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2015年/短編まとめ

僕と彼女の時間を食い潰す話

作者: 文崎 美生

彼女の家は少し特殊で、血生臭いものをよく見てきたらしいけれど、僕にはよく分からなかった。

彼女もまた、そんな僕の言葉を聞いて「私も」と笑う。


鬼桜組次期跡取り娘――それが彼女の肩書きで、そんな彼女の幼馴染みである僕は、彼女の家族に歓迎されている。

このまま付き合って結婚すればいい、なんて言葉も耳にタコが出来るくらい聞いた。


僕はどうしていいのか分からなくて、いつも笑って誤魔化すけれど、彼女は呆れたように溜息を吐き出して「聞き飽きた」と言う。

冷たいと感じてしまうかもしれない態度だが、決して彼女がそういうつもりではないことを、皆知っているから笑う。


「何、読んでるの?」


今日も僕は彼女の家にお邪魔して――昔からの付き合い過ぎて、お邪魔します、じゃなくて、ただいま、と言って家に上がるのだが――彼女のいる場所へと足を運んだ。

彼女の家は純和風な造りで、庭には池があって鯉が泳いでいるような家で広い。


僕の家なら二つは入るんじゃないかってくらい広くて、未だに迷子になる時がある。

そんな時は近くにいる人に助けを求めるか、携帯を使って彼女に助けを求めるのだが。


そんな広い家だけれど、彼女のいる場所は大体見当が付く。

今日はきっとここだろうなぁ、なんて考えながら彼女の家の中でも奥まった場所にある襖に手を掛ける。

池のある庭の方に面しているその部屋は、こんな広い家には似合わない、少し窮屈な部屋。


四畳くらいの部屋は畳で、床に座って使うタイプの机が一つと無造作に置かれた座布団。

それから、大分年季の経っている木製の本棚が置いてある、書斎のような部屋だ。


部屋には大量の本があり、本棚に入り切らないものは、本棚の上に上げられたり、机の上にあったり、畳の上に積み上げられたり、とあちこちに点在する。

そんな中で彼女は一人、机にもたれ掛かるようにして本を開いていた。


僕が彼女の名前を呼べば、彼女は本から視線を上げて僕を見る。

それから、数回瞬きをして「なぁに?」と首を傾げるのだ。


「……今日は、何の本、読んでるの?」


後ろ手で襖を閉めながら問い掛ける。

彼女は本を開いたまま、ほんの少しだけ体を起こして手招きをした。

僕は彼女の前まで行って座る。

彼女が座布団を差し出してくれたが、それを受け取って抱き締めると、肩を竦められた。


「有名な作家じゃないわよ」


そう言って彼女は、読んでいた本をそのまま僕に差し出した。

きちんと管理されているからか、日焼けも虫食いもないその本は、知らないタイトルと知らない作家の名前が表紙に書かれている。

硬い革で出来た表紙が、何だか高そうだ。


彼女の読んでいたページに指を挟めたまま、表紙を撫でる僕に、彼女は本の内容を説明してくれる。

本はあまり読まないのだが、彼女の口から語られるあらすじを聞くのは好きだ。

後は何の気まぐれか、絵本を持ち出して読んでくれる時は嬉しい。


そして今、彼女が読んでいるこの本は、一人の殺人鬼の話らしく、口元に笑みを浮かべて話しているところを見ると、とても気に入ったようだ。

彼女は色々な本を読むけれど、その中でも多いのは死にまつわる話だと思う。

分かりやすく言うと、結構昔に出版された『完全自殺マニュアル』なんて本が愛読書だと言うレベル。


「やっぱり、こういう場所にいたら、自然とそういう道に進むことになる?」


「どうかしら。兄さんは違ったから、そうでもないんじゃない?」


彼女が誰かに暴力を振るうところを見たことがない俺は、彼女が自分の家についてどう思っているのか、よく分からない。

家族仲は僕から見ても悪くなくて、むしろ凄く仲がいいと思う。

でも、跡取りに関しての話は一切したことがない。

だから、分からない。


