第六話 薄れゆく意識
「……私……?」
ついに音無が指名されてしまった。音無は涙も流さず、ただスクリーンのみを見て震えている。立っているのがやっとのようだった。
音無は小鳥遊の手を握る。
「小鳥遊さん……私…、どうしたら……」
小鳥遊は音無を抱きしめ、答える。
「大丈夫だ。音無さんは指示通りに前に出てストップを言えばいいだけだよ。怖がらなくていい」
「……でも…、でも……!」
「……俺がついてる」
怖がるななんて正直無理な注文だっただろう。目の前で一人は腕を、もう一人は首を切断されたのだから。
だが音無の震えが止まった気がした。
「……行ってきます」
音無はスクリーンの前に出た。そしてスクリーンのルーレットとカウントダウンが開始される。残り6秒。
「……ストップ……!」
小鳥遊はルーレットを確認する。出た目に書いてあったのは爪だった。
「音無 奏さんの摘出部位は爪に決定しました。作業を開始します。」
すると音無は二体の鬼に奥の扉へと連れていかれた。小鳥遊は悶々としていた。果たして爪といっても片手なのか、それとも両手なのか。欠片なのか、爪丸々なのか。
スクリーンが先程芦屋がいた手術台に映り変わる。そこには手術台に両手を拘束された音無がいた。そして鬼の手には爪を剥がす専用の道具が握られている。
鬼はその道具を音無の親指の爪にセットした。音無の呼吸は明らかに荒くなっていた。そして音無が覚悟を決め、目をつむった瞬間、鬼は力一杯その道具のレバーの部分を殴りつける。
バキッという音と共に、テコの原理で剥がされた爪は勢い余って宙を舞った。
「……………!!!!!」
剥がれた部分からは血が滲み出ている。相当な激痛が走ったに違いない。だが音無は額に汗を滲ませ、歯を食いしばって耐えていた。
鬼は容赦無く次々と爪を剥がしていく。だが音無は叫ぶ事無く必死に耐えていた。まるで小鳥遊に心配をかけないように。
そしてついに両手の爪全てが剥がされた。指先は真っ赤に染まっている。すると音無は痛みと安堵からか、気を失った。
「音無さん……」
「次の参加者を指名します。春原 麟太郎さん。前に出てきて下さい」
心配も束の間。すぐにスクリーンはルーレットに切り替わり、参加者が指名された。
春原は少しガラの悪い印象を受ける。正直小鳥遊はこういう人間が苦手だった。すると春原は前に出ると大声で叫んだ。
「てめぇらこんなんにビビってんじゃねぇよ!俺が余裕でクリアしてやるぜ!」
ルーレットが回る。残り8秒。
「ストーーーーップ!」
春原が嘲笑しながらストップを唱える。だが出た目の文字を見た瞬間、春原の顔から不快な笑みは消えた。
「春原麟太郎さんの摘出部位は生殖器に決定しました。作業を開始します。」
「…ウソだろ……?」
春原は目を見開き、震えている。
「……っざけんな!オイ!こんなとこ切ったら死んじまうじゃねぇかよ!それに仮に生きれても二度とセックス出来ねぇなんてふざけてんだろ!」
必死に叫ぶ春原だったが、鬼に連れて行かれる。
「離せ!くそがぁぁぁぁぁ!離せ!」
スクリーンが切り替わる。春原は全裸で拘束されていた。すると鬼は枝切り鋏のような強固な鋏を春原の陰茎の根元に当てる。
「……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まるで小枝を切るかのように、春原の陰茎が切り取られた。切断面からは血が吹き出している。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
春原は全身を痙攣させた後、動かなくなった。白目を向き、口からは泡を吹いている。
小鳥遊は思わずスクリーンから目をそらした。他の男性参加者もそうだろう。正直一番痛そうだと小鳥遊は思った。
「次の参加者を指名します。瀬戸 一馬さん、前に出てきて下さい」
指名された瀬戸は前に出る。だが身体は小刻みに震えていた。あんな映像を見せられたんだ。仕方ないだろう。
ルーレットが回る。瀬戸は覚悟を決めたのか、回ってすぐにストップを言った。
「瀬戸 一馬さんの摘出部位は皮膚に決定しました。作業を開始します」
瀬戸が連れていかれ、スクリーンの映像が手術台に切り替わる。瀬戸はなんと五人もの鬼に囲まれていた。そして鬼の手には大小様々な鋭利な刃物が握られている。
すると鬼はまるで野菜や果物の皮を切るように瀬戸の皮膚を削いでいく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瀬戸が悲鳴を上げる。だが鬼は作業をやめない。血を撒き散らしながら削がれていく皮膚の下には真っ赤な肉が顔を出していた。
スクリーンはルーレットに戻り、そしてまた次々と参加者を指名していく。
音無はまだ戻ってこない。小鳥遊はいつ自分の番が来るか、気が気でなかった。スクリーンはまたルーレットに切り替わり、そしてスピーカーからは次の参加者を知らせる放送が入る。
「次の参加者を指名します。小鳥遊 亮さん、前に出てきて下さい。」
「ーーー!!」
ついにこの時が来てしまった。小鳥遊は覚悟を決め、前に出る。足が震える。心臓がバクバク言っている。口から何か出そうだ。
ルーレットが勢いよく回り、カウントダウンが始まる。残り8秒。
ーー悩んでも仕方ない!残り6秒。
「ストップだ!」
小鳥遊が叫ぶとルーレットが次第に止まり、そして目が出揃った。……右眼。
「小鳥遊 亮さんの摘出部位は右眼に決定しました。作業を開始します。」
すると小鳥遊は鬼に腕を掴まれ、すごい力で引っ張られる。あまりの力に抗う事が出来ない。小鳥遊は抵抗する間も無く、奥の扉へと連れていかれた……。
「……う……ん」
気がつくと小鳥遊は手術台の上に大の字で拘束されていた。周りを見ると壁や床が血まみれだった。音無さんやみんなもここで摘出作業を行われたのだろう。
「……ぐ…、くそっ……!」
小鳥遊は必死にもがくが、拘束具が解ける気配は無かった。横を見ると鬼が段々近づいてくる。
手には何かの道具が握られている。恐らくアレが眼球を摘出するための道具なのだろう。
汗が吹き出て、呼吸も荒くなる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
鬼は小鳥遊のまぶたを無理やり器具で開け、固定した。そして専用の道具で小鳥遊の右眼を挟み込む。
「……ゔぁ……!」
鬼はそれを思いっきり引っ張った。血を撒き散らしながら小鳥遊の右眼はブチブチと音を立てて引きちぎられる。
「……っぐぁぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
右眼に激痛が走る。いや、正確には右眼があった場所に激痛が走る。
あまりの激痛に小鳥遊は気を失った。だが奇妙な事に薄れゆく意識の中、小鳥遊はこの痛みを懐かしいと感じた。