任されてしまいました。
うだるような暑さの中、仕事をしようと風紀委員室に向かう途中で呼び止められた。
「あ、岩本委員長!」
「あ?副会長か」
岩本圭は風紀委員長なるものを務めている。抱かれたいランキングで見事二位を獲得したためだ。別に断る理由もなく風紀委員長に就任した圭だったが、ただ一つ納得できないことがあった。
そう、それはランキングでとある人物に負けたことである。その人物こそ、生徒会長を務める永倉弘斗であった。成績優秀、運動神経抜群、口数は多い方ではないが、そのクールさとカリスマ性に惹かれるものは多い。ランキングではぶっちぎりの一位だったらしい。
それが圭には許せなかった。それは単に負けず嫌いな性格ゆえだった。見たこともない男に負けるということが圭には耐えられなかったのだ。
「委員長?」
「っ!あ、ああ。何だ」
「ぼーっとしていたようですが大丈夫ですか?この暑さですからね、無理はしないでくださいね」
「馬鹿言え。自分の体調管理くらいどうってことねえよ」
「それなら良いのですが。たまには休んでくださいよ」
「あーあー分かった。分かったから早く用件言え」
副会長が圭を呼び止めたのにはきっと何かあったのだろう。圭とてわざわざ暑い廊下に居続ける理由もない。早く事を済ませて涼しい部屋へと向かいたかった。
「そうでした。実は、私は今から急用ができまして生徒会室に向かえないのです。おそらく今は会長だけいると思うのですが、またいつものようによろしくおねがいします」
「あ?」
「本当にすみません。いつも岩本委員長にはお世話になっています。今度改めてお礼を致しますので、どうか今日も会長をよろしくおねがいします。それではお先にすみません」
「お、おい!よろしくってどういう…」
副会長は用件を云うだけ言うとすぐにどこかへ行ってしまった。伸ばしかけた手を下ろして圭はため息をついた。
「はぁ……なんで俺が任されてんだよ……」
愚痴を吐きつつも足はしっかりと生徒会室へと向ける圭。
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はじまりは何だったか。確か、ひと月ほど前の夏の暑さがきつくなってきた頃、提出されていない書類があることに気づいた圭はこの機会を逃さんとばかりに生徒会室へと赴くことにしたのだった。会長はどんなにすかした態度のやつだろう、いつもすました顔した奴を自分の下で喘がせるのも悪くない、圭の妄想はふくらむばかりだった。
圭も例に漏れずこの学園に入ってからは男を恋愛対象として見ることに抵抗は皆無だった。女子かと思うような可愛らしい男子がお誘いをかけてくることは数え切れないほどあったが、どちらかといえば圭の好みはそうではなかった。
まあその辺りは置いておいて、圭が生徒会長の弘斗へと喧嘩を売りに行こうとしたときのことだった。
生徒会室の扉の前にたった圭はノックもせずに生徒会室へと入った。
「おい、テメェが会長の永倉…か……」
思わず圭は言葉を失った。
蒸し蒸しとした部屋。机の上に散らばる書類。テーブルの上の氷が融けきりぬるくなったアイスティー。
そして、ソファの上で汗を大量にかいたまま寝転ぶ男。
それらを視界に入れてからの圭の行動は速かった。
部屋のクーラーを入れ、机の書類を簡単にまとめ、テーブルのアイスティーをシンクに流し、生徒会室に備え付けてある冷蔵庫から勝手に飲み物を拝借して氷とともにグラスに入れる。
圭は無言でソファへと近づいていく。
「おい」
「……」
「おいテメェ、聞いてんのかコラ」
「あ゛ー……」
圭が苛立たしげに声をかけると男はゆっくりと目を開けた。
「とりあえずこれ飲め」
「おー……」
「んでその汗だくのカッター着替えて来い。話はそれからだ」
「んー……」
男はもそもそと動き出す。チラリと圭の方を見て、再び視線をそらしてから言われたとおりの行動を取る。その間腕を組んでじっと見張っている圭。なんとも言えずシュールな光景であった。
「着替えたぞ」
しばらくして、仮眠室にある予備のカッターシャツに着替えた男がそう言って圭の目の前に立った。
「そうか、じゃあそこ座れ。」
男は頷くと先程のソファに座った。
「で、お前が永倉弘斗でいいのか?」
「俺の名前は確かにそうだが」
「てことはお前が生徒会長だな?ちょっと聞かせろ」
「なんだ」
「どうしてクーラーをつけてなかった?暑いに決まってんだろ」
「そういえばそうだったなぁ。道理で暑いと思った」
「……いつもつけるんじゃねえのか」
