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第三十一話




「なんたる事だ。この儂とした事が……」


 信玄は突撃してくる葛城軍にそう呟きながら防戦を整える。


「命を惜しむな!!」


 虎姫はそう叫びながら馬を操り武田軍に向かい突撃する。しかし突撃するのは彼女だけではない。


「姫の道を開けさせるぞ。各車装填次第撃て!!」


 八九式中戦車を率いる今田中尉はそう指示を出して榴弾を装填する。そして砲手が引き金を引いて榴弾を発射する。


「姫の道作りに三発、後は密集している雑兵を蹴散らせ!!」


 四両の八九式は榴弾を三発発射して虎姫の道を作った。


「戦車隊!! ありがたい……」


 虎姫は槍を振り回しつつ道を開けさせてくれた八九式に感謝して軍勢を率いて突撃する。


「あの鉄の塊を何とかしろ!!」


 八九式等の戦車は諜報活動で鉄の塊と分かっていた武田軍。対抗策としては丸太を使用する事だった。


「三号車!! 後方から丸太を引っ張る騎馬武者が複数いるぞ!!」

「了解!!」


 今田中尉は後方から接近してくる騎馬に注意を促し、砲搭後部の九一式車載軽機関銃が丸太の前部に紐を通す穴二か所開けて紐を持って丸太を引っ張る騎馬武者を駆逐していく。しかし、弾を装填中になれば隙が出来る。

 騎馬武者達はそれを見逃さずに丸太を次々と三号車に当てていく。


「三号車!!」

「ちょこまかと!!」


 今田中尉は大型車長展望塔キューポラから身を乗り出した。そこへ一本の矢が今田中尉の左腕に突き刺さる。


「うぐ!?」

「中尉殿!!」


 砲手が突き刺さる矢をゆっくりと抜き取り、展望塔のハッチを閉める。その間にも三号車は丸太の攻撃を受けていた。


「くそったれ!! 機銃で追い払え!!」


 他の車両も機銃で騎馬武者達を駆逐するが、遂に三号車が横倒しになってしまう。


「三号車!?」


 右側に倒れた三号車はエンジンを停止させた。乗員も出てこないのは気絶したか中で息を潜めているかである。


「三号車を中心に守備に回るぞ!!」


 今田中尉はハッチを開いて残りの車両に指示を出す。合戦のため声は届いてない可能性は大だったが他の車両も今田中尉の意図に気付いて横倒しになる三号車の周りに集まり武田軍の雑兵を駆逐していく。


「機銃手!! 武田軍の侍大将や足軽大将を狙え!!」

「了解!!」


今田中尉は機銃手にそう告げながら榴弾を装填する。


「奴等の気を此方に向かせろ!! 八九式が壊れても構わん!!」


 八九式中戦車の支援を受けていた虎姫は摩耶姫を従えて俄然武田の本陣を目指していた。


「我こそは葛城将和の正室虎である!! 武田信玄、いざ尋常に勝負!!」


 虎姫はそう叫びながら雑兵を斬り込んでいく。


「虎姫様に続けェ!!」


 安藤守就達も続かんとばかりに突撃していく。


「御館様には通さんぞ!!」

「誰か!!」

「武田家家臣足軽大将の小幡昌盛でござる!! いざ尋常に勝負也!!」


 槍を携えた小幡はそう叫び虎に駆け寄り斬り合いをする。しかし、武の腕は虎のが上だった。虎は僅か五合で小幡の首を槍で突き刺した。


「小幡昌盛、討ち取ったり!!」


 しかし虎は小幡の首を取らずに再び前進する。虎が欲したのは信玄の首ただ一つである。


「おのれ!! 我は三枝昌貞也!!」

「摩耶」

「はい、私が相手してやろう」

「女の分際で――」


 斬り込もうとした三枝に摩耶は薙刀で応戦した。摩耶の武は忠勝や虎に鍛えられておりそこらの雑兵には余裕で勝てるほどである。

 摩耶は九合目で三枝の首級をあげたのである。


「御館様、此処はお引き退き下さい!!」

「ぐぐ……またしても葛城めェ!!」


 信玄は怒りのあまり軍配をバキッと割ってしまう。精強を誇ったはずの武田軍は混乱していた。信玄は前もって戦車対策として丸太をぶつける事にしていた。戦車を倒せば士気が上がると踏んでいたからだ。

 しかし、鶴ヶ城で思わぬ数の戦死者を多数出していた。また丸太が戦車に攻撃する前に榴弾を放って駆逐していた事もあり攻撃出来る態勢ではなかった。戦車を横倒しにしたが今田中尉達が三号車を守るようにしているので無闇な攻撃は損耗を大きくするだけだった。


「お急ぎ下さい!! このままでは本陣に到着します!!」

「」

「……無念!!」


 信玄は昌景に促されてその言葉を呟いて後送を開始した。そして殿を務めたのは信玄の四男である諏訪四郎勝頼、穴山信君、武田信豊の五千である。


「勝頼様、無意味な突撃はお控え下さい。」

「分かっておる」


 勝頼は義信の廃嫡後に信玄の後継者と噂されていた。まだ正室はあげていないが(遠山夫人は元気で尾張にいる)それでも立派な若武者である。


「一当てしてゆっくりと後退、また一当てしてゆっくりと後退しましょう」

「うむ、その間に父上の安全を図ろう」


 虎姫率いる軍勢は果敢に殿の勝頼達を攻撃したが勝頼達は粘りに粘り、逆に氏家直元を負傷(後に出血多量で戦死)させて追撃を鈍らせる事に成功する。


「……ここいらが潮時のようね。守就、撤退するわ」

「宜しいので?」

「甲斐の虎が葛城の虎に負けた。それだけでも効果はあるわ」

「御意。撤退の法螺貝を吹け!!」


 そして葛城軍は鶴ヶ城に入城した。


「中村大尉、城を守ってくれてありがとう」

「いやいやどうやらまだ靖国には行けないようです」


 右頬に矢傷を付けた中村大尉はそう苦笑する。鶴ヶ城を防戦中に流れ矢が右頬を掠めたようである。


「……何人討死を?」

「三分の一が靖国に向かいました。無傷な者は十数名ほどかと」

「……感謝します」

「いえ、皆も覚悟はしておりました」


 第二大隊はほぼ壊滅状態だった。同じく龍興の第四中隊もその数を減らしていた。また全体としても約六千の死傷者を出していた。いくら混乱した武田軍でも精強は精強である。


「それと戦車隊ですが……」

「丸太で倒されていたな」

「車輪が二つ脱輪、エンジンのマフラーが外れてエンジンがへこんでいます。修復出来るかは分かりません」


 今のところは使用不能だった。これにより八九式は三両となる。


「分かりました。後は殿の到着を待ちましょう」


 そして三日後、将和は二万の兵力とチハ九両を率いて鶴ヶ城に進軍した。


「虎、摩耶ありがとう。岐阜に戻ってゆっくりしてくれ」

「はいお前様。皆で武運を祈っています」

「摩耶もです」

「うむ、摩耶もありがとう」


 将和は二人を抱きしめ、二人は顔を赤く染める。そこへ加藤が咳払いをして場を整えた。


「それでは……反撃するか」


 将和はニヤリと笑い、他の者も笑うのであった。




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