第十二話
コメ返しは夜にします。予備自の試験行ってるので。
コメが実を付けて青々と繁り蝉が出てくる八月、掛川城で葛城達は評定をしていた。
「それで今後の侵攻予定ですが……西と東のどちらに?」
加藤は三宅にそう聞いた。即ち西とは三河、尾張方面で東は駿河方面である。
「……仮に東になさいますと、何れ武田と北条を相手になります。片方の侵攻であれば防げますが同時侵攻だと防ぐ事は出来ないと思われます」
「征司殿、それは殿の部隊でもか?」
「左様です正信殿」
加藤と正信は仲が良く名前で呼びあっていたりしている。
「消去法になると西の三河、尾張方面でしょう」
「……だろうな。俺もそう思う」
加藤の言葉に葛城は頷いた。
「それで……そろそろ家臣にならんか本多忠勝?」
葛城は正面に座る青年に視線を向ける。青年の名前は本多平八郎忠勝であった。
二川の合戦で捕縛されて以来、掛川城で監視付きの軟禁されていた。普通なら斬首でもされるが惜しむらくは後世に伝わる忠勝の武勇であろう。葛城達からすれば忠勝の武は今の日本軍に欲しい逸材である。
しかし、忠勝は頑なに無言を突き通すのみであった。一回、葛城は正信に任せようとしたが正信は「某は嫌われておりますので逆に殺されまする」と言ったので任せるのはやめたのである。
「……本多忠勝、何故に頭を下げぬ?」
「……某の主君は松平家のみにござる」
「だがな本多忠勝、元康は既に亡く、子の竹千代は駿河の今川家にいる。それでも松平家を主君とするのか?」
「………」
葛城の言葉に忠勝は何とも言えない表情をする。確かに元康の嫡男竹千代は駿河の今川家にいた。
「貴殿は十分に松平家に忠義を尽くしたではないか。それでも最早存続が危うい松平家に忠義を尽くすのか?」
「……それが武士の務めでござる」
「……そうか。おい、縄を解け」
「隊長殿?」
「本多忠勝を解放する。三河にお戻りなされ」
「殿!! それはなりませぬ!!」
葛城の言葉に正信が反論するが葛城は首を横に振る。
「三河武士が頑固なのは知っている。なら戦でもう一度撃ち破って本多忠勝を家臣にしてみせよう。おい、忠勝殿の鎧や刀を返して差し上げろ」
葛城はそう言って忠勝を解放するのであった。
「次は戦場で会いまみえよう忠勝殿」
「……忝ない」
忠勝は葛城に頭を下げて三河に帰還するのであった。
「……宜しいのですか隊長殿?」
「本音は本多忠勝を家臣にしたい」
「ならば殿……」
「だが強要し続けると松平家への忠義の板挟みで忠勝が腹を切る可能性もある。それは阻止したかった。だから解放した」
「成る程……」
(普通なら頭を下げるけど三河武士だからな)
正信は感心したように頷いた。内心、葛城はそう思っていた。そして忠勝は無事に三河国岡崎の西蔵前に帰還するのであった。
忠勝の帰還に三河の国人達は喜び、葛城に当たる事にした。漸く争っているべきではないと判断したのである。
しかしその判断は遅すぎた。コメの収穫と麦撒きを終えた十一月、吉田城へ一万二千の大軍が攻め込んできた。
「三河の軍勢は凡そ一万二千!!」
「……一個師団分か。隊長殿には報せたか?」
「勿論です」
「よし、なら防戦に入ろうか」
吉田城の兵力は一個歩兵中隊に加え十門の四斤山砲、松井氏約二千がいた。早馬は直ぐに掛川城に伝えられた。
「隊長殿!!」
「どうした加藤?」
この時、葛城は虎姫と十月に生まれたばかりの嫡男虎丸と遊んでいた。葛城は初めて生まれた子どもに溺愛するほどだったが虎姫が時折躾ていたので加藤達も問題視はしていなかった。
「吉田城に三河の軍勢凡そ一万二千が攻めて来ました。中村大尉の歩兵中隊は出撃準備完了しています」
「国人達は?」
「飯尾連竜が千二百、大沢基胤が千五百、久貝正勝が千の兵を率いて間もなく掛川城に到着します」
「よし、チハとチロも伴って出撃する」
「分かりました」
加藤は頷いて下がる。葛城は虎丸に頬すりをする。
「虎丸、ちょっと行ってくるからな」
「キャッキャッキャ♪」
「将和様、お気をつけて」
「うん。掛川城の守りは任せた」
「はい」
将和は虎姫にそう言って掛川城から出撃して軍勢を率いて吉田城に向かった。吉田城では歩兵中隊達が防戦していた。
「装填良し!!」
「撃ェ!!」
装填が完了した四斤山砲から鉄弾が次々と放たれていく。鉄弾は少しだけの放物線を描いてから着弾。着弾付近にいた雑兵を踏み潰して転がっていく。
転がる鉄弾に雑兵達は成す術もなく己の四肢や場合によって頭に命中して頭ごと吹き飛ばされたり腹に命中して下半身と上半身が永遠の別れを遂げていたりする。
「数正、このままでは……」
遠江から帰還した忠勝は傍らにいた石川数正に声をかける。
「うむ、全滅されるかもしれん」
既に国人達の多くが冥土に送られ地に伏せていた。
「申し上げます!! 本多重次様討死!!」
「何!? 重次が討たれたと!!」
「は、種子島の弾を頭に……」
伝令の雑兵は悔しそうにそう告げた。
「……大筒が彼処まで威力があるとは……」
「やはり南蛮と繋がっているのか?」
「いや、南蛮と繋がっているなら遠江に宣教師がいるはず。忠勝、遠江で宣教師はいたか?」
「……いやおらなんだ」
「……そうか」
「申し上げます!!」
「何じゃ?」
「遠江方面から三宅の軍勢が押し寄せて参ります!!」
「……これまでか。急ぎ豊川を渡河をする。全軍引け!!」
数正は撤退を決意、生き残りの約七千の軍勢は豊川を渡河して三河に撤退したのである。日本軍は戦傷が残る吉田城に入城した。
「死傷者はどうか?」
「死者は歩兵中隊は無し。しかし、松井の方で若干数、負傷者は全体で五十足らずです」
「そうか。やはり四斤山砲が効いたか」
「は、ですが四斤山砲ばかり頼っては近接の時には甚だ不安が残ります」
「ふむ……」
「隊長殿」
「何だ加藤?」
「相良油田のガソリンを使い、火炎瓶を作ってはどうですか?」
加藤の言葉に葛城達は納得した表情で頷いた。
「成る程」
「瓶は流石に無理なので酒の徳利を使用してはどうでしょうか?」
「うむ、急ぎ研究してくれ」
「分かりました」
こうして火炎瓶が作られる事になる。一方で三宅は軍勢を三河方面に進めて長沢城、五井城等を攻略する事が決定されたのであった。
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