「いつもは誰かがつけてくれるから」
「……まあそれはいい。ところで、お前のデスク、やたら汚かったがあれはなんだ」
「気にしたこともなかったな。終わった書類は置いとくとその内提出されてるし」
それからも圭は気になる点をいくつか質問したが、聞けば聞くほど弘斗の適当さが浮き彫りになるだけだった。弘斗はどうしてそんな事ばかり聞いてくるのかと不思議そうな顔をしているが、圭にとっては大問題である。
「テメェ……生徒会長たるもんが何してんだ!身の回りはきちんと整理整頓!仕事に最適な環境をととのえる!それが基本だろ!なのに何だこれは!部屋はクソ暑いわデスクは汚いわおまけにお前は汗だくでソファで寝てやがる!」
「まあ落ち着けよとりあえず」
「落ち着いてられるか!こうなったらお前がちゃんと生徒会長としてふさわしい姿で仕事をしてるか風紀委員長として毎回点検に来てやるからな!覚悟しとけ!」
圭は一気にそうまくし立てると怒り収まらぬ、といったふうに生徒会室を出ていった。しばらくドアを見つめていた弘斗だったが、テーブルの上のお茶を手にとって一口飲んだ。
「ん、美味いな」
どこまでもマイペースな弘斗に「反省」という言葉はなかった。
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そんな事があって以来、圭は律儀にも毎日生徒会室を訪れた。生徒会室に会長以外の他の役員がいる場合は特に問題はなかったが、弘斗一人の時が問題であった。弘斗は圭に何度言われても懲りることなくその適当さを発揮し、毎回身の回りを片付けていくのは圭の仕事であった。
そんな光景を他の役員が見て以来、何故か会長のお守り役として頻繁に声をかけられるようになった。新聞部が「風紀委員長様は会長様のオカン?!」という内容の新聞を発行したときは本気で新聞部をぶっ潰そうとした。風紀委員総出で止められて叶わずであったが。
こうして、はじめは弘斗を食ってやると意気込んでいたにもかかわらず、不本意にも保護者的立ち位置を手に入れてしまった圭であった。
まあ、そんな長話はいいとして。
「なんで俺はこんなとこでアイス食ってんだ」
「バニラよりチョコの方が良かったか?」
「そういう問題じゃねえ!」
副会長に言われて生徒会室に来ると案の定部屋は暑いまま弘斗は書類が散らばったデスクに突っ伏していた。それを見ていつも通り説教を始めようとした圭に、弘斗は突然アイスを食べようと提案してきたのだった。
弘斗のこちらを煽っているとしか思えない返答に、圭は弘斗の胸倉をつかもうとしたが、それよりもあることに気づいて慌てて動き出す。
「テメェ書類出したままアイス食ってんじゃねえよ」
「ん、すまねえ」
圭はいつものように手馴れた動作で書類をまとめるといくつかのファイルに分けて挟み、そのファイルを丁寧に引き出しへとしまう。もちろん、その間も弘斗はアイスを頬張ったままだった。
「おら片付けといたぞ」
「どーも」
「おう。……ってちげえよ!!なんで俺が片付けてんだよテメエのだろ!」
「だって俺が片付ける前にお前が片付けちまうし」
弘斗はあたかもそれが自然であるかのように言い放ち、首さえ傾げてみせた。
少し汗に濡れた黒髪が白い首筋にはりついているのがなんとも言えず色気を放ち、圭は思わず唾を飲み込んだ。
(そうだ……今日こそアイツをヤってやる……)
そう、元々は確かにそのような目的を持っていたはずだ。いつもはなんやかんやで上手くいかないが。
圭はニヤけてしまいそうになる表情をなんとか隠しつつ、弘斗へと少しずつ近づいていく。
弘斗は新しいアイスを食べ始めたようだ。包装のビニールを破る音が聞こえる。
(お前の驚いた顔が楽しみだぜ…)
圭はあらゆる妄想をふくらませつつ弘斗の肩を叩く。
「ん?」
こちらを向こうとする弘斗。すかさず顔を近づけようとする圭。さあキスしてやるぞと目の前を見た圭の視界に入ったのは、
パピ○をくわえた弘斗だった。
思わず黙る圭。その握り締めた拳はかすかに震えていた。
「おい……なんでそんなもん食ってんだ……」
「これ好きだから後にとっといたんだ。欲しかったのか?」
「いや……いらねえ……」
「そうなのか?ところで用事はなんだ?さっき呼んだだろ」
残った片方の○ピコをこちらに差し出しながら再び首を傾げる弘斗。
圭は心の中で涙を流した。
「いや、なんでもねえ…」
「そうか。なあ、今度花火しようぜ」
「もう勝手にしろ……」
鈍感な弘斗に悪戦苦闘する圭の苦難はまだまだ続くのだった………
Fin.