第七話 3rdゲーム
えぐられた右眼がズキズキ痛む。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに、何故かこの痛みがとても懐かしい。何でだろう。
懐かしいのに、覚えているのに、思い出せない。
遠くから声が聞こえてくる。
「…さん……!小鳥遊さん!」
「……音無さん……」
気が付いた小鳥遊は辺りを見回す。そこはさっきまで自分達が集まっていた広場だった。
「そうだ……、俺は確か手術室まで連れていかれて…そこで右眼を……」
小鳥遊は携帯の画面で自分の顔を確認する。右眼は以外にも丁寧に包帯で巻かれており、ちゃんと処置は施されていた。周りを見てみると全員が手当てされている。その中には最初に指名された芦屋も居た。
小鳥遊は音無の手に目を向ける。すると指先には大層に包帯が巻かれていた。みんなもそうだが、その包帯が怪我の痛々しさを物語っている。
「音無さん大丈夫か?痛みはまだあるか?」
「私はもう大丈夫です…少し痛みますけど。それより小鳥遊さんの方が大怪我じゃないですか!まだ痛みますか⁉」
「俺ももう大丈夫だ…、心配しなくていい」
小鳥遊は精一杯の笑顔で答える。だが正直まだ右眼はかなり痛みを伴っていた。
するとスピーカーから放送が入った。
「皆様、2ndゲームお疲れ様でした。現在の生き残った参加者の数は11人となっております。」
誰ももう反論はしなかった。否、出来なかったのだ。そう、ここに居る全員がやっと理解した。《Lost:Game》には逆らえないと。
ロストは無機質な声で続ける。
「それでは3rdゲームを開始します。3rdゲームは実に簡単。二つの選択肢の中から片方を選んでいただき、実行するという選択ゲームです」
3rdゲーム・《運命の選択》
・1〜100の番号からどれか一つを選択し、それに該当する二択問題を選択し、実行する。
・選択出来なかったり、実行出来なかったら失格。その場で処刑される。
・問題にも様々な物があり、選択した番号によってランダムに難易度が違う。
「……ルールは以上でございます。それでは3rdゲーム、開始します」
「選択し…、実行するか……」
一見簡単だが、これは《Lost:Game》だ。一体何が起きるか分からない。小鳥遊は警戒し、音無に注意を促す。
「一体何が起きるか分からない……、気を付けよう音無さん」
「……はい、分かりました」
「では最初の参加者を指名します。結城 美鈴さん、前に出てきて下さい。」
結城と呼ばれた女性が前に出てきた。黒髪に眼鏡を掛け、清楚な印象を受ける。
ロストは続ける。
「それではスクリーンに表示される1〜100の数字のうち、一つを選んで下さい」
結城は少し戸惑いながらも数字を一つ選ぶ。
「……68番をお願いします」
その時、右の扉から鬼が台車に何かを乗せて持って来た。箱というのは分かったが、布がかぶせてあり中身を確認する事が出来ない。
もう一体の鬼がその布をどかした。すると透明なガラスの箱の中にはアルトリコーダーとソプラノリコーダーが入っている。
「アルトリコーダーかソプラノリコーダーのどちらかでドレミファソラシドを吹いて下さい。出来なければ罰を与えます」
一見簡単そうだが、アルトリコーダーとソプラノリコーダーは塞ぐ場所が違っており、仮にアルトリコーダーが吹けても間違えてソプラノリコーダーを選択してしまえば正確に吹けずに失格してしまう。
だが結城はまるで東大生が一桁の足し算を見るかのような余裕のある表情で言った。
「私音楽教師なんですよ?こんなの簡単過ぎるに決まってるじゃないですか」
結城はアルトリコーダーを選択した。そしてとても美しい音色で見事にドレミファソラシドと奏でた。
「すごいな……」
小鳥遊は思わず息を飲む。正直リコーダーなど簡単なものだが、ミスをしたら死ぬこの状況で難無くこなす事が出来たのはすごい事だと思った。
横で音無が喜ぶ。
「この調子ならこんなゲーム余裕じゃないですか小鳥遊さん?」
「この調子だったら……な……」
「では次の参加者を指名します。松原 孝太郎さん、前に出てきて下さい」
スクリーンに数字が表示される。残りは99個となっている。
「14番で頼む」
先程の結城を見て安心したのか、松原や他の参加者には少し表情に余裕が見られた。
そして鬼がまた箱を運んで来た。見た感じ箱の大きさは変わらないが、さっきと違って中から何やら音が聞こえてくる。二体目の鬼がかぶせてある布を取った。
すると箱にはほぼ同じ大きさの子犬と子猫が入っていた。果たしてどんな指令なのかと参加者が考えていた時、ロストが告げる。
「この犬か猫のどちらかを床に思いっきり叩きつけて下さい。出来なければ罰を与えます」
「……え?」
空気が凍りついた。明らかにさっきとは内容が違う。こんな小さな動物を床に、ましてや成人男性の腕力で叩きつければ死んでしまうに決まっている。
松原は目を逸らす。
「そんな……、俺にはこんな事……!」
するとロストが抑揚も無く告げた。
「早くしないとあなたが死ぬ事になりますよ?」
「ーーーーー!!」
松原は箱に近づき、そして箱を開けて猫を掴む。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
松原は発狂しながら渾身の力で猫を床に叩きつけた。バンッと音を立て、その小さな身体は床にぶつかった反動で大きく跳ねた。そしてピクピクと痙攣しながら最終的には全く動かなくなった。
「キャァァァァァァァァ!」
女性参加者の悲鳴が広場に響く。松原は俯きながら無言でその場から元の位置に帰った。
「ひどい……」
音無が小さく呟いた。だが音無も小鳥遊も松原を責めようとは思わなかった。何故なら自分達だって、きっとそうするだろうと思ったからだ。
鬼が猫の死体を回収した後、ロストはまた淡々と告げる。
「次の参加者を指名します。成宮 圭介さん。前に出てきて下さい」
成宮と呼ばれた若い男性は、少し小太りで大人しそうな印象を受ける。
「……100番」
成宮は100番を選択した。そして鬼がまた箱を運んで来る。だが今回の箱はかなり大きく、3m×3mぐらいはあるだろう。
鬼が布をどける。すると成宮の表情がさらなる絶望に染まった。
「……どういう…、事だよ……」
その箱の中には成宮の母親と成宮の大好きな人気アイドルグループの一人が閉じ込められていた。二人は動けないように手足を縛られている。
「この二人の内、どちらかを殺して下さい。出来なければ罰を与えます」
選択肢ならぬ選択死。
自分を今まで育ててくれた最愛の母親か、それとも世間からも必要とされ、自分の生き甲斐にもなった赤の他人か。それとも二人を救うために自分が犠牲になるか。
「やっぱり……、普通じゃなかった……」
小鳥遊と音無は改めて《Lost:Game》の異常性を理解した。