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第九話




「殿!! 此処はお逃げ下さい!!」

「捲土重来を期するのです!!」

「何故だ……一体何が起きたんだ!!」


 忠次や忠勝の言葉を聞きながら元康はそう思う。松平の兵は散り散りになりある兵は逃亡し、ある兵腰を抜かして脱糞等をしていた。


「……全軍退却せよ!!」


 元康はそう発して馬を翻して退却に掛かる。しかし突如岩屋山に旗が翻る。


「何処の旗だ!!」

「遠江の国人、井伊氏の旗です!!」


 井伊直虎率いる二千の部隊は岩屋山から駆け降りるように降りて元康の前に立ち塞がる。


「松平元康とお見受け致す!!私は井伊直虎也!! その首頂戴致す!!」

「殿!! お逃げ下さい!!」

「……何が起きたのだ!!」


 元康の叫びは戦場に虚しく響いた。そして時は少し遡る。




「何、葛城は二川に陣を張っていると?」

「御意。一歩も陣から出ておりませぬ」


 松平軍の主力を率いて吉田城に入城した元康は忠次からの報告に首を傾げる。


「それで敵の数は?」

「凡そ三千かと思われまする」

「三千じゃと!?」

「おのれ葛城め、三河を舐めておるのか!!」

「目にものを見せてくれん!!」


 忠次の報告に元康の家臣達はそう血気盛んであるが元康は冷静だった。


「……敵が少ないとするとやはり伏兵か」

「かもしれませぬが……」

「此処は討って出ますか?」

「全軍でか?」

「一当てしてみて判断しては?」

「しかしな……」

「それに敵には鉄の馬がいると言います。無暗な進軍は控えるべきかと存じます」


 本多正信が反対意見を出すが、元康はどうも判断できなかった。


「御裁断を」

「……まずは敵の力を見なくてはならん。一当てしてみよう」


 元康はそう決断した。血気盛んな三河の国人達を尻目に本多正信はこっそりと溜め息を吐いていた。


(血気盛んなのは良いが敵を調べんと此方がやられるぞ)


 正信はもう一回具申しようとしたが止めた。今言えば国人達の怒りの矛先が自分に向くのだ。


(何事も無ければ良いが……)


