第五話
「何? 高天神城が一揆の攻撃により落城したと?」
「はい、一揆の数は膨れ上がる一方だと……」
(……由々しき事態だな)
掛川城の城主である朝比奈泰朝は家臣からの報告にそう懸念した。
「(義元様が桶狭間で討死をしてからまだ一月と少し……これではいかんな)遠江の国人達に文を送れ、直ちに出せる軍勢を整えて掛川城に集結せよとな」
「御意!!」
「戦の支度じゃ!!」
泰朝はそう発した。泰朝の書状は直ぐに遠江中の国人達の元に届けられた。
「ふむ……今川家の結束を高めるためか(うまくいけば重臣になりうるな。これは良い機会かもしれぬ)」
国人達はそう考え、集められるだけの兵力を整えた。その中には井伊氏の当主である井伊直親もいた。
「義父直盛様が討死され井伊氏の衰退は許されぬ。何としても一番手柄を立てねば……」
桶狭間の戦いで当時の当主井伊直盛は討たれて戦死していた。そして家督を直親が継いだが不安要素はあった。直親の父である井伊直満は讒言により義元に殺害され、幼少だった直親は信濃国に落ち延びた。成人した後に井伊谷に復帰して家督を継いだのだが周りの目は罪人の息子と見なしていた。
それを払拭するために直親は一番手柄が欲しかったのだ。そのため直親は次郎法師の曽祖父井伊直平や新野親矩、重臣の中野直由らを含めた兵一千を引き連れて掛川城に参陣するのであった。
井伊氏の他にも天方氏、天野氏、大河内氏、久野氏等の国人達も兵を引き連れて掛川城に参陣する。
一方で葛城達は何をしていたのかというと……。
「ドライゼ銃の弾丸が出来ただと?」
「厳密には褐色火薬が出来ました」
加藤からの報告に三宅は目が点になっていた。そもそも高天神城を攻略してまだ七日しか経っていない。
「火薬はたまたま硫黄を所有していた商人がいたので全額買い取りました。カネは城のを使いましたので。硝石は便所の床下の地面に堆積した物を採掘し、木炭は完全に炭化して黒くならないうちに焼き止めて生産した褐色木炭を作りましたので」
「……まぁ火薬が出来たなら構わない。だが雷管は?」
「まだです。水銀を入手してませんので」
「だが火薬なら爆弾を製造して使えそうだな」
「はい。それにドライゼ銃の撃針の生産もしています」
「うむ、何か進展があればまた報告を頼む」
「分かりました」
加藤は頭を下げる。
「それで我が軍の兵力は?」
「歩兵三個中隊ですがそのうち一個小隊が相良油田を警備しているので約五七〇名です。そして旧小笠原家臣団で約一千名、同じく農民も約一千名です」
「……大体が一個連隊か……」
「それと偵察隊からの報告で掛川城付近に不穏な動きがあります」
「……戦だな?」
「狙いは恐らく我々でしょう」
「……人気者だな」
水原大尉の言葉に葛城は苦笑する。
「次の戦にはチハとチロは使えません……肉片がまだこびりついているようです」
「それは仕方ない。なら使えるのはチヌとハ号か」
「どのような戦をするのですか?」
「包囲殲滅作戦だな。我々が囮になるしかあるまい」
葛城はそう言って地図(昭和)のある場所を指差す。
「我々は下内田に陣を張り、旧小笠原家臣団と農民達は左右の山に布陣させろ。ただし旗竿は全て隠してな。戦車隊はチヌとハ号に分かれて麓で擬装しておけ。敵が食い付いたら戦車隊は敵の後方を遮断だ。農民と旧小笠原家臣団はそのまま山から駆け降りて敵を殲滅する」
「……蜀の馬謖のようになりませんか?」
近藤はそう発言した。古の蜀の馬謖は山から駆け降りて司馬懿を討とうとしたが逆にやられてしまい孔明の魏討伐が出来なくなった経緯がある。近藤はそれを恐れたが葛城は諭すように呟いた。
「戦車がなかったら馬謖のようになるが、戦車もあるし大丈夫だろう」
「……分かりました」
近藤は少し心配したが、それは杞憂に終わる。兎も角も日本軍は下内田に陣地を構築し、旧小笠原家臣団と農民達は左右の山々に布陣し朝比奈の軍勢に見つからないようにした。それは麓で擬装している戦車隊もそうである。
「何? 農民どもが布陣していると?」
六千の兵を集結させ掛川城から進軍を始めて数時間、物見からの報告に泰朝は驚いていた。
「(ただの一揆ではないのか……?)兎も角前進しよう」
泰朝はそう判断して日本軍が待ち構えている下内田付近まで進軍した。
「どうやら一揆どもは木の柵で我々に抵抗するようですな」
「むぅ……(本当にそうなのか?)」
家臣の言葉に泰朝は易々と賛同出来なかったが、一度当ててみて一揆の出方を知る事にした。
「突っ込めェ!!」
『ウワアァァァァァーーーッ!!』
足軽達が雄叫びをあげて日本軍に向かって突撃を開始する。日本軍は弾丸を装填して突撃してくる足軽達に照準していた。
「まだだな……」
今回の戦には葛城も参加していた。
「(まぁガ島のような悪夢にはならんだろう)野砲隊は?」
「準備完了です」
『ウワアァァァァァーーーッ!!』
突撃してくる足軽達を見つつ、葛城は発した。
「小銃撃ェ!!」
五百丁近くの小銃が一斉に火を噴いて弾丸を発射した。弾丸は突撃してくる足軽達の命を抉り取り、あの世へと旅立たせる。
歩兵はそれを気にせずに弾丸を装填して連続射撃をしていく。
「な、何だあの種子島は!?」
「わ、分かりません!!」
次々と倒れていく足軽達に泰朝も流石に焦りを覚えた。そして風切り音が聞こえたと思ったら十間先にいた足軽達が吹き飛んでいた。
「な――」
それも一回だけではなく複数に渡って爆発して足軽達が吹き飛んでいく。
「(嵌められた!!)急いで退却じゃ!!」
泰朝は逃げる選択を選んだ。しかし、日本軍はそれを逃さなかった。
「泰朝様!! 後方に奇妙な物が走っておりまする!!」
家臣の一人が声をあらげて叫ぶ。軍勢の後方には三式中戦車と九五式軽戦車が軍勢の退路を遮断しようと全速力で後方に回っていたのだ。
「退路遮断しました!!」
「榴弾装填!!」
近藤大尉は戦車隊を指揮しつつ混乱している朝比奈の軍勢を見ていた。
「奴さんら驚いているな」
「装填完了!!」
「奴等の大将を狙え!!」
「(無茶言うなよ……)了解!!」
撃発手はそう思いつつ、拉縄を引っ張った。三式七糎半戦車砲二型は榴弾を発射し、足軽達を吹き飛ばした。
「カクカク、各車三発のみ発射せよ」
近藤はそう発する。
「チハとチロがいたらなぁ……」
近藤のぼやきに誰も発する事はなかった。
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