そして彼女のお兄さんは、彼女とは違って分かりやすく、反発をしていた。

高校を卒業したのと同時に飛び出して、それから連絡がつかないと彼女は言っていたが、僕は彼女が一ヶ月に一回、こっそりお兄さんの様子を見に行っていることは知っている。


「お兄さんの代わり、なのかなぁ」


「どうかしらね」


僕の言葉に彼女は首を傾けた。

さらり、と肩に掛かっていた髪が落ちる。

癖のない綺麗な黒髪を、彼女は無造作に伸ばしていて、僕はいつだってその髪を綺麗だと思っていた。


彼女の読み掛けのページを開いて返せば、彼女はそのページを開いたまま膝の上に本を置く。

指先でページを撫でながら、お兄さんが戻って来ないことを話す。

お兄さんは戻って来ない、それはお兄さんが出て行った時から知っている。


お兄さんは自分の家が嫌いだった。

家族が嫌いなんじゃなくて、鬼桜組という名前のやのつく自由業が嫌いだった。

僕も彼女もご両親も、皆皆知っていた。


血生臭いものを見るのは、やっぱり嫌なんだろうなぁ。

彼女はそういうのを見ても、表情が変わらないから分かりにくいけれど、お兄さんは凄く分かりやすかった。


本を撫でる彼女を見つめていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえる。

きっと家の誰かが、彼女を探しているのだろう。

彼女にも聞こえたらしく、面倒臭そうに形のいい眉を歪めて溜息を吐き出した。


「兄さんは、怖かったんだよ」


本に栞を挟みながら、彼女は言った。

僕は何が言いたいのか分からなくて、首を傾げながら彼女の続く言葉を待つ。

抑揚のない声が、狭い部屋に響く。


「誰かを殴ることや、誰かを傷付けることよりも、内臓や血や死体を見ることよりも、魂が怖かったんだよ」


「……魂?」


無神論者で無宗教派な彼女の口から発せられた言葉に、僕の首は更に傾いた。

魂、なんて単語が彼女の口から出るなんて、というのが本音で、それでも、それを口にしたら彼女の機嫌を損ねること間違いなしなので口を噤む。


「『魂の質量』だよ。遺体が少しだけ軽くなってるってやつ。知らない?」


「多分、聞いたことはあるけど……」


「遺体が少しだけ軽くなる時には、血液や空気が減ったと考えるのが普通なのに、どう計算してもその計算が合わないのよ。明らかに、認知しない『何か』が減ってるって話よ」


何となく聞いたことあるような気がしてきた。

そしてその『何か』は魂だろう、という考えから『魂の質量』なんて単語がうんたら、と彼女は言う。

正直に言って僕としては、どうでもいいような考えだけれど、それとお兄さんの何が関係あるのか。


僕が変わらずに首を傾げたままなのを見て、彼女は本を机の上に置いて立ち上がる。

重たい腰を上げる、という表現が当てはまるくらい、気だるげに立ち上がって、目の前の僕を見下ろした。


「兄さんが怖いのは、その足りない『何か』と呼ばれる魂よ。父さんや皆は、阿呆らしいと笑うそれが、兄さんは何よりも怖かったの。人は死んだら灰になるだけ。私もそう思う。でも、もしかしたら、足りない『何か』が本当に魂で、それが殺した相手に付いて回るなら、私達は沢山沢山付いて回られてることになるわね」


彼女を呼ぶ声が近くなっていて、彼女は面倒臭そうに襖を一瞥してそう言った。

いつになく饒舌な彼女に、僕は何も言えずに首を元の位置に戻して、瞬きをする。

ぱちぱち、彼女を見れば、視線が合って笑われた。


それから、僕が何かを言うよりも前に、彼女はごゆっくり、と言い残して部屋を出た。

彼女の足音が遠ざかって、少し遠くの廊下で彼女と家の誰かが話している声がする。

僕は四畳くらいの狭い、本しかない部屋に一人。


僕は自分の魂があるのであろう胸を押さえながら、もう片方の手で彼女の読み掛けの本を掴んだ。

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