世話が焼ける」
こういう手のかかる弟みたいなのは和む。
2歳ほど上のはずなのに、その年齢差なんて全く感じさせません。
ふと、その穏やかな寝顔を見下ろし、思わず下唇を噛んでしまった。
なんで、ここにはカメラが無いんだろう。
前世で機械に強かったなら、何が何でも開発したものを。
残念ながら私は機械オンチなので、構造とかさっぱりわからない。
仕方ないので、その辺の紙にスケッチするにとどめる。
一見、冷たい印象を与えかねない程、整った顔立ち。
しかし中身がちょっと残念な感じで、空回りしている姿が可愛い。
ギャップ萌えというやつだろうか。
これ、結婚したら私のものなんだよな。
「!」
ぼーっとそんなことを考えて……その事実を今、認識した。
実家に帰省するとき、一緒に連れて行って、弟と並べたりもできる。
可愛らしい子を雇い、世話係にして、側で眺めていることも可能。
やばい、私の楽園がここに。
出戻って、目の保養にもならない人と再婚させられる可能性を考慮するなら、このままモノにするのも有りか?
領地のために頑張っているし、多少のわがままは受け入れられるべきかと思う。
「さ、さてと」
いろいろと思考がヤバイ方向へと転がりだしてしまった。
とりあえずルキナから視線を外して、新しい紙とペンを取る。
さっきのスケッチは、そっとポケットに忍ばせてから。
「もう、これ以上、反対派の対応を保留には出来ないのよね」
工事はすでに始まってた。
反対派の対応が決まらないからと、何もしないから工事は続行されたまま。
なす統べなく壊されていく街を見る人の心情を思うと、早急な対応が必要だった。
目を覚ましたルキナは我が目を疑った。
屋敷にゴウズワナ、キルギス、アズル、アトヴィル、それに開発に反対している代表者と実際に工事を任された現場監督が招集され、問題が解決していたのだ。
「俺、そんなに長いこと寝てないよな?」
思わず隣で立ち尽くしているカイに聞く。
聞かれたカイとて、寝ていたのでルキナと同じ心境。
「6時間ほどでございます」
哀れに思った家令が、そっと答えてあげていた。
「開発現場では、よく地元の方とトラブルになるケースが多くて困っていたのですよ」
「なるほど、こういう解決策もあるのですな」
キルギスとゴウズワナが、ひたすら感心したように頷いている。
「よくこんな事、思いつきましたね」
「しかし、これこそが本来のあり方だと思えるから不思議ですな」
アズルとアトヴィルが狐につままれたような顔をしている。
「なんで俺らがという気がしないでもないが……自分の故郷に置き換えて考えたら、こんなありがたいことは無いんだから仕方ないか」
「ありがとうございます、セレナ様。この温情に報いるためにも、これからは開発を全力でサポートさせていただきます」
工事現場の監督は苦笑いしつつも、楽しそうだし、反対派の代表は涙を流して感謝していた。
「何をやった?」
自分が5日もかけて出せなかった対策を、こうも簡単に円満解決されると、本当に凹む。
「ご先祖様を大事にしただけだよ」
微妙にルキナから視線を外して、答える。
この世界、先祖の墓は自分の土地に作るのが普通。
移転するときは、たまに墓を新居へ移す者もいるが、多くは墓を片して終わり。
途絶えた家の墓も、片づけられる。
開発に反対している人達は、この先祖を侮辱する行為に憤っているのだ。
だから提案した。
郊外に大きな霊園を作り、街の礎を築いたご先祖様をみんなで供養しようと。
その間、工事は全てストップ。
工事関係者や街の住民みんなで、墓の移動に参加する。
出稼ぎ労働者の多い、現場の人間は、祖先を大事にしたいという方針に共感してくれた。
墓の移動を全面的に協力するとしてくれた、工事関係者たちに、反対派の人間は素直に礼を述べたのだ。
これで深い溝になるかと思われた関係が、一気に好転。
墓の移動期間中は工事が遅れるが、工事関係者と住民の間で衝突が減れば、工事の遅れなどすぐに取り戻せる。
キルギスとゴウズワナは、長い目で見て快くセレナの案を了承してくれたのだ。
書いていた後書きを削除しました。
ここに書くべきではありませんでした。
この後書きに対して感想を下さった方、ありがとうございました。
アクセス数とブックマークの多さに戸惑ってますが、頑張りますので、よろしくお願いします。




