第二十五話
小谷城を占領した葛城達は一旦付城に戻った。
「長秀」
「はは」
「御主を小谷城の城主とし浅井の旧領を与える。朝倉への備えとせよ」
「そ、某に北近江を下さるのですか?」
「うむ。御主だからこそ任せられる」
「……はは!!」
長秀は感激して頭を下げるのであった。そして佐和山城に葛城達が戻ると南近江の六角親子が挨拶に訪れていた。
「六角四郎承禎でございまする」
「六角四郎義治でございまする」
「うむ、葛城将和だ。御主らの所領は書状通り安堵とする」
「「はは!!」」
二人は葛城に頭を下げる。なお六角は現代にまで続く血筋を残すのであった。
そして葛城が京へ上洛が整った……かに見えた。
「何!? それは真か疾風!!」
「は。甲斐の虎、武田晴信が駿河へ侵攻を始めました」
佐和山城で疾風からの報告を受けた葛城は驚愕の表情をした。それは加藤達もである。
「早い、早すぎる侵攻だ」
「恐らくは我々に触発されたのでしょう」
「かもしれんな。それで駿河の状況のどうか?」
「当初は今川も混乱していましたが、氏真が建て直しを図って武田の侵攻を抑えております。ですが……」
「武田が駿河を蹂躙するのは時間の問題……か」
「申し上げます!!」
そこへ伝令がやってきた。
「只今、駿河の今川家から使者が訪れておりまする」
「今川家の使者だと?」
「どうしますか隊長殿?」
「……会おう。直ぐに通せ」
「はは」
そして葛城の御前に今川の使者が赴いた。
「降伏……すると?」
「は、我が主氏真は葛城殿に降伏するとの事であります。此方がその書状です」
使者からの書状は加藤を通して葛城に渡された。
「あい分かった。重臣と話すから少し待たれよ」
「はは」
使者が下がると直ぐに葛城は評定を行った。
「どう思う?」
「ただ単に大名の権威を捨てて我等に助けを求めたのか、それとも武田と我等を戦わせるのかの二者ですな」
葛城の問いに正信はそう返した。加藤や半兵衛も頷いている。
「今出せる兵力はどれくらいか?」
「援軍を出すのですか?」
「これが密書なら黙殺をするが、正式に使者を出している。黙殺すれば評判は地に落ちる」
「……やむを得ませんな」
半兵衛が溜め息を吐いた。
「一個歩兵大隊、一個砲兵大隊、二万の軍は出せるでしょう」
「……信包を総大将、軍師に加藤を遣わせる。それで良いか?」
「異論有りませぬ」
葛城の言葉に皆は頷いた。
「信包」
「はは」
「御主は今申した軍を率いて駿河に赴け。駿河の半分は占領して武田の侵攻を殲滅させろ」
「駿河の半分ですか?」
「今は北条の相手をしている暇はない」
「成る程。分かりました」
葛城の命を受けた信包は二万と一個歩兵大隊、一個砲兵大隊を率いて駿河方面へと向かった。
「さて、武田の抑えはこれで良いとして……」
「足利義秋ですな」
義輝襲撃後に脱出して越前にいた義秋一行は中々上洛しない義景に見切りを付けて新たに狙いを定めたのが葛城達日本軍だった。
義秋は頻りに葛城に協力の書状を送りつけたが葛城達日本軍は「将軍より陛下です」の具合なので無視し続けていた。
ちなみに葛城や加藤達は逆に書状を届けに来る細川藤孝や明智光秀に家臣にならないかと調略していた。後に二人や和田惟政が家臣になるが……。
「当面は無視し続けておこう」
「それが無難かもしれませぬな……」
しかし、これが後に痛恨のミスとなる。それはさておき、今川派遣軍は一月後には遠江から駿河に進入した。
「今川氏真です」
「これはこれは今川当主自らとは……」
今川からの使者は何と氏真と寿桂尼だった。
「当主自らとなると、状況は酷いようですね」
