第二十九話
数日後、葛城達は再び評定をしていた。
「大隊を連隊に引き上げましょう」
「人員の方は大丈夫なのか?」
「一応前もって訓練はさせていますが、三個中隊ほどが転用出来ます」
「均等に分けろ。分けたら第一大隊から連隊に増やそう」
「分かりました」
そして増強が開始された。ドライゼ銃の生産は尾張を中心にしていたが、近江を所領に加えた事により国友でもドライゼ銃の生産を始めていた。
勿論機密流出に備えて忍びを使って警戒している。国友の鉄鍛冶達もドライゼ銃の性能に目を見開いていたが、自分達がドライゼ銃を製造出来る事に喜びを感じていた。
「この銃は種子島より上だ」
「うむ、それを作れるのは嬉しい限りだ」
後に国友の職人達が製造するドライゼ銃は兵士達に好評だった。
「それと新たに一個中隊を創設したいと思います」
「指揮官は誰とする?」
「それについては水原大尉から具申があります」
「ふむ」
葛城が水原大尉に視線を向けた。
「我が第一大隊から斎藤龍興を推挙します」
「……斎藤龍興か……」
「配属された当初は反発していましたが今では立派な兵士です」
龍興も大名だった自分がいきなり兵士に格下げされた事に腹を立てていたが、訓練や戦闘をしているうちに他の兵士達と心を開いて彼等を引っ張る古参兵の一人となっていた。
「某が中隊長を……?」
いきなり葛城に呼び出された龍興はその言葉に目を丸くしていた。
「水原大尉が御主を推挙してな。どうかな龍興殿?」
「……有り難き幸せ!!」
龍興は涙を流しながら平伏するのであった。後に龍興は葛城家の譜代にまで成り上がり伊勢の大名として復帰するのである。
「ところでだ……五月蝿いのが近場にいるが……」
「比叡山……ですな」
加藤は溜め息を吐いた。比叡山延暦寺は何度か揉め事を起こしていた。葛城が支配する事に反発しているからである。
「……今日を境に三度までは目を瞑る。四度越えたら……」
「越えたら……?」
「……延暦寺は暫くの間、無くなるだろう」
正信達は葛城の言葉に無言で頷いた。葛城は暫くの間と発言した。つまり一生無くなるわけではないからだ。
「延暦寺の話はこれくらいにしましょう。次は朝倉です」
加藤はそう切り出す。朝倉義景は交渉の末に何とか領土安堵で葛城家の軍門に降っていた。
「朝倉は越前で暫くはそのままにさせよう」
「加賀の防波堤ですか?」
「うむ。朝倉は守勢に回ってもらいその間に我々は畿内を一気に掌握したい」
葛城は筆を持ち、畿内の地図に境界線を敷く。
「……淡路も攻略するので?」
「三好を堺に上陸させないためには南淡路に部隊を展開させる必要がある」
「攻略後の駐留させるのは誰にしますか?」
「……信治」
「はは」
葛城は信包の弟である信治に視線を向けた。
「御主が淡路に駐留せよ」
「御意」
信治は史実では森可成、青地茂綱らと共に近江坂本で討死するが、ここではまだ生存していた。
「言っておくが捨て駒ではないぞ。重要な場所だからこそ御主に任せるのだ」
「御意(某をそれほどにまで見込んでくださるとは……)」
信治は頭を下げつつ内心ではそのように感動をしていた。
「南淡路攻略には淡路水軍の安宅信康も付いてもらう。南淡路攻略後には信治を補佐してくれ」
「御意」
安宅信康は三好側に付いていたが、父の冬康を長慶に殺されて以降三好に反感を抱いていた。葛城家が三人衆を一蹴して畿内を追い出すと本多正信らから調略を受けて葛城家に降伏したのである。
安宅信康の降伏に三好政康と三好長逸は激怒して淡路に兵を送り志知城や湊城を占領して南淡路を支配していたのだ。
命を受けた信治と信康は兵一万五千を率いて淡路へ渡るのであった。
「……よもや信玄と手を結ぶ事になろうとはな……」
越後、春日山城で上杉謙信はそう呟いた。上杉謙信と武田信玄……両者が手を結ぶなど到底信じられない事である。
しかし、その両者を結ばせた者がいた。それが越後に入国した足利義秋であった。
「義秋公、御安心なされ。この葛城包囲網は成功するであろう」
「うむ、謙信殿には大層世話になられた」
「必ずや吉報をお届け致しましょう」
「うむ、期待している」
上杉と武田の同盟は越甲同盟と呼ばれ、周辺諸国の衝撃が走った。無論葛城もである。
「武田と上杉が同盟だと!? 何かの間違いではないのか!!」
「いえ近藤大尉、事実です。そして同盟の裏にいるのは義秋でしょう」
「……やはり消しておくべきでしたな」
「……義秋の事は全て俺の責任だ。過去を悔やんでは仕方ない。今に全力で取り組もう」
「信玄や謙信を含めて葛城包囲網とは……将軍への執着心は怖いものだな」
葛城は評定でそう言う。信玄と謙信の同盟は元より三好もこれに同調しているので葛城は間接的に包囲網を敷かれていた。
「恐らく上杉謙信は加賀を経由して越前に攻め入るでしょう。そして武田は二通りの侵攻です」
半兵衛は地図を見ながらそう皆に説明をする。
「一つは駿河、もう一つは……」
「東美濃か」
「はい」
信玄は史実でも西上作戦を行い、東美濃では信長の叔母であるおつやの方が武田に寝返っていた。今回のはほぼ史実の西上作戦同様であった。
「……急ぎ美濃の守備を固める」
『御意』
「久秀」
「はは」
「御主は信貴山城に居れ。畿内の守備は久秀に任せる」
「御意」
葛城はあえて久秀を重要な役割をやらせた。それは久秀を信頼していたからである。
「中村の第二大隊は急ぎ美濃に戻れ」
「了解です」
大隊から連隊への増強は第一大隊からしていたため第二、第三はまだ大隊だった。
「我等も準備出来次第戻る」
「分かりました」
葛城は中村の帰還を急がせた。この時、美濃の岐阜城には正室の虎姫や側室の帰蝶達が帰っていたのだ。
(間に合え……)
心の内でそう思う葛城だったが、その期待は裏切られた。
「申し上げます!! 武田勢凡そ三万が岩村城に攻めて参りました!!」
「それで岩村城は?」
「……城主おつやの方様は降伏をなされました」
「……あい分かった。下がりなさい」
岐阜城で報告を聞いた虎姫は決断をした。
「市、私の槍と鎧を」
「……行くのですか?」
帰蝶の言葉に虎姫は頷いた。
「此処はあの人が帰ってくる場所です。それをむざむざと見過ごすわけにはいきませぬ」
「……分かりました、美濃は私の故郷でもあります。頼みます」
帰蝶は虎姫に頭を下げた。
「摩耶、死ぬ用意は出来たかしら?」
「無論です」
「では参りましょう。甲斐の虎を仕留めに参ります」
虎姫は美濃、尾張、伊勢に兵力を集結させるのであった。
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