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第三十二話



「それで隊長殿、武田の手打ちはどの辺りで?」

「岩村城を奪還して美濃を取り返してだな。それから相互不可侵の条約でも結ぶ」

「成る程。日ソ中立条約の感じですな」


 葛城軍は鶴ヶ城から出陣をして岩村城へ進軍していた。また、尾張、伊勢からも援軍を集めて総勢四万五千にまで膨れ上がっていた。


「先陣は河尻に任せる」

「はは!!」


 先陣の河尻秀隆に一万五千の兵を預けて岩村城に進ませた。河尻は念のために岩村城へ降伏の使者を送るのだが――。


「何? 岩村城が降伏を受け入れるだと?」

「は、おつやの方様自らが降伏の使者に参られました」


 徹底抗戦すると踏んでいた河尻はまさかの降伏に些か落胆しつつ後方の葛城に伝令を走らせた。


「降伏か。まぁ良かろう」

「宜しいので?」

「おつやの方は剃髪して尼になり此度の合戦で討死にした者達を弔えば良い」

「甘いと思われませんか?」

「では磔にしろと?」

「いえ、そこまでは……」

「夫の死後、武田軍が攻め込むまで女領主として踏ん張っていたのだ。それくらいで良かろう」


 流石に磔にさせる勇気は葛城にはなかった。価値観の違いかもしれない。


「となると武田は美濃から出ていったか」

「そうなりますな」


 事実、武田は美濃から撤退していた。殿を務めた勝頼達は岩村城へ戻るがそのまま甲斐へ戻る事にし岩村城を放棄したのだ。その理由の一つが一益隊の補給路攻撃であろう。そのためにおつやの方は葛城の降伏を受け入れたのである。


「一応の目的は達せられたか……」

「遠山夫人を勝頼に送り手打ちにしますか?」

「うむ、遅いがまぁ健康だから大丈夫だろう。これを機会に信忠と松姫の祝言をさせるか」

「なれば私が使者に参りましょう。信玄とは一度面会していますので」

「分かった。頼むぞ」


 そして加藤は甲斐へ赴いたのである。加藤が甲斐へ向かった数日後、岐阜城へ戻っていた将和は朝から大きな欠伸をしながら遅めの朝食を食べていた。

 それもそのはず、昨日は虎と摩耶が褒美と称して将和の寝床を夜襲していたのだ。ある意味の白兵戦が終わったのは明け方近くであり、二人は今も将和の寝床で寝ていた。


「殿!!」

「どうした正信?」


 そこへ正信が慌ただしく入り込んできた。


「伊勢長島の一向衆が蜂起しました。現在は長島城を攻撃中であります!!」

「ちぃ!! 俺達の歴史より蜂起するのが早い!!」

「本願寺が裏切ったのでしょうか?」

「断定は出来んがな。正信、直ぐに皆を集めろ」

「はは!!」


 この伊勢長島の蜂起。実は今回の蜂起、顕如も知らない事だった。本願寺の中にも葛城を良く思わない者が多数いた。それが願証寺住持証意や本願寺から派遣されていた坊官下間頼成達である。

 頼成達は武田軍の美濃侵攻に呼応する形で蜂起した。顕如が書いたとして偽檄文によって長島で門徒が一斉に蜂起させた。また、これに呼応して北勢四十八家と呼ばれた北伊勢の小豪族も一部が葛城家に反旗を翻し長島の一揆に加担したのである。

 坊官の下間頼旦らに率いられた数万に及ぶ一揆衆は、伊藤氏が城主を務める長島城を攻め落とし城を奪うと、長島城を本拠地と決めた。


「戦車隊や山砲隊等も伊勢に投入する」

「チヌは予備で尾張に置き、チハとハ号ですな」

「それに戦車は攻撃しなくても威圧には十分ですな」


 結果としては兵力四万二千、九七式中戦車九両、九五式軽戦車五両、長四斤山砲二個砲兵大隊(一個砲兵大隊三十門)となっている。(中村大尉と龍興の部隊は編成中)

