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よく晴れた日だった。
黒の喪服の集団が棺を前にして涙を流し、或いは慟哭している。
棺の中には化粧と紅と永久保存処置をほどこされたマリーが横たわっていた。
その死に顔は穏やかで、今なお満足そうに……けれどどこか寂しそうに眠っているようだった。
棺が向かう先は郊外の高台に建てられた3階層の小さな白い霊廟。聖歌と共にそこへ向かい、その中で粛々と祈りの言葉をかけられ、家族らの前で棺を納められる。
ふと、霊廟から出てきたばかりのマリーの父は近くの木陰から一体の子狐が葬儀の様子を窺っているのを見つけた。同時に顔を厳しく顰める。娘の命を削り続けた忌々しい銀狐だったからだ。
舌打ちしてそのまま通り過ぎる。
銀狐の神獣アルはそれらを黙って見つめていた。
マリーの前から姿を消してからも今まで屋敷の近くにはいたのだ。だが姿を見せる気にはならずにずっと遠くから様子を窺うだけだった。
そしてそれは今も続いている。
アルは自分でもよく分からない虚脱感を胸に抱えていると、ふと知った匂いが鼻をくすぐった。
”この匂い……マリー?”
ぼんやりと顔を上げると、その視線の先から一人の青年が真っ直ぐ歩いて来ていた。
目を真っ赤に腫らした彼はその腕に生まれて間もない赤子を抱えて。
恐るべき暴虐の神獣と見なされているアルへと迷いのない足取りで近づき、膝をつきながら友好的に小さく微笑んで言った。
「初めまして。マリーの夫のニコラと申します。神獣アル様ですね」
”……うん”
「アル様の事は妻のマリーからよく聞いてました」
”そう。ねえ、マリーは……苦くなかった?”
「マリーは眠るように息を引き取っていました。また、最後まであなた様の事を気にしていました。そして言付けを頼まれています」
”……なんて”
「『ありがとうございました』と」
その言葉にアルの体が震える。
「『あれから会えなかったのはすごく寂しかったです』そして『もしアル様がほんの少しでも人間を許して下さるのでしたら、あたしの代わりに娘と友達になってあげてくれませんか。そして好きになってくれれば嬉しいです』と」
”……娘?”
「はい。つい先日生まれたばかりでまだ寝ている時の方が多いのですが……この子です」
ニコラが腕の中の布の丸まりをそっと慎重に差し出す。
その中には小さな髪もろくに生えていない赤子がいた。
「白と言います」
近くに父とは別の何かがいる事を感じとったのか、赤子がゆっくりとその小さな手を空にさ迷わせる。
そしてアルの鼻先にペチペチと触れた。
それはアルに遠い在りし日を思い出させた。
山で一緒に遊びまわった小さな弟と妹の姿。それが赤子と重なる。
懐かしくも、もう届かない日々。
気がつけばアルは鼻を鳴らしていた。
今にも泣き出しそうな顔をして、尻尾を力なく垂らし。
「アル様……?」
怪訝そうにアルの顔を窺おうとして、だがアルは突然顔を上げた。
アルの口が垂直に天へと向けられ、か細い遠吠えが澄み切った大空へと吸い込まれる。
それはどこか切なく、物悲しい声だった。
霊廟の中まで届く、慟哭。後悔と哀悼と懺悔が入り混じった感情の吐露。
もう二度と言葉を交わす事のできない彼女へと向けてアルは喉を震わせる。
”マリー……マリー。ごめん”
本当は会いたかった。
けれど最後まで意地を張って行かなかった。
人間は嫌いだった。
だけどマリーは好きだった。
好きだったのだ。
”マリー”
銀狐は涙を流さない。
だから吠える。涙の代わりに。
何度も、何度も尾を引くように遠吠えが木霊して、静かに消えた。
☆☆☆☆☆☆
それからというもの、アルはビアンカの成長をニコラと一緒になって屋敷で見守り続けた。
「コンコン、あそぼうー」
「コンコン、お背中乗せてー」
「コンコン、これ食べる?」
「コンコン、お空つれてってー」
「コンコン、ねー」
「コンコン――」
銀色の子狐はビアンカと兄妹のように育ち、慈しんだ。
一緒に野をかけ、物語を語り聞かせ、その毛皮を枕代わりに寝かしつけて。
ビアンカもアルを慕い、神獣という存在に何の疑問も持たずに当然のように一緒に日々を過ごしていく。
そしてアイルーツの地が戦火に巻き込まれようとすれば率先して戦場に出向き、神獣の力を以って蹴散らす。
時がたつにつれ民はアルへの恐怖も薄らぎ、その美しさと強さから崇拝の念へと代わっていった。
いつしかアルはこう呼ばれるようになっていた。
アイルーツの守り神、と。
これで一区切り。
けどまだ続きます。
マリーを初代として、○代目の話を4回してプロローグが終わり。




