第七話
「遠江全土を手に入れた今は内政に力を注ぐのが重要だ」
改めて大名になった葛城はそのように述べ、内政に力を入れた。葛城は二等兵に至るまで前職の経歴を調べた。
「徴兵されるまでにしていた職を素直に申してくれ。遠江国を豊かにするためだ」
葛城はそう言って一人ずつから話を聞く。兵達も「後の日本のためなら」と兵になる前の職や何をしていたのかを話していく。
「兵になる前は農家で田や畑を耕していました」
「大工でした」
「町工場で……」
「実家が酒屋です」
等々、兵達は懐かしそうに話ながら語るのであった。そして葛城は特に農家出身の兵を重要した。
「備中鍬や千歯扱き等を生産しよう。農作業も楽になるはずだ」
「そうしましょう」
「後養鶏もだな。玉子が食えない」
「その後は鶏肉で出来ますからな」
とりあえず葛城は農具の生産をして農民に配布する事にした。
「日露戦争の戦訓として白米の食事ではなく玄米での麦飯とし、アワやヒエも交ぜた飯にしよう」
「そうですな。脚気に掛かっては戦も出来ませんな」
葛城の言葉に水原が頷く。日本軍は直ぐにこの食事を取る。民や国人には強制しなかったが、「殿も食べてるし一緒の食事にしよう」といつの間にか皆が食べていた。
「隊長殿」
「川崎軍医じゃないか。どうした?」
掛川城を居城に構えて一月程、軍医の川崎大尉が葛城に評定をしていた。葛城の周りには松田大尉達も評定のため正座で待機していた。
「医薬品の事であります」
「うむ」
「兵が負傷した時にアルコール消毒を施すのですが、この時代ではありません。そこで代用品として焼酎若しくはソ連のウォッカを使いたいのです」
「焼酎とウォッカを?」
「はい、兵の中に酒屋出身の者がおると聞いております。その者達と協力して蒸留酒――焼酎やウォッカを生産し、医薬品にしたいと思います」
「川崎大尉の事だから勝手に飲むだろう?」
「ハハハ、それは手痛いですな」
この川崎大尉、医師の腕は確かなのだが海軍の者にも負けぬ酒豪であり満州に配属された時に亡命ロシア人からウォッカの作り方を聞いて密かに作っていた経歴を持っていた。本来なら罰せられるが川崎大尉のウォッカを購入する上官達もいたので言わば黙認していたのだ。
「俺も川崎大尉の酒を飲みたいと思っている。医薬品関係は全て大尉に任せよう」
「ありがとうございます。上手く行けば麻酔用のジエチルエーテルも製造したいと思います」
「うむ。では次に松田大尉か」
「はい」
川崎大尉の話が終わると皆が松田大尉に視線を向ける。
「大砲の事であります」
「製造出来るのか?」
「今の段階で出来るのは青銅砲の四斤山砲のみです。反射炉があれば三八式野砲の製造出来ると思いますが駐退複座機の製造が何とも……」
「まぁ無くても仕方ないだろう。反射炉は建設する事が可能なのか?」
「私の祖父は韮山反射炉で働いてましてね。よく昔ばなしとして聞かされていました。今でも覚えています」
「分かった。覚えている事を書に書き留め、四斤山砲の製造に全力を注いでくれ。反射炉はそれからでも構わない」
「分かりました」
「ドライゼ銃の製造はどうなっている?」
「既に五丁が製造中です。水銀商人から水銀を入手して雷管を製作中です。撃針も今は百本生産して部隊配備をしています」
「分かった。諸君、遠江を攻略したからと言って遠江だけで満足してはならんぞ。狙うは天下統一だ!!」
『おぉ!!』
近藤達はそう頷くのであった。
「……はぁ……」
居城井伊谷城で井伊氏当主の井伊直虎は溜め息を吐いていた。
(……葛城様……)
高天神城で三宅との謁見以来、直虎は何かと葛城の事を考えていた。
(綺麗だなんて……一度も言われた事はなかった)
父、直盛に男子がいなかったため男子のような性格に育ってしまった。許嫁であった直親は信濃に逃げ帰ってきたと思ったら奥山親朝の娘を正室に迎えていた。勿論、直虎はその時点で婚期を逸する事になってしまう。
(この間の戦で肝心の直親も討死した……もう諦めたと思ってたけど……駄目だ駄目だ、葛城様は遠江の大名なんだ。そんな方に……恋を……)
そんな風に悩み、悶えている直虎を叔父で龍潭寺の住職である南渓瑞聞は陰ながら直虎の様子を見ていた。
(ふむぅ……これは手を打たねばならんな。直虎の最後の機会かもしれぬ)
南渓瑞聞はそう思いながらある思案をするのであった。
一方、駿河の今川氏真は日本軍の遠江全土攻略に焦っていた。
「桶狭間の戦いからまだ二月と経っておらんというのに遠江は攻略されたというのか!?」
「はい、更に朝比奈様も討死された模様です」
「何!? 泰朝が討たれたというのか!!」
「はい」
「……分かった。下がれ」
氏真は近習を下がらせると一人になった。
「……やはり私に乱世を統べる力は無い……か」
氏真はそう呟いた。桶狭間で父義元が討たれた以来、駿河国では動揺が起きている。国人達の動向も甚だしくない。
「弱気はいけませんよ氏真」
「大方殿様」
そこへ一人の女性が現れた。史実で氏親、氏輝、義元、氏真の四代に渡って今川氏の政務を補佐した寿桂尼であった。
「確かに遠江は取られました。ですがまだ駿河があります。まだ機会はあります」
「……分かりました大方殿様。少し気分が和らぎました」
「そう、それは良い事です」
(……だが何れは今川も滅亡するだろう。ならば何としても血筋を残さなければ……)
そう固く誓う氏真だった。
「遠江が独立したと?」
「御意。葛城将和という者が掛川城を居城に大名になったと」
三河国の岡崎城城主である松平元康は石川数正からの報告にジロリと視線を数正に向けた。
「……その報告は真か?」
「真です」
「……まだあの戦いから二月としか経っておらん。その葛城という奴、遠江で聞いた事はあるか?」
「……某は聞いた事ありませぬ」
「儂もだ。よほど地に伏して遠江を取る機会を伺っておったのであろうな……」
元康は葛城の底力に恐怖していたが、当の葛城達はそんなわけない。何せ一月も前にタイムスリップをして遠江を攻略したのだから。
「遠江の動向を探る必要があるな」
「直ぐに探らせます」
数正はそう告げたのであった。
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