第十六話 失った記憶
高校三年の秋の日。
その日は無性にイライラしていた。
俺、小鳥遊 亮は自室のベッドに倒れこむ。
高校三年の秋だと言うのに就職か進学かもハッキリしていない事を毎日両親にグチグチ説教される。
つい最近まで比較的仲の良かった妹もこんなだらしない兄を軽蔑しているのか、話しかけてこなくなった。
自己中心的で少し相手を見下すクセがある自分には昔から友人は出来なかった。だが別にこの性格を直そうとは思わない。なんせ性格だから仕方が無いと割り切っているからだ。
今日は両親も妹も居ない。
暇になった俺はパソコンを立ち上げて、アダルトサイトを巡った。
小一時間ほど見た後、俺は何を思ったのか妹の部屋に侵入した。さすがに妹とはいえ、年頃の女子の部屋だったし、少し興奮を覚えた。
そして俺が妹のタンスを物色しようと思った時だった。
「……何やってるのお兄ちゃん……!?」
後ろを振り向くとそこには妹が立っていた。
その目は軽蔑、侮蔑以外の何物でも無い。
俺は慌てて弁解をする。
「ちっ、違うんだ結衣!これは……!」
「もういい、言い訳なんて聞きたくない。この事お母さんとお父さんに言うから」
その軽蔑の目と、親にバラすという言葉を聞いた時、俺は怒ったのか悲しんだのか憎んだのか分からない。とりあえず理性を失った。
そして気が付くと泣きじゃくる妹を床に押し付け、無理矢理犯している自分が居た。携帯には辱めを受ける妹の写真もあった。
「この写真ばら撒かれたくなかったら、この事誰にもバラすんじゃないぞ」
今思うとこの日から俺の日常は崩壊した。
その日から俺は頻繁に妹を犯した。両親は共働きで家にはあまり居なかったから華奢な妹を無理矢理犯す事なんて簡単だった。
そして妹を最初に犯した日から二週間が立ったある日。俺は突然父親に殴られた。
激昂する父親、罵詈雑言を浴びせる母親。そして泣きじゃくる妹。どうやら妹が今までの事を両親にバラしたようだった。
もうどうにでもよくなった。今、この瞬間俺の居場所はどこにも無くなったからだ。
その夜。みんなが寝静まった夜中に俺は妹の部屋に侵入し、寝ている妹の首を思いっきり締めてやった。すると最初はもがいていた妹も最後は動かなくなった。
この時俺は初めて人を殺したのだ。
そして俺はそのまま家を出た。
外は寒かったが静かで心地よかった。
俺はその日から高校にも行かず、ひたすら犯罪行為に手を染めた。
暴行、恐喝、詐欺、強姦、強盗、殺人。
犯罪をしては逃げるようにその街を後にした。
人を殴った時の感覚は快感だった。
弱そうな人間を脅し金を奪った時は快感だった。
バカな老人を騙した時は快感だった。
暗がりで上玉な女を無理矢理犯した時の感覚は快感だった。
銀行から大金を奪った時は快感だった。
人を殺す時の叫び声を聞くのは快感だった。
電車でサラリーマンのおっさんが忘れていった新聞を見てみると、そこには俺の両親が自殺した記事が小さく乗っていた。
家を燃やして二人で心中したらしい。
その時俺は怒りも悲しみも憎しみも喜びも何も感じなかった。無関心。ただひたすらどうでもいいと思った。
俺のせいで死なせてしまってゴメン?
何で死んでしまったの?
死んでくれてありがとう?
今までこんな俺を育ててくれてありがとう?
そんな事少しも思わない。
自分に無関係な産業廃棄物が二人いなくなった所で俺には何の影響もない。
最早犯罪中毒と化していた俺はその日、無性に何か犯罪行為をしたくなった。
フラフラと道を歩いているとそこそこ良い一戸建ての家が見えた。名札を見ると「音無」と書いてある。そう言えばさっきオバさんがここの家は両親が他界してて兄妹で住んでるだの可哀想だの言ってたな。
平日の昼間だし、誰も居ないだろうと思った俺はその家に空き巣することに決めた。
周りに誰も居ない事を確認すると、俺は窓を物色する。鍵が掛かって無い。なんて不用心な家だ。
そして窓を開けて中に侵入する。
チョロすぎてあくびが出る。
そう思ったときだった。
小学五〜六年と見られる少女がいた。
恐らく風邪か振替休日かで学校を休んでいたのだろう。迂闊だった。
俺は少女が悲鳴を上げるより早く、少女の口を塞ぎ、そこにあったガムテープで体を縛り猿轡もした。
一通り家を見て回り、現金数万円をポケットに突っ込んだ。少女を見ると、少女は泣きながら健気にもがいていた。
その時、俺は妹を犯していた時の事を思い出した。俺はロリコンではないが、この少女はなかなか良いと思った。
そしてこの少女に手を掛けようとした時だった。
バンッとドアが開く。
「奏っ!!」
そう叫んだ男はこの少女の兄だろう。どんな理由かは知らんが運悪く帰って来やがった。
兄は俺を突き飛ばすと上に乗っかってきた。
このままではマズイと思い、俺も必死に抵抗した。捕まるのもマズイが、このまま長引けば騒ぎを聞きつけて誰かが来るかもしれない。
その時、俺は持参したサバイバルナイフでそいつの胸を突き刺した。相手の動きが止まる。死んだかどうかも確認せずに、俺はナイフを抜いてその場から逃げた。
それからも俺は犯罪行為を続けた。
大金を手に入れては、その度に整形もした。
だがさすがにもう限界を感じた。これ以上は逃げられないと悟りもした。
そして五年たったある日、俺は優勝すれば願いが叶うという噂を聞きつけて《Lost:Game》に参加した。副賞には大金も貰えるみたいだし、そろそろ金が尽きてきた俺には一石二鳥だった。
正直もう疲れていた。
この俺が日常に戻りたいとさえ思っていたのだ。
ゲームを進め、俺は優勝した。
その時に俺は願いで「最初に犯罪行為をした日から今までの記憶を忘れたい」と願ったんだ。
「ーーそうだ。全部思い出した」
そうだった。俺は《Lost:Game》で失格した代償に記憶を失った訳では無く、優勝した願いで記憶を失ったんだ。
通帳の大金も宝くじを当てたんじゃない。
《Lost:Game》と副賞の大金だったんだ。
そして……俺の家族を死なせたのも、音無さんのお兄さんを殺したのも。
「全部……、俺だったんだ……!」
「皆様、6thゲームお疲れ様でした。現在の生き残った参加者の数は二人となっております」
ロストの声も最早耳に届かない。
小鳥遊は質問部屋から広間に出た。
すると誰かがこちらを向いて立っている。
「音無……さん………」
この様子を見ると音無はもうこの事に気付いているのは明白だった。
小鳥遊に向けられた憎しみ、そして小刻みに震える手には拳銃が握られていた。
「それではこれより最後のゲーム。Lastゲーム・《Lost:Game》を開始します」