「……全く以てその通りです。何とか防戦はしていましたが、家臣は相次いで裏切り武田に降伏しました」
氏真は残念そうな表情をしながら信包に告げる。
「いやはや……父上を討たれて以降、今川はボロボロでした。それに葛城殿が遠江を奪って以降も酷かった」
「心中御察しします。さぞ我々をお怨みかと存じます」
加藤は氏真に頭を下げるが氏真は気にしない表情だった。
「いやいや、これも戦国の世の定めです。怨みなどありませぬ」
加藤にそう言う氏真だった。氏真達を収容した派遣軍は相良油田付近に向かう。
「此処が……葛城殿達の始まりですか?」
「えぇ。南蛮から本土を守るために……」
加藤はそれ以上の言葉を言わなかった。信包もそこのところは理解した。そして牧之原方面に派遣軍が駐屯をしたのを武田も乱波等の情報で手に入れていた。
「ふむ……」
「如何なさいますか御館様?」
思案する武田信玄に武田四天王の一人である山県昌景がそう促す。
「……昌豊」
「は」
信玄は同じ四天王の内藤昌豊に視線を移した。
「御主に五千の兵を与える。織田の軍勢を蹴散らして参れ」
「御意。お任せ下さい」
内藤は頷いて五千の兵を率いて出陣するのであった。武田軍の動きに派遣軍も気付いた。
「敵将は内藤昌豊との事です」
「ふむ……」
「信包殿、具申します」
「加藤殿、何か策でも?」
加藤の具申に信包はそう尋ねるが加藤は苦笑した。
「以前に隊長殿が出来なかった事をしたいと思います」
そして派遣軍は三方の軍勢に分かれて信包の五千は内藤の軍勢と交戦を開始した。
『掛かれェ!!』
『ウオオォォォォォォーーッ!!』
同等の兵力でぶつかった両軍だが、練度の差は明らかであり信包隊は苦戦していた。
「これ程までとは……いやはや流石は武田の軍ですね」
「感心している場合ではないぞ加藤殿」
「そのようで。では引きのきましょうか」
そして戦いが始まって三十分、信包隊はゆっくりと後退を始めた。
「織田の軍勢はゆっくりと後退していますな」
「うむ。ここいらで一気に踏み潰そう」
家臣の言葉に内藤はそう判断して信包隊を追撃する。そして信包隊は完全に敗走を開始した。
「引けェ!! 引くのだ!!」
信包隊の雑兵は我先にと逃げていく。その後方から内藤隊が追撃していく。そして――。
「今だ、撃ェ!!」
草むらに待機していた歩兵大隊、足軽鉄砲隊が一斉に射撃を開始した。
「な、何!?」
次々と倒れていく雑兵に内藤は目を見開いた。
「織田に一杯食わされたか!!」
内藤はそう叫ぶがその間にも射撃で次々と雑兵が倒れていく。その少し離れたところでは長四斤山砲隊と固定式曲射砲隊が砲撃を開始していた。
「撃ちまくれェ!! 砲撃の手を緩めるな!!」
内藤隊からは分からないところから砲撃をし、内藤隊は完全に支離滅裂な状態だった。
「殿、此処は引きましょう!!」
「……やむ得ない!! 引け――」
しかし、撤退をする前に内藤の近場で砲弾が炸裂した。しかも炸裂した砲弾はただの石弾や鉄弾ではなく、榴散弾――キャニスター弾――であった。
弾の中には金属片や鉛玉が詰められており、破裂した瞬間、近場にいた内藤達に金属片と鉛玉が襲い掛かった。
「グワァ!?」
身体に多数の鉛玉がめり込み、内藤はほぼ即死であった。撤退を指示する者がいなくなり、更に後退していた信包隊も再度反転して支離滅裂状態の内藤隊に襲い掛かったのである。
内藤隊が全滅した報せが信玄の元に届いたのは翌日の事であった。
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