第四話 尊い犠牲
「30分経過しました。エリアAを封鎖します。」
無機質な声が時間を知らせる。
現在エリアE、B、Aが封鎖された。これで一階は完全に行く事が出来なくなった。
小鳥遊と音無は三階のエリアFの飲食店の中に身を潜めていた。つい先程前から鬼が来ている事に気付き、慌ててここに身を潜めた訳である。
鬼は小鳥遊達が隠れている飲食店の前を通り過ぎていった。
「……行ったみたいですね」
「あぁ……今のうちに東條さんに連絡をしよう」
小鳥遊は東條の携帯に電話をかける。
数回コールが鳴り、東條が電話に出た。
「もしもし、小鳥遊⁉無事か⁉」
「はい、こっちは大丈夫です。東條さんは大丈夫ですか?」
「ああ、今のところはな。そうだ、何か鬼について分かった事はあるか?」
「ええ……俺も今その事について話そうと思ってたんです。どうやら音無さんが鬼について気づいた事があるみたいです」
「何?本当か?そうだな…、一度集まって話そう。お前ら今どこにいる?」
「今はエリアFの飲食店の中にいます」
「分かった。今からそっちに向かうから二人はそこで待っててくれ」
「分かりました。気を付けて下さい東條さん」
「ああ……、そっちもな……」
そう言って二人は電話を切った。
東條はエリアFへ向かって走っていた。急がないと二人の命も危ない。
東條は現在エリアCにいた。エリアFへ行くための階段はエリアEが封鎖された今、エリアDにしか無かった。
通路はどこもかしこも死体だらけだった。薄暗くとも白と分かった通路は死体の血で真っ赤に染まっている。
(…酷すぎる…!)
そう思いながら走っていた時だった。前から悲鳴が聞こえて来た。若い女性が鬼に襲われている。
いや、襲われていたのでは無い。殺されていたのだ。上半身と下半身に引き千切られ、頭は踏み潰され原型をとどめていなかった。
とっさに身を隠そうとした東條だが、不覚にも血で足元が滑り、店のショーウインドーに体をぶつけてしまった。ガラスが砕け、大きな音が響く。
それに気付いた鬼が東條の方へ走って来た。
そして逃げる間もなく、東條は鬼に足首を握られる。バキバキと音を鳴らし骨が砕けた。
東條は苦悶の表情を浮かべる。
「……‼ナメるなよ殺人鬼がぁぁぁ!」
東條は拳銃を取り出し、そして鬼の四肢の関節を撃ち抜いた。力が弱まった瞬間、東條は全力でエリアDへと走った。
東條から電話がかかってきた。小鳥遊は急いで電話に出る。
「東條さん⁉どうかしたんですか⁉」
「悪い……、鬼に足をやられて動けない。今はエリアDの服屋に隠れているんだ。すまないが今からこっちに来てくれないか?」
「…分かりました。今から向かいます。東條さんはそこでジッとしといて下さい。」
小鳥遊は電話を切り、音無に状況を伝えた。
「分かりました。急いで東條さんのところに行きましょう!」
小鳥遊と音無は隠れ家を出て、鬼を警戒しながら慎重にエリアDに繋がる階段へ向かう。
曲がり角を曲がれば、直ぐに階段がある。そう思い、角から顔を覗かせた時だった。
目の前に鬼が立っていた。
あまりにも突然過ぎて二人は動く事が出来なかった。逃げるどころかまばたきすら出来ない。声を出すどころか息すら出来なかった。
終わった……そう覚悟した時だった。
鬼が二人を素通りしてどこかへ行ってしまったのだ。まるで二人に気付かなかったかのように。
(……どういう……事だ…?)