 正信はそう思うが、松平軍が攻撃に出た時点で両者の勝敗は決していた。

 松平軍は吉田城を出ると二川方面に進軍した。それを葛城の忍びが確認して直ぐに葛城の元に届けられた。


「戦闘準備だ。物見が来たら銃を隠して槍や刀、弓を装備しておけ」

「分かりました」


 歩兵中隊は擬装のため刀や槍を所有していた。まぁそれでも重い物は九七式四輪自動貨車や九四式六輪自動貨車に載せて輸送していた。


「陣形は鶴翼の陣ですか」

「西軍を意識したわけではないがな」


 加藤の呟きに葛城は苦笑する。関ヶ原の戦いの時、石田三成率いる西軍は徳川家康の東軍を鶴翼の陣で迎え討っていた。葛城はそれを意識したわけではないが偶然にそうなった。


「さぁて、やろうか」


 葛城は砂埃が見えてくるのを確認しながらそう呟いたのであった。


「敵は鶴翼の陣か……」

「殿、先駆けには誰を命じますか?」

「新十郎、一千の兵を与える。そちが行け」

「御意!!」


 新十郎と呼ばれた大久保忠世が頷き、直ぐに一千の兵を率いて突撃を開始した。


「行くぞォ!!」

『オオォォォォォーーーッ!!』


 大久保の軍勢が一斉に雄叫びをあげて日本軍の陣地に駆け走る。目標は鶴翼の陣の真ん中に位置する葛城の本隊である。


「小銃隊構えェ!!」


 二個歩兵中隊が隠していたドライゼ銃を持ち弾丸を装填して迫り来る大久保隊に照準した。


「まだ撃つな」

『………』

『オオォォォォォーーーッ!!』


 雄叫びをあげて迫り来る大久保隊だが、歩兵中隊は既に戦場に馴れていた。


『オオォォォォォーーーッ!!』

「撃ェ!!」


 水原大尉の叫びに歩兵中隊の兵はドライゼ銃の引き金を引いて弾丸を発射させる。その弾丸は確実に人体に命中させてその人間の命を刈り取る。


「各個射撃開始!!」


 二個歩兵中隊は馴れた手つきで弾丸を装填して引き金を引き、また弾丸を装填をの作業をしていく。撃針が折れた者は下がって撃針を交換している。


「な、何が起き――」


 次々と倒れていく雑兵を目にした大久保忠世が唖然としていたが不運にも大久保忠世の左胸にドライゼ銃の弾丸が命中し、心臓を突き抜けた。

 忠世はそのまま馬上から落馬してその人生を終えたのであった。大久保隊は退却を出せる指示者がいなくなり、次々と地に触れ伏せていくが死にたくない生き残りの雑兵が逃げていく。その数は僅かに五十あまり。


「大久保忠世殿、討死!!」

「何じゃと!?」


 伝令からの報告に元康は目を見開いた。


「殿!!」

「掛かれェ!! 忠世の死を無駄にしてはならん!!」

『オオォォォォォーーーッ!!』


 忠世の討死に元康は焦り、突撃の命令を出した。それに伴い松平軍が突撃を開始する。対して日本軍は冷静に対処した。


「小銃隊構えェ!!」


 水原大尉の叫びに二個歩兵中隊が弾丸を装填して迫り来る松平軍に照準を合わせる。


「撃ェ!!」


 約四百発の弾丸が次々に松平の兵達に襲い掛かりその命を大久保隊同様に削り取る。


「四斤山砲、射撃準備!! 準備出来次第砲撃始めェ!!」

「了解!! 四斤山砲射撃準備!! 準備出来次第砲撃始めェ!!」


 松田大尉は新しく生産した四斤山砲三門に射撃準備を命じた。砲兵は込め矢で火薬袋と砲弾(鉄弾)を装填して火門から火薬袋に穴を開けて火縄を付け、火棒で砲尾の火縄に火を付ける。火が火薬袋に入った瞬間、砲撃が開始された。

 砲弾は放物線を描いて松平軍の真ん中に着弾。着弾地点にいた雑兵を押し潰して転がっていく。転がる砲弾に当たり、四肢を失う者が続出していく。


「わ、儂の腕がァァァァァーーーッ!!」

「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「た、助けてくれ……」


 あまりの惨状に元康は唖然としてしまう。そして第二射の砲弾が元康を襲う。


「グォ!?」

「殿ォ!!」


 砲弾は元康の左手と左脇腹を抉り取り致命傷を負わせたのである。


「殿!! 此処はお逃げ下さい!!」

「捲土重来を期するのです!!」

「む……無念也……」


 元康は痛みに耐えつつも戦場を離脱しようとする。


「松平の陣形が乱れたな。左右の隊は突撃しろ!!」

「はは!!」


 遠江の国人達は二個歩兵中隊の支援の元、突撃を開始する。逃げようとする元康にそうは問屋が下ろさんとばかりに突如岩屋山に無数の旗が翻る。


「遠江の国人、井伊氏の旗です!!」


 鳥居元忠が言うや直虎の伏兵は岩屋山から駆け降りて元康の行く手を立ち憚る。


「松平元康とお見受け致す!! 私は井伊直虎也!! その首頂戴致す!!」

「女の分際でェ!!」


 男装をして槍を振るう直虎に元忠が仕掛けるが直虎は斬撃をかわして槍を元忠の首元に突き刺した。


「ゴォ!?」

「元忠!!」

「覚悟ォ!!」


 直虎が太刀を抜刀して元康に斬り掛かる。しかしそこに平岩親吉が間合いに入る。


「お逃げ下さい殿!!」

「……済まぬ親吉!!」


 元康は致命傷を浴びつつも戦場を離脱していく。


「ちぃ、なら貴様の首を葛城様の元に届けてやる!!」

「やれるものならやってみよ!!」


 しかし、親吉も数合の斬り合いで直虎に破れ首を討たれるのであった。


「殿の逃げる時を稼ぐのだ!!」


 本多忠勝が前線で獅子奮迅の戦いをしていた。しかし――。


「グゥ!?」


 忠勝は左肩に銃弾を受けて馬上から落馬、その後は歩兵に捕縛されたのである。

 こうして松平軍は約五千の死傷者を出し、壊滅的打撃を受けたのであった。






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