第二十六話
「内藤が討死しただと!?」
「ぎょ、御意。内藤隊はほぼ全滅。生き残りは二桁ほどでありまする」
「………」
占領した今川館で信玄は家臣からの報告に驚愕の表情を浮かべていた。
「御館様、如何なさいますか?」
「………」
山県の言葉に信玄は何も言わない。歴戦の将である信玄は増援を送り込んでも内藤隊の二の舞になると踏んでいた。だが信玄自身が言い出す事はない。
言い出せば士気が低下するのは明らかである。
「申し上げます!!」
「何じゃ?」
そこへ一人の伝令が現れる。
「ただいま、織田の軍使が参られました」
「何? 織田の軍使だと……?」
「何故織田の軍使が……」
「御館様、いっそ内藤殿の仇として軍使の首をはねますか?」
「阿呆。そんな事をすれば武田の品格が失うわ。御館様、此処は会ってみては如何ですか?」
「……うむ。此処に通せ」
「御意」
そして織田の軍使が信玄の御前に現れる。何と軍使は加藤だった。
「かの有名な信玄殿に御会いでき、恐悦至極に存じます」
「挨拶は良い。用件は何じゃ?」
「二つほど、まず一つ敵将の首を御返しに来ました」
加藤はそう言って首桶を差し出した。信玄が頷き、山県が首桶を出すと中には首だけの内藤昌豊があった。
「戦場が故、出来る限り綺麗には致しました」
「……忝ない。それでもう一つとは?」
「領土の案配です」
加藤は信玄を見据えた。
「我々が西駿河、武田は東駿河。それでどうですか?」
「………」
「内藤殿を討死させておいて如何なる了見か!?」
「左様。此処で貴殿の首を取っても構わんのか!!」
「……黙らっしゃい!!」
『―――!?』
腹から声を出した加藤の叫びに周りにいた家臣達がびくつく。
「……そもそもの原因は武田側でしょう。我々は今川の領民を保護して内藤隊を全滅させただけです。何か異存は有りますかな?」
『………』
加藤の言葉に家臣達は口をつぐむ。確かに今川に仕掛けたのは武田側である。黙る家臣達を尻目に信玄がゆっくりと口を開いた。
「領土の件は了承する」
「御館様!?」
「今川の件は確かに我等が仕掛けた。それで構わぬな加藤殿?」
「御配慮真にありがとうございます」
そこで会談は終わる。加藤達が引き上げた後、信玄は家臣達に告げる。
「今は耐えて戦力の補強に努める。恐らく葛城は謙信以上の戦いになるであろう」
その言葉は数年後に当たる事になる。それは兎も角、駿河は武田と葛城が半分に分ける事になり西駿河は葛城が、東駿河は武田が治める事になる。勿論、相良基地は無事である。
「……分かった。御苦労だったな加藤」
「いえいえ」
「だが軍使に赴くなどあまり止めてくれよ。ただでさえ貴様に頼る事は有るのだからな」
「ははは、出過ぎた真似でしたね。以後気を付けます」
葛城と加藤は互いに苦笑する。
「それで浅井長政はどうでしたか?」
「……竹生島の屋敷で切腹していた。傍らに遺書があってな。父を止める事が出来ずに葛城と戦をした事を詫びて切腹するとな」
小谷城を占領した後、葛城は長政の居場所を探していた。宮部等から聞き出して竹生島の屋敷へ向かったがそこにいた長政は既に切腹して事切れていたのだ。
「しかし、嫡男の万福丸は捕らえた」
「……処刑するので?」
「流石に処刑はせんよ。子に罪は無い。それともお前が引き取るか加藤?」
「いや、流石に私が引き取るのは……(ねねさんに何か言われそうだ)」
そう思う加藤だった。後に万福丸は軍医の川崎大尉が引き取り、浅井家は代々に渡る医師になる家系となる。そして葛城は全員を集めた。
「これで近江は手中に治めた。畿内への足掛かりは掴めている」
「……ではいよいよ?」
「うむ。来年、京へ上洛しよう。兵力は三万五千とする」
『御意!!』
明けて1566年一月、葛城は三万五千の兵力を以て京へ上洛したのである。
「あれが葛城将和だとよ」
「へぇ、妙な服装じゃのう」
「でも見事な統率やなぁ」
京の人々は羅城門から朱雀門の朱雀大路で徒歩行進する日本軍に感心していた。そして大内裏の朱雀門に到着すると日本軍は大内裏へ一斉に敬礼をする。
「直れェ!!」
一糸乱れない動きをする日本軍に京の人々は完全に心を奪われていた。それは徒歩行進見学をしていた前久達もである。
(これ程とはのぅ……妾の目に間違いはなかったでおじゃる)
前久はうむうむと何度も頷いたのであった。そして徒歩行進を別の場所から見ている者がいた。
「……あれが葛城の軍勢か(三好の全兵力で当たれば半数は死ぬ。残りは負傷者しか残らないであろう)」
男はそのように思案していた。
「長慶様が生きておられば……それも無理か」
男はそう言って立ち上がる。
「……決断の時だな」
男はそう呟いた。そして数日後、葛城達が居住している清水寺に一人の男が現れた。
「隊長殿」
「どうした加藤? あたた……」
「二日酔いですか?」
「摩耶と飛鳥の実家へ挨拶をしてそのまま宴会だ。近藤や松田も二日酔いだ」
「では酔いが覚める報告をしましょう。松永久秀が九十九髪茄子を持って降伏に訪れました」
「……早くないか?」
「信長や秀吉、家康がいない歴史を歩んでますから何が起ころうとは私も想像が尽きません」
「……だな。会おうか」
「はい。それと松永との対話ですが……」
加藤はそう言って葛城に耳打ちをする。加藤の言葉を聞いた葛城は頷いた。
「分かった。そのような方向にしよう」
「助かります。半兵衛と正信と知恵を絞りあった甲斐があります」
そして葛城と久秀が対面する。
「松永弾正久秀でございます。降伏の証としまして九十九髪茄子をお渡しします」
「うむ。我が軍の末席に加わるが良い」
「はは」
「それと頼みがある」
「何なりと」
「……我が軍は些か戦い過ぎた。御主は茶の湯に精通していると聞く。御主の茶で皆の心を清めてはくれぬか?」
「……はは。某で良ければ」
久秀は葛城の言葉に唖然としたが、直ぐにニヤリと笑い頭を下げる。
「それとな……たまにで良いから平蜘蛛で茶をしてみたい」
「……寄越せと言わないので?」
「御主が苦労して手に入れたのであろう? 力で奪おうとは思わぬよ。皆で飲めれば良いではないか」
「忝ないでござる(これが葛城将和か……中々の御方だな)」
松永はそう評価するのであった。
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