第十五話
「御館様、某が参ります」
「権六」
伝令の話を聞いていた勝家がそう名乗り出す。
「よし、行け」
「はは」
戦線の膠着を嫌った信長は勝家を先頭に一気に刈谷城へ乗り込もうとした。勝家は直ぐに部隊を率いて刈谷城の大手門に取り付いた。
「進めェ!! 刈谷城一番乗りは我等ぞ!!」
勝家は雑兵達を鼓舞しながら大手門の門を打ち破ろうとする。
「丸太はまだか!?」
「今来ます!!」
丸太を持った雑兵達が勝家の元に行こうとするがドライゼ銃の銃弾に倒れてしまう。それを見た勝家は自ら丸太の元に走り、丸太を抱えたまま死んでいる雑兵を振り払い丸太を担いで大手門に向かう。
「行くぞォ!!」
『そぉれ!!』
雑兵達が勝家と同じく丸太を担いで大手門の門を叩いて開かせようとする。
「投げ込め!!」
歩兵達は酒を入れる徳利を勝家達に投げた。勝家に当たらなかったが冠門から侵攻してきた雑兵達付近の地面に落ちた。落ちた場所で徳利が割れ可燃性の液体――相良油田で採掘されたガソリン――が周りに散らばり、それに栓に点けた火が引火することにより、その落ちた付近にいた雑兵達は瞬く間に炎に包まれた。
「な、何!?」
「ヒイィィィ!!」
「熱い熱い熱い!!」
「助けてくれ!!」
炎に包まれた雑兵達は祭りの踊りを踊るように逃げ惑うがやがて一人、また一人と地面に倒れていく。
「おのれ葛城め!! なんと卑怯な戦をする!!」
勝家は激怒するが歩兵中隊からしてみれば何処へ吹く風である。その間も徳利が次々と投げ込まれ雑兵達が死の踊りを踊っていく。そして信長は煙が上がったのを見て勝家がやったと思っていた。
「権六がやったか!! 兵を大手門に集中させよ!!」
「はは!!」
しかし信長が見た煙は死の踊りを踊っていた雑兵達が燃えて焦げた煙である。勝家はそれを尻目に何とか大手門の門を破壊した。
「行くぞォ!! 刈谷城一番乗りは柴田勝家也!!」
勝家は確かに刈谷城へ一番乗りをした。しかし大手門の十間先にはドライゼ銃を構えていた歩兵二十人がいた。
「撃ェ!!」
歩兵達は引き金を引いて勝家達に弾丸を叩き込む。
「グォ……」
頭に弾丸が当たったが兜に跳弾となり即死にはならなかった。しかし胸に二発の弾丸を食らっていた。
「ゴブ……」
胃から血が逆流して口から赤い液体を吐き出す。倒れそうになるが左足で踏ん張り、持っていた槍を歩兵に投げた。
「グハ!?」
「高田!!」
「衛生兵ェ!!」
勝家が投げた槍を腹に刺さって倒れる歩兵を他の歩兵が抱き抱えて衛生兵を叫ぶ。別の兵達が弾丸を装填して勝家に照準して引き金を引いた。
「おや……か…た……さま……」
新たに銃弾を受けた勝家は命中の衝撃で仰向けに倒れた。史実では桶狭間以後、信長の元で戦い続け鬼柴田の異名を成すはずが刈谷城にてその生涯を終えたのである。享年41歳であった。
「申し上げます!!」
「攻め行ったか!?」
「柴田勝家様、討死でございまする」
「な……!?」
伝令からの報告に信長は思わず床几から立ち上がる。其ほどの衝撃であったのだ。
「御館様、此処は引きのくべきです」
五郎左の丹羽長秀は信長に具申した。信長もそれは分かっていた。
「〜〜引くぞ!!」
「はは」
「御館様、殿は某にお任せを」
佐久間信盛が信長の前に出た。
「信盛、頼む」
「はは!!」
「申し上げます!! 後方より敵勢凡そ千五百!! 此方に向かってきます!!」
『―――!?』
再び現れた伝令に信長の天幕は驚きに包まれた。
「行けェ!! 行けェ!!」
馬に乗りつつ忠勝は蜻蛉切を持ち、戦が始まると信長の後方に回り込んでから攻撃を開始した。
「我こそは本多平八郎忠勝也!! 織田上総介信長の御首を頂戴致す!!」
「防げェ!!」
「雑魚に用は無い、退けェ!!」
忠勝は蜻蛉切を振り回して雑兵達を凪ぎ払う。信長を探す忠勝だったが信長は馬廻衆や丹羽長秀に護衛されて何とか突破して尾張に逃げ込んだ。
小牧山城に到着した時には二千の兵しかいなかった。四千の兵が三河の地に伏したのである。
損害は兵だけではなく将にもあった。木下藤吉郎、柴田勝家が刈谷城の大手門にて討死をし、撤退する時には乳兄弟である池田恒興が忠勝の蜻蛉切を喉元に突かれて討死していた。
「おのれ葛城将和め!!」
小牧山に帰った信長はそう葛城を罵るが葛城はまだ刈谷城に向かっていたので葛城に怒るのは筋違いであった。だが多くの将、兵を失った事により家臣達は不安を覚え、信長に疑心の目を向けるのであった。
一方、葛城は刈谷城に入城して中村大尉から報告を聞いていた。
「……遂に戦死者が出たか……」
「……はい」
中村大尉の歩兵中隊は流れ矢で五人が戦死していた。勝家に槍を投げられた歩兵も重傷だったが出血多量で戦が終わった後に亡くなっていた。(葛城の意向で戦死と認定された)
「今まで重傷しかいなかったのが奇跡だったのです。彼等も死ぬと分かっていながらも隊長殿に従ったのです。戦を続けていけば戦死する者も増えるでしょう。無論、我々も例外ではないと思います」
加藤は葛城にそう言った。
「……六名の葬儀を我々だけで行う。場所は相良油田基地だ」
「……我々が来る事になった場所ですると?」
「そうだ。せめては昭和の香りがする場所で見届けたい」
葛城はそう言った。他の者も反対意見はなかった。
「……彼等は無事に靖国に行けただろうか……」
松田大尉はそうポツリと呟いた。
「英霊は彼等を出迎えてくれるでしょう。よく戦ってくれたと」
「それもそうだな」
その後、葛城は刈谷城に忠勝を残して一旦は相良油田基地に全部隊を伴い訪れた。
「彼等に祈りを捧げる。捧げェ銃!!」
銃を持つ者は捧げ銃をし、葛城達は刀で刀の礼をしていた。
「直れェ!!」
葛城の言葉に銃を持つ者は銃床を下に置き、葛城達刀を持つ者は納刀する。
「先日の戦にて、六名の戦死者が出た。改めて諸君に問う。死ぬ覚悟は出来ているか? 出来ていない者は直ぐに名乗り出よ。後でも構わない」
『………』
しかし彼等は何も言わなかった。
「良いのだな?」
『はい!!』
「……分かった。諸君、ありがとう」
葛城は覚悟を決めていた全員に頭を下げた。
「では弔銃発射をする」
そして弔銃発射を終え、彼等は僅かの護衛兵と油田施設員を残して戦に赴くのである。後に葛城は小さな戦死者を祀る神社を創設させた。これが後の靖国神社に繋がるのは葛城達はまだ知らないのであった。
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