第二十四話
「おのれ葛城め、これ程とは……」
海北は敗走しながら口惜しげにそう言った。一万の軍勢で日本軍に突撃をした浅井軍だったが、ドライゼ銃や長四斤山砲の前では鎧袖一触であった。更に一万の軍勢は本多忠勝や西美濃三人衆などの軍勢に追いやられ、その途中で雨森は稲葉良通に討ち取られて討死をしている。
「後は信包殿や皆に任せよう。我等が多く出るのも良くはない」
「分かりました。皆にもやらせませんと士気に関わります」
葛城の言葉に加藤も頷いた。そして追撃戦で海北も信興に討ち取られるのであった。
佐和山城にいた残存部隊から両将の討死を聞いた磯野員昌は籠城する準備をしつつ小谷城に援軍を要請した。しかし、小谷城の浅井久政は援軍を送らず小谷城の構築に勤しんだ。
「両将を討死させて自分は城に籠るような輩に送る援軍などない!!」
「しかし久政様!!」
久政は宮部継潤や遠藤直経の具申を退けていた。そのため久政は佐和山城を現兵力で死守せよと厳命した。
「三千しかいないというのにどう死守しろと言うのだ!!」
久政の書状を読んだ磯野員昌は激怒して書状を破り捨てた。それほどまでに磯野は久政の対応に怒っていた。
「……最早浅井家もこれまでのようじゃな」
磯野は久政の対応に完全に愛想を尽かし、日本軍に降伏を申し出たのであった。
「……磯野。何故我等に降る気になった?」
佐和山城へ入城した葛城は自身に頭を下げる磯野に問う。
「……小谷城から援軍が来れば某は城を枕に討死する所存でした。しかし、浅井久政からの返答は現兵力での死守との命。我が方三千の兵力で葛城の侵攻を抑えるのは甚だ無に等しい。なれば三千の兵を助け、某の頭を下げるのが良いと思った次第でございまする。某の命は葛城殿に預けましょう」
「ふむ……磯野員昌、御主は現実という物を理解している。宜しい、御主の命は助けよう。我等の末席に加わるが良い」
「よ、宜しいのですか?」
「構わぬ。民に慕われる者や強者には最大の礼を尽くすのが世の定理だと思う」
「……有り難き幸せ!!」
磯野は涙を流しながら平伏し、日本軍の末席に加わるのであった。佐和山城を占領した日本軍は再度浅井家に降伏の書状を送ったが浅井久政はこれを無視、越前の朝倉義景に援軍を要請した。
朝倉義景も援軍を了承して朝倉景健を大将にした約八千を小谷城を送った。
「八千の兵力しか無いと?」
「本来であれば義景様御自ら御出馬する所存でありもうした。しかし、加賀の一向宗が国境で妙な動きをしておるのでございまする」
これは義景のハッタリであった。義景にしてみれば浅井への援軍は利するところがなく、密かに葛城と通じようと水面下で本多正信らと密談をしていたのである。
「……分かりもうした。宗滴殿亡き今、一向宗が動けば越前国の危機は甚だ理解しているでござる」
「申し訳ありませぬ」
だが八千でも久政には嬉しい援軍であり、小谷城の兵力は三万五千にまで膨れ上がった。それを尻目に、宮部継潤は小谷城を密かに一族と共に離れて葛城に降伏していた。
「浅井の命運は尽きた。それならば新しき主君の元で働くのが一番でござる」
宮部継潤が加藤と茶を飲みながら溢した言葉だった。そして宮部継潤が降伏した事により宮部城も無傷で手に入れ、日本軍は付城も横山城から小谷城の南側の正面にある虎御前山へと前進した。
また、久政に反感を持つ者も継潤が降伏した事で日本軍に雪崩れ込むように葛城に頭を下げていた。
これにより丁野城も日本軍の手に渡り、山本山城の守将である阿閉貞征も宮部継潤の説得により日本軍に降伏し、小谷城はほぼ包囲されたに等しい状況だった。
「こうなれば一戦交えてくれん!!」
焦る久政は戦に反対する家臣の具申を捨て小谷城から三万五千の兵力で出てきた。
「隊長殿、浅井久政は焦ったようですね」
「うむ。攻撃開始は前線の者に任せる」
「分かりました」
野戦も警戒していた葛城は防御柵を作り、ドライゼ銃の射撃準備をさせた。
「掛かれェ!! 葛城を生きて帰すな!!」
『ウワアァァァァァァァーーーッ!!』
浅井久政の号令と共に浅井軍が日本軍に突撃を開始する。対する日本軍は防御柵を前に一歩も防御柵から出ずに歩兵大隊がドライゼ銃を構えていた。
「撃ェ!!」
水原大尉の射撃命令と共に二個歩兵大隊は射撃を開始した。歩兵がドライゼ銃の引き金を引いてドライゼ銃用に改造されたミニエー弾が砲口から飛び出していき――浅井兵の命を刈り取り黄泉の国へと送る。
「連続射撃だ!!」
水原大尉もドライゼ銃に弾丸を装填して自らも射撃を開始する。二個歩兵大隊の後方にいる砲兵中隊も長四斤山砲の砲撃を開始していた。
「撃ェ!!」
長四斤山砲隊は次々と鉄弾と石弾を発射する。発射後は砲兵達も砲口内を掃除して新たに装薬と石弾若しくは鉄弾を装填して順次砲撃を行っている。
石弾若しくは鉄弾は少しの放物線を描いて地面に着弾、そのまま水面を跳ねる石のようにぴょんぴょんと飛び次々と浅井兵に当たってその命を刈り取られていく。
「な、何じゃあれは!?」
「わ、分かりませぬ!!」
驚く浅井久政の問い掛けに分からない近習もそう返すしかなかった。そして久政がいる場所にも長四斤山砲の砲弾が飛来してきて近習達を吹き飛ばした。
「く!? ……音が止んだ?」
何とか生き残っていた久政は音が止んだ事に不思議に思う。しかし、直ぐに聞こえてくる地響きの音に表情を変えた。
『ウワアァァァァァァァーーーッ!!』
「掛かれェ!!目指すは浅井久政の首級のみだ!!」
忠勝や丹羽長秀らの部隊が乱れている浅井軍へ一斉に突撃を開始していたのだ。ここに至り、久政は戦意を喪失して小谷城へ逃げ込んだ。
小谷城へ逃げ込んだ兵力は一万三千、その中には朝倉軍はいなかった。朝倉軍は既に戦場を離脱して越前に帰還していた。残りは討死か逃亡した。
「城門を閉じて籠城じゃ!!」
地獄のような戦から生還した久政は家臣にそう告げた。しかし、葛城は城攻めを開始した。
「撃ェ!!」
城攻めに対して固定式曲射砲が攻撃をした。曲射弾道の曲射砲の攻撃に浅井軍は対処出来ず、精々矢を放つのみだった。そして小谷城の大手門が破られた。
「防げ!! 防ぐのじゃ!!」
久政はそう厳命するが、防戦及ばずに小丸にまで日本軍がなだれ込んだのである。
「……最早これまで!!」
久政は一族の浅井福寿庵、舞楽師の森本鶴松大夫と盃を傾けた後に切腹したのであった。こうして小谷城は落城して日の丸が掲げられたのである。
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