 また葛城側の武将は本多忠勝を初め織田信広、信次、信成等の史実の長島一向一揆で討死した武将も多くいた。


「疾風」

「此処に」

「伊賀、甲賀の忍びを使って一向衆の兵糧を焼け。盗っても構わん」

「補給路を断つわけですな」

「戦とはただ戦うわけではない。忍びの活躍は多々ある」

「直ぐに人選してやれ」

「御意」


 葛城は甲賀、伊賀の忍びも総動員した。


「それと……顕如に使者を送る。長島のはどういう事だと、俺達に逆らうなら容赦はしないとな」

「殿、某が参りましょう。某は戦は苦手でござる」


 正信が申し出て将和も許可を出した。




「……何やて?」


 数日後、長島から届いた蜂起の書状に顕如に目を丸くした。


「……誰や!! こんな事した奴は!!」


 顕如は怒りのあまり他の坊官に怒鳴り散らした。坊官達も顕如のあまりの怒りように驚きの表情をしていた。


「今すぐ戦を止めるんや!! はよせんと朝廷から儂らは朝敵扱いされんぞ!!」


 顕如は直ぐに長島に使者を送るが入れ替わりに正信が本願寺にやってきた。


「済まん正信殿。長島の事は儂の知らぬところやねん」

「……では長島が勝手にしたと?」

「そう思っても構わへん」


 顕如は決断していた。


(蜥蜴の尻尾切りをせぇへんと儂らは朝敵や!!)


 京に近い事もあり、葛城が朝廷に多数の献金を行っているのは顕如の耳にも入っていた。

 朝廷と深い結び付きがある葛城家に喧嘩を売ればどうなるか……。


(長島の奴らは何を考えてんねん!!)


 顕如は罪も無い信者達に心のうちに謝罪した。


(一生の不覚や、堪忍せぇよ。恨み言はあの世でたっぷりと聞いたるわ)

「宜しいので?」

「構わへん構わへん儂らの不手際や。もしかすると加賀の一向衆も同調して蜂起するかもしれん。儂らも抑えるようやるけど蜂起したら……」

「我々でやっても構わないと?」

「ええで。あんたらに任せるわ。ただ長島は一月ほど待ってくれへんか? 自重するように促すけど儂のを無視したら……」

「……分かりました。言質は取りました」

「誓詞もしといたるわ」


 正信は予想外の土産を将和に届けるのである。


「分かった。顕如がそう言うのであれば一月待とう」

「御意」


 将和も一月待つ事にした。将和の言葉を聞いた顕如は多数の坊官を使者として長島に派遣して蜂起を止めるよう説得した。

 しかし……彼等は顕如の言葉を聞く耳を持たなかった。


「檄文は既に顕如様が発せられた通りでございます。しかも顕如様の家紋も捺されております。それを間違いとは如何なる了見か!!」


 坊官の使者達は次々と追い払われ、一月が過ぎてしまう。


「……もうこらあかんわ」


 長島からの返答に顕如は溜め息を吐いた。顕如は長島に十人の使者を送っていたが長島側は全て拒絶。顕如は落胆して将和へ謝状を送るのであった。それは兎も角、将和は兵を率いて長島に進軍する。


「では初戦は待ち構えて攻撃すると?」

「山砲の砲弾を試したい」

「榴散弾ですな」


 将和の言葉を聞いた松田大尉がニヤリと笑う。榴散弾というよりキャニスター弾に近い。

 金属製の容器の中に鉛玉や金属片を詰める砲弾である。この砲弾は着弾の衝撃で破裂し鉛玉や金属片を撒き散らす仕組みになっている。

 このキャニスター弾は先の戦――駿河侵攻時に内藤の軍に使用――で効果をあげており一向衆相手にも使用する方針だった。


「その後は兵糧攻めを行い、一向衆を長島城に追い詰める。そして曲射砲や山砲で絶えず砲撃して降伏に追い込ませて――全滅させる」

「……全滅させるのですね?」

「……うむ。災いの芽は摘む必要がある。俺だって同じ日本人、農民を殺させたくない。でもそうしないといつかまた同じ事を繰り返すんだ」

「……分かっていますよ少佐」


 将和の言葉に近藤達は頷いた。


「地獄でもお供します」

「皆、同じです」


 忠勝達も頷いていた。


「……ありがとう皆」


 将和は涙を流しながら頭を下げるのであった。





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