第三十四話
長島仕置きが行われている頃、加藤は葛城の使者として甲斐国の躑躅ヶ崎館に赴いていた。
「ほぅ……ぬしが使者か」
「前回は内藤殿の首と領土の事でしたな」
信玄と重臣達が居並ぶ中、加藤は表面上は表情を変えなかった。
「それで今日はどのような事だ?」
「不可侵の条約及び同盟を結びたいと主君は仰っております」
「ほぅ……我等は先の戦いで美濃に侵攻したにも関わらずにか?」
「左様です。我等が主君はお人好しな性格であります故……」
「カッカッカ。お人好しか、これは笑いの種じゃのぅ」
「おや、笑いの種は甲斐にもあるようではないですかな?」
加藤の言葉に重臣達は浮わつき出す。対して信玄はスゥっと目を細める。
信玄は甲斐の虎と恐れられていたが美濃侵攻時、将和の正室である虎姫に蹴散らされ甲斐に追い戻されていた。そのせいか諸国には「甲斐の虎は葛城の虎に負けた」「虎も老いれば雌虎に負ける」とまで噂されていたのである。
「クックック、確かに儂は虎に負けたな。あのような嫁を持つ葛城が羨ましいぞ。儂も後十年若ければのぅ。いやはや嫁に出来なんだは口惜しや」
「……まぁ私は貴殿方とそのような話をしに来たわけではないので御安心を」
「いくら御使者と言えど言って良い事と悪い事があるぞ!!」
重臣の一人が今まさに刀を抜刀せんばかりの勢いだったが加藤はにこやかに告げた。
「言って良い事悪い事? どの口が言えるのだ貴様らは?」
『!?』
にこやかに告げる加藤の言葉に重臣達は何も言えなかった。明らかに非は武田側にあるのだ。
「……加藤殿、それくらいで良かろう」
信玄はゆっくりと口を開き、そう諭す。
「これは失礼しました信玄殿。同盟の暁には御嫡男勝頼殿に我が葛城家から正室をと思います」
「ふむ……しかし葛城には姫は居られたかな?」
「我が主君は織田家の者を側室にしております。織田家と葛城家は親密な仲にございます」
「つまり織田家の姫を勝頼の正室にと?」
「左様です。本来であれば主君の娘を正室にと思いますが、生憎娘は五つにもならぬ幼子です」
「成る程。理由は分かるが、勝頼よ」
「は」
信玄に視線を向けられた勝頼が畏まる。
「異論は無いか?」
「有りませぬ。我が武田と葛城家が栄えるなら本望でござる」
「うむ……加藤殿、異論はござらぬ」
「分かりました。両家の発展は間違いないでしょう」
なお、ついでばかりに信忠と信玄の六女松姫の婚約も決まり1566年八月、葛城と武田は不可侵条約及び同盟の締結をした。同時に武田は葛城包囲網を離脱したのである。
「おのれ信玄めェ!? よくも余を裏切りおってェ!!」
武田の葛城包囲網離脱を聞いた義昭はあらん限りの信玄への罵倒を繰り返した。傍らにいた細川藤孝(後の幽斎)と明智光秀は溜め息を吐いていた。
(最早……これまでだな)
(将軍家再興をと考えてはいたが……)
罵倒を散らす義昭を尻目に両名は互いに頷いて義昭と袂を別つ事を決断した。両名は準備を済ませると夜半に乗じて暇願いを義昭に願い出て義昭の住まいを出て美濃に向かうのであった。勿論、両名の暇願いに義昭は怒髪衝天のようだったと記録されている。
二人の任官願いに将和は快く承諾、二人は葛城家の末席に加わり京の貴族方面の交渉を担当する事になる。そんな時に加藤が甲斐国から帰国した。
「戦果は上々か……」
「遠山夫人は健康ですし問題はないでしょう」
実際、遠山夫人に病の類いはなく健康そのものであった。後に遠山夫人は二男一女を生む事になる。
「そして第二大隊の再編成ですか……」
「いっそのこと、銃もドライゼ銃からシャスポー銃に変更してみるか?」
「シャスポー銃に?」
シャスポー銃はドライゼ銃の後に登場したフランスのボルトアクション後装式歩兵銃である。ドライゼ銃がガス漏れを抑えるために当時の前装銃よりも弱装の弾薬を使用して弾道特性と有効射程が犠牲にされていたのに比して、ガス漏れを完全に防いだシャスポー銃である。
口径を十一ミリ(ドライゼ銃は十五.四ミリ)に絞りつつ、火薬量を増やして低伸な弾道を実現して千二百メートルもの有効射程(ドライゼ銃は六百メートル)を得ており、当時の欧州各国軍が使用した軍用銃の中でも飛び抜けて高性能な銃だった。
基本構造はドライゼ銃の亜流ではあるが、ドライゼ銃および先行改良型が発射時のガス漏れを完全には克服できなかったのに対して、シャスポー銃ではボルト先端のガス漏れ防止用ゴムリングをボルト外周まで大型化し、薬室内の火薬の燃焼に直接曝される部分には大型のボルトヘッドを取り付けて焼損防止が図られており、発射ガスの完全な密閉に成功している。
だが、シャスポー銃を生産するには欠点があった。
「ゴムがありませんな」
「今からマレーシアへ行くのもな……」
「合成ゴムはどうですか? ドイツが開発していたと聞いていますが……」
「それの作り方は分かる奴がいるか?」
『………』
将和の言葉に全員が無言だった。
「……なら相良油田の社員に聞きましょう」
「油田の社員に?」
「合成ゴムは石油から作られると聞いた事があります。もしかしたら方法を知っているかもしれません」
加藤の一言で直ぐに相良油田に早馬が向かった。
「合成ゴム? 一応ドイツに派遣されて手順は習った事がありますよ」
社員の数人が合成ゴムの手順を知っていた事は直ぐに将和の元へ知らされた。
「朗報だな」
「はい。これでシャスポー銃の生産が出来そうです」
「うむ、ただいきなりというわけにはいかんだろう」
「暫くは試作を中心にして生産態勢を整えた方がよろしいかと思います」
シャスポー銃の生産はドライゼ銃十丁シャスポー銃一丁の割合で進み、葛城家が西日本を手中に治める頃には半々となるのである。
さて葛城家は武田と同盟を結ぶ、後方の憂いを無くすと再び畿内へと進出した。
「久秀、留守役御苦労だった」
「はは」
将和は飯盛山城に入城して久秀から報告を聞きながら茶をしていた。
「うむ、美味い。見事なものだ」
「いやいやお恥ずかしい限りですな。まだまだです」
「畿内の様子は如何だったかな?」
「至って平穏ですな。まぁ指して言えば僧侶ですな」
「……延暦寺には通達しておいたな?」
「騒動を起こす前に。これで一回目です」
久秀の言葉に将和は溜め息をを吐いた。
「……光秀を派遣するか」
後日、光秀が使者となり延暦寺へ自重を促すが、逆に増長するのである。
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