1-1 アイルーツの獣
【あらすじ】
ある霊獣の子供が人間に捕らえられ、そして助力を願ったとある少女に開放される。そこから始まる霊獣と少女の血族との物語。
コンセプトは「モフモフ」「最強」「世代を超えての家系の守護者」。
【キーワード】
狐、なんちゃって中世、最強クラス、ほのぼの時々シリアス
その子狐は霊峰ジョルアスに巣穴をもつ銀狐族の母の下に生まれた霊獣だ。
銀狐の寿命は500年とも1000年とも言われている。齢100を超えるまだ若い母狐の長男として彼は生まれ、その下に六匹の弟と妹がいる。
ついこの間乳離れをして、今は母狐に狩りのやり方を教わっているところだった。
彼は一番大きな獲物を捕れるし、一番たくさんの数の獲物を持って帰ることができる。彼が得意気に帰ると弟や妹たちが大喜びで飛びついてくる。鼻を擦り付けあい、お互い舐めて毛づくろいをし、地面に転がりながらじゃれ合うのは彼も楽しかった。
獲物に寄生虫やその卵があればすぐ見分けがつき、もし体内に取り込んでも寄生虫自身が霊獣の力に耐えられないためすぐ死滅する。
彼は霊獣として一番魔力が強い。火や雷も使えるが、何よりもカマイタチで獲物を連続して切り裂くのが一番の得意技だった。そして魔力で脚力を向上させ、風を切って速く走るのはとっても気持ちいい。
銀狐族は霊獣の中でも強力な魔力を有し、霊格も高位に入る。
彼は幼いながらも山では負け無しだ。どんな相手でも彼に敵わない。時折霊峰に入ってくる人間らも同様だ。鉄の嫌な臭いを嗅ぎ付けてちょっかいをかけに行けば、大声を上げて一目散に逃げて行く。彼はそれを面白がっていた。
人間を噛み殺すのはほどほどにしておくように、と母狐に厳しく注意されていた彼だが、あまり真剣に守ろうとはしていなかった。
人間が仕掛けた罠も見破りエサだけ掠め取り、全身鉄と血の臭いをさせた屈強な戦士も彼の力の前には歯が立たない。
彼は怖いものなんてなかった。
気ままに高原を駆け、母と狩りをし、弟妹と遊び、巣穴で皆と寄り添い一緒に丸まって眠る。
毎日が楽しかった。
そうして成長し、巣立ちを前にしたある日。
それはやって来た。
「なるほど……確かにこの毛皮は見事だ。霊獣としての力も強い。市場に出回る数も少なく、オークションにかければ値段は天井知らずというのも納得だな。ファッションとして王侯貴族が、命を繋ぐ防具として名だたる英雄が血眼になって探すのも無理はない」
頭から血を流し、荒い息をつきながら一人の人間の男性が血に濡れた槍の穂先を地面に突きながらそう感嘆する。
男が手に掴み、持ち上げているのは母狐。力なく重力に引かれるままに四足をブラリとさせ、その目には既に命の輝きはない。
子狐らが憧れていた母狐自慢の毛皮は血にまみれ、胸には刺突の痕があった。
「他は逃がしてしまったが、こいつだけでも生け捕りにできたのは幸いだったか」
そう言いながら近くに転がっている子狐へと手を伸ばす。
捕獲用の魔力封じの口輪をかけられ、子狐は口を開けない。牙を出す事も、吼える事もできなかった。
四肢の両足は縄で縛られ、打撲で傷められた体は動かない。山で無敵を誇ったため、激痛に耐性のなかった子狐は強烈な一撃を受けただけで戦えなくなってしまっていた。
目の前の人間は今までやって来たどの人間より遥かに強力だった。
それも当然。周辺諸国はおろか、大陸西方でも一位、二位を争う最強クラスの傭兵。数多の魔獣、霊獣をその手で屠った偉大な戦士。それが男だ。
傾国の美女に求婚している上級貴族の嫡男が彼の依頼主だった。なんでも世界でも稀な至高の一品で彼女の気をひこうとしたらしい。
そして大金をはたいて雇い、山にやって来たのがこの男。
元々生まれた子狐らの及ぼす人里への被害が、そろそろ目を瞑れなくなってきていたところなのだ。この男性は近隣の人間にとって渡りに船だった。
男は数日かけて慎重に山を探り、更に日数をかけて獲物の霊獣の行動パターン、行動範囲を調べ上げた。
母狐が狩りの獲物を仕留め、子狐らが集まった瞬間を狙って男が強襲。
母狐は即座に気付いてこれを迎撃。子狐らには逃げるよう言い含めた上で。
子狐らは驚いていたが、すぐに逃げ出した。
だが、長男の彼だけは違った。突然の事態に、いつも人間にしているように反撃をした。そしてそれが致命的な失敗だった。
結果、こうして長男は捕らえられ、母狐は死んだ。
そして子狐は男の依頼主の前に引き倒され、その美しさを絶賛された。
「おお……素晴らしい。この色艶、手触り、そして風格。彼女の魅力をひき立てるのにこれ以上ないものだ。贈り物はこっちの成獣で作るとして、さてこの子狐はどうしたものか。ああ、無論高い値で買い取らせてもらおう。ご苦労だった。噂に違わぬ働きに満足だよ」
「毎度あり」
依頼主は剥製にして愛でようかとも考えたが、最近流行りのマジックアイテムを使う事にした。
子狐は気を失っている間に戒めを解かれ、そこに依頼主の手が伸びる。その手の平の上には透明のガラス球みたいな物があった。メロンほどの大きさのそれは、依頼主の意思を反映して子狐を中に吸い込んだ。抵抗する力がなかったためいとも容易く事は済んだ。
魔法文明の最盛期にあるこの時代、こうしたマジックアイテムは珍しくない。
外から見れば窮屈な篭の中に見えるが、中の子狐にとっては上下左右も何もない広大な白い虚無の空間に閉じ込められたようなものだった。
こうして子狐はそれから長い間ずっと、肉体を強制冷凍冬眠された状態でガラス球の中に閉じ込められる事になる。
その間ガラス球は依頼主の屋敷の自慢の見世物として丁重に飾られていた。




