No.01
精霊の友人。
そう呼ばれる緑豊かな小さな国。
名をサナという。
国の中心にある、こじんまりとした質素なお城には、敬愛するこの国の象徴が暮らす。
精霊達に愛された優しい王様と、勇ましく美しい王妃。
愛らしく穏やかな王子と家族思いのお転婆王女の双子。
「今日も平和な日になりそうだ」
「そうですね、景気よくお城の鐘が鳴っていますね」
畑仕事をしていた老夫婦は、城を見上げて笑顔で呟く。
城の最上階に設置されている鐘を突く老人の額には青筋が浮かぶ。
「おい、姫様は戻られたか?」
近くにいた兵士に怒鳴る。
「いえ、まだ連絡はありません」
申し訳なさそうに答える兵士。
緊急時の合図に使われるこの鐘。
しかしここ最近では、城を抜け出す姫の捜索要請でしか鳴らされていない。
「あのお転婆姫には困ったものだ」
盛大なため息をつき、鐘を突くための紐から手を放す。
「仕方ありませんよ。王妃様もこの国に嫁がれたころは陛下を無理やり巻き込んで脱走されてましたから」
王妃の性格を受け継いだ王女。
せめて容姿も似ていてくれればと国中の誰もが思ったが、似たのは性格だけ。
平凡な王様によく似た容姿だった。
母譲りの美しい容姿と、父譲りの優しく穏やかな気質は王子が受け継いだ。
「成人されたというのに、これでは嫁ぎ先も決まらぬよ」
先日18歳になった王子と王女。
王女の方は数年のうちに、政略結婚でどこかの国に嫁ぐだろう。
どこになるかはいまだに白紙。
それというのも、大国ネイクリアの王姉で美姫と名高かった王妃によく似た王子の存在が大きい。
各国との交流のため、国外に行くことの多い王子。
その美貌は母に負けず劣らず有名だった。
その双子の姉である姫。
期待した国から見合い話は多々来たが、本決まり前の顔合わせで断られてばかりなのだ。
「見慣れれば、十分お可愛らしいんですけどね」
側にいた兵士が苦笑する。
「見慣れるほど、見てくれる相手がいないのだよ」
これでも王女だ。
有力貴族の正妻か王家の正妃が妥当なところ。
しかし、そういう相手はだいたい美しい婚約者がいるので、うまくいかない。
「とりあえず今は姫を捕獲するのが先決。城には最低限の警備だけを残して、捜索にあたれ」
この国が平和であるからこそ出来る捜索隊編成である。
「好き勝手言ってくれて」
鐘が設置してある場所のすぐ下の部屋。
少しだけ窓を開けていたので、老人と兵士の会話が筒抜けだ。
「タウとマーディ、後でしめる」
タウが老人で、この国の宰相。
マーディは警備隊長だ。
「父様似のこの顔、結構気に入ってるのに」
窓に映る自分の顔を眺めて、思わずため息が出た。
美人というだけで、いろいろと大変なんだよ。
各国に出向いた際に開かれるパーティで、よくどこぞの令嬢や王女に追い掛け回されている弟。
いつも半泣きで帰ってくる。
毎日のように届く恋文には、とうとう手紙恐怖症を発症してしまった。
ちょっと見せてもらったが、なかなかに熱烈だ。
いつも見てますという言葉の後に、出かけた場所や着ていた服の仕立て先、果ては本人も気付いていなかった癖とかまで書かれている。
怖いよ、マジで。
「私より弟がちゃんと結婚できるかの方が心配だな」
本気で思う。
あれ、完全に女性恐怖症(家族除く)という合併症も出ているだろう。
しかし……と考える。
女がダメなんだから、男でもいいんじゃないか?
あの弟なら有だと思うのだが。
前世ではそういう話、大好きでした。
BL好きの腐女子というカテゴリに属していましたとも。
そこまで考えて、ふと目頭が熱くなる。
「黒歴史だよな」
コミケの帰り、戦利品を背負って意気揚々と帰宅中に交通事故死。
ひとり暮らしなのをいいことに、部屋にも取り扱い注意のブツが山のようにあった。
隠れオタクだったのに……
きっと親兄弟は泣いただろう。
色々な意味で。
遺品の整理は確実に家族がやっただろうから。
「事故現場に散ったあの薄い本ってどうなるんだろう」
中身確認せずに闇に葬ってくれるとありがたいのだが……遺品として管理されるのなら、薄い本のタイトルとか全部書類に記載されるのだろうか?
まさに黒・歴・史!
なんの因果がこの世界に転生したのだ。
今生ではBLを封じて、あんなヘマはしないように頑張らないと。
ふと窓の外を見ると、風の精霊が苦笑を浮かべて私を見ている。
「どうしたの?」
窓を開けて声をかけてみるが、精霊は苦笑するばかり。
上級精霊なら会話も可能なのだが、下級精霊はこんなものだ。
精霊は一点を指さし、どこかへ飛んで行ってしまった。
「行けってことかな?」
指さされた一点。
そこは母の部屋だった。
冬コミの帰り道、話の出し部分を思いつきました。
続けて書いてみたらどうなるかなと、挑戦中。
感想とか頂けると嬉しいですが、メンタル弱いので、厳しいお言葉には凹みます。
頂いた感想は全部読みますが、返信はあまり期待しないで下さい。