第十四話 二人
「はぁ……はぁ……っ」
身体の震えが止まらない。
今にも恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
5thゲームが開始されて15分。
宮野晴臣は一階のキッチンに身を潜めていた。
正直ひ弱で病弱な彼がここまで生き残れたのは運と先程組んだペアのおかげだ。
だが運のおかげと言うものの、現にここまで生き残れているのだからその運は本物と言える。
中学2年生の彼がこの《Lost:Game》に参加した理由は単純明快。イジメだった。
クラスの同級生に無理矢理参加させられ、逃げたら殺すとまで言われたのだ。
最初は死にたく無いの一心で頑張っていた宮野だったが、優勝が射程圏の今、彼の目的は変わっていた。
復讐。彼は優勝してその願いで今まで自分をイジメてきた同級生に復讐しようと考えていたのである。
(絶対に…!あいつらに僕が味わった苦しみを味合わせてやる……!!)
そう心の中で決意し、鬼が居ないか確認するために少し顔をのぞかせた時だった。
鬼の少女と目が合った。それも至近距離で。
「…………え」
一瞬思考が停止する。だが少女の握る包丁を見た瞬間、今の危機的状況を理解する事が出来た。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
宮野は少女を突き飛ばしてその場から全速力で走り出した。
「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」
少女はすぐに体制を立て直し、奇声を発しながら宮野を追いかける。
宮野はトイレに閉じこもり、カギをかけた。
だがカギをかけてすぐにドアがすごい力でノックされる。とても少女の力とは思えなかった。
ーーやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!
宮野は心の中で必死に叫んだ。
すると彼の叫びが通じたのか、さっきまでの激しいノックが止んだ。
「……ははっ……」
思わず少し笑ってしまった。
あまりにもあっけなく自分の勝利が決定してしまったからだ。
緊張から解き放たれたせいか、急に尿意をもよおした。丁度いいと思い、用を足そうと振り返った時だった。
鬼がいた。さっきまで外にいたはずの鬼が。
最早どうやって入ったかなどを考える余裕は無かった。
「宮野晴臣さん、見ーつけた。」
宮野晴臣の意識はここで途絶えた。
音無は開始からずっと二階のベッドの下に隠れていた。
彼女は今二つの事を考えていた。
まず一つ目はこのゲームを生き残る方法。
二つ目は小鳥遊の事だった。
音無はずっと悔やんでいた。自分のせいで小鳥遊を危険な目に合わせていた事を気に掛けていたのである。
だがここでもし死んでしまえば、謝る事や礼を言う事すら出来ない。
だから音無は生き残るため、死なないためでは無く、小鳥遊に謝るため、礼を言うためにある覚悟を決めた。
(小鳥遊さん……、私に力を貸して下さい)
音無は階段を駆け下りた。
階段を降りてすぐのリビングに入ると鬼の少女はそこにいた。
すると音無は少女に拳銃を向けた。
音無は鬼の少女を殺そうとしていたのだ。
正直殺せる自信は無い。
だがルールに「鬼を殺す又は危害を加えたら失格」というのは無かった。
なら殺しても問題は無いと考えた。
相手が攻撃に転じるよりも早く、音無は拳銃の引き金を引いた。
だが銃の扱いに慣れていないのと、相手の姿が少女という精神的感情的理由から、弾丸は少女の頬をかすめただけだった。
瞬間、少女が包丁を振りかざし、こちらに向かって走り出した。
「…………っ!!」
すかさず音無は引き金を引く。
二発……。三発……。四発……!
だがどれも致命傷まではいかない。
……五発……!!
すると五発目に放った弾丸が少女の右手を貫いた。握られていた包丁は後方へと吹き飛んだ。
少女が一瞬ひるんだ隙に音無は包丁へと駆け出し、そして包丁の柄を掴んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬間、少女が奇声を発しながら音無の上に馬乗りになる。さらにその血まみれの手で包丁を奪い取ろうとしてきたのだ。
「死んで……たまるかぁぁぁぁぁぁ!!」
音無は渾身の力で少女の手を振りほどく。
そして突き付けられた刃は少女の心臓を貫き、辺りを赤く染め上げた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
必死だった。音無は少女から包丁を引き抜くとそのまま少女の両目をえぐり、そして両耳を切り落とした。
少女はう〜う〜とうめき声を上げるものの、動きはしなかった。
音無の身体は返り血で真っ赤に染まっている。
「もう……イヤ…………」
音無は大粒の涙を流すと、その場をあとにした。
まただ。
このモヤモヤした感覚。
また何かを思い出しそうになる。
この暗く、狭い空間。
そして死の恐怖。
確証は無い。
でも確かに覚えている。
否、思い出している。
俺は前も……こんな事に会った気がする。
《Lost:Game》中では無い。
もっと……もっと前に。
「……ここは……?」
気が付くとそこは先程まで居たクローゼットの中では無かった。
身体を起こし辺りを見回してみると、そこは広場だった。なんだか少し懐かしくも感じる。
「終わった…のか?」
今の状況が分からない。
すると物陰から誰かが出てきた。
その姿を見た時、小鳥遊は何かが込み上げてくるのを感じた。
「音無さん……!!」
「小鳥遊さん!」
向こうもこちらに気付いた。二人は駆け出しお互いの安否を確認した。
音無の身体は血まみれだったが、目立った外傷は無い。どうやら返り血のようだ。
「よかった……音無さんが無事で本当によかった……!」
「小鳥遊さんこそ、無事でよかったです」
無事を確認した小鳥遊は音無に問いかける。
「今、どうなってる?他の生き残れた参加者は居ないのか?」
「分かりません…。私も気付いたらここに戻って来てて……」
「……そうか」
すると突然スピーカーから聞き慣れた無機質な声が響き渡る。
小鳥遊と音無はそちらに目を向ける。
その知らせに二人は驚愕した。
「皆様、5thゲームお疲れ様でした。現在の生き残った参加者の人数は二人となっております」