我に帰った小鳥遊は音無を連れて東條の元へと急いだ。
「小鳥遊、こっちだ!」
エリアDに着いた小鳥遊達は負傷した東條に呼び止められ、服屋の中に隠れた。
「……!東條さんその怪我……!」
「気にするな、骨が折れただけだ。それより鬼に関して気づいた事ってのは一体何なんだ?」
東條に言われ、音無は答える。
「鬼は何で目の前で隠れた私達を見逃したのかという事です。だっていくら周りに人が居たからって、私達を殺さずに見逃すなんて妙だとは思いませんか?」
「……確かに全員を殺した後にでも、いくらでもチャンスはあったはずなのに…」
「しかもさっき私達は鬼と正面から遭遇しました。でも鬼は私達に気付いてないかのように、そこから移動したんです」
東條は目を丸くした。
「何だと⁉目の前の人間を見逃すなんて一体どういう……」
小鳥遊が話に割って入る。
「最初はただの疑念でしたがこの行動で疑念が確信に変わりました。」
小鳥遊は続ける。
「恐らく鬼は音で俺達を認識しているんです。」
「音…だと?どういう事だ?」
「鬼はきっと視覚が無く、その代わりに聴覚に特化しているんです。だから隠れた私達では無く、叫び、走り回る参加者を狙ったんです。目の前の私達に気付かなかったのも、私達が音を出していなかったから鬼は気付かずに移動したんです」
通常の鬼ごっこの場合、鬼に見つかったら人は大きな音を立てて走るだろう。至近距離に居たら尚更だ。
だがこの鬼ごっこはその心理の裏をかいてあるのだ。この鬼ごっこの攻略法は逃げるのでは無く、逃げない事。例え鬼が目の前に居ても逃げるのでは無く、静かにその場にとどまる事である。
でも人の心理からしては鬼を目の前に逃げないなんて事はまず出来ないだろう。だから鬼は視覚が無いのを悟られないために仮面を付け、わざと見つかるように、わざと見つけやすい格好をしていた。
「……そういう事だったのか…。だからアイツらは俺達より叫んでいた参加者を狙ったって事か」
「そしてもう一つ」
小鳥遊は辺りを見回す。
「……次はエリアFが封鎖されます」
するとスピーカーから放送が入る。
「40分が経過しました。エリアFを封鎖します」
東條と音無は驚愕した。
「何で封鎖されるエリアが分かったんだ⁉」
「どういう事ですか小鳥遊さん⁉」
「……エリアの封鎖はランダムじゃない。恐らく鬼がその時一番少ないエリアが封鎖されるんだ。今見た限りじゃこの階には三体は居た。だから過半数以下の人数であろうエリアFの封鎖を予想出来たんだ」
東條と音無は小鳥遊の圧倒的な推理力に驚いた。たった40分でこのゲームの仕組みを理解したとは信じられなかった。
だからこそ、東條は決意した。
「今から俺はここを少し離れる。その間にお前らはこのエリアの参加者を静かに隠れるように指示・誘導してくれ」
何しに行くんですか?とは聞けなかった。それほど東條から覚悟が感じられたからだ。
それから小鳥遊と音無はこのエリアの参加者に隠れるように誘導した。たとえ鬼と遭遇しても慌てず、静かに移動するようにと。
(よし……ほとんどが隠れられたな)
幸い鬼も気付いていない。だが東條がまだ戻って来て無いのだ。
(くそっ、東條さん早く戻って来てくれ…)
「小鳥遊さん、私達も早く隠れないと……」
そう音無が言おうとした時だった。
「ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼もぉ嫌だ!早く殺してくれぇぇぇッ‼」
突然隠れていた参加者の一人が発狂したのだ。周りの死体と極限の集中状態で精神が壊れてしまったのか。
「しまった!」
その声を聞きつけた鬼、総勢三体がこちらに向かって走って来た。逃げ場が無い。このままでは全員が死ぬ。
刹那ーー銃声や爆竹、さらには花火の音がエリアCから鳴り響いた。鬼達は踵を返し、エリアCへ向かって走り出した。
音無がこの音の意味に気付いた。
「ーーまさか……、東條さんが……⁉」
小鳥遊は慌てて時計を見る。50分まであともう10秒を切っていた。
東條はなんと自分を犠牲にし、小鳥遊達を助けようとしていたのだ。
小鳥遊はエリアCへ走る。
「東條さぁぁぁぁぁんッ!」
「50分経過しました。エリアDを封鎖します。」
無情にも小鳥遊の声を遮るように目の前のシャッターが降りた。