侵入者
その場に居た三人は固まった。
この学校は厳重な警備システムが引かれている。そこに誰にも見つからずに侵入出来る訳がない。況してや一人で入ってくる馬鹿はいない。
「蒼空。私もう限界だよ」
固まっている間に百合が限界を迎えた。
「もう少し待ってくれ。今助けに行くから」
蒼空は助走をつけて穴を越えようとした。だが、腕を掴まれた。
「待ちなさい。あなたが行けば巻き沿いを喰らうわ」
「でも、百合が限界なんだ」
「私が行くわ。私はあなた達も知っての通り【光を操る力】なの。光の力を使えば助けれる」
黒田の周りには眩しく輝く光が体を包んでいく。
「私があの子を助けたら、あなた達に投げる。そしたら、後ろに逃げなさい」
光が全身を包んだ黒田は地面を蹴り、光に近いスピードで到達する。百合の体を抱えて、蒼空たち目掛けて投げる。
「後ろに下がって」
蒼空は百合を受け取り走り出す。黒田も光のスピードで動き出す。
酸の津波は百合の能力が解けた事により、ダムの関が降りた川のようにまた迫り動き出す。
「ここままじゃ追いつかれるぞ」
「くそっ」
迫り来る津波は蒼空達の真後ろまで来ていた。距離にして2メートル。
「急げ!早く来るんだ。」
酸は楓太が空けた穴に流れる。だが、全てが流れて無くなる訳でない。入りきらなかった酸は周りを溶かしながら蒼空達に迫る。
「楓太、百合を頼む」
蒼空は楓太に抱えていた百合を渡す。
「何をする気だ」
「俺があれを止める」
「でもどうやって」
「能力を使う。それしか、方法がない」
「・・・・・」
楓太は黙り込んでしまう。
「気にするな。守るために使うんだ」
そう言って蒼空は立ち止まり津波のほうを見る。
「何をしている。死ぬ気か?」
後ろから黒田の声がする。でも、気にすることは無い
「能力使うの何年ぶりだ。まぁ、久しぶりだから上手く制御してくれよ」
周りに聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟くと前に片手を突き出す。
「想像しろ。津波を止める壁を」
そうしている間にも津波は蒼空に迫っていた。後ろからは生徒会長黒田の声と能力による光が見えていた。
「想像した物を現実に。創造」
言葉を発すると共に、差し出した手の前に廊下いっぱいに広がる、鉄の壁が形成された。
津波は壁に当たると止まりながらも壁を溶かそうとする。
「久しぶりだけど、上手く出来たな」
振り返り楓太達の下に歩み寄る。
「お前、能力使うの遅いんだよ」
「仕方無いだろ。でも、助かったからいいじゃねーか」
「それもそうだな。あの壁どのくらい持つ?」
指を指して尋ねる。
「そうだな・・・・・一日は持つだろう」
一日は持つという事は壁の厚さが大分あるということだろう。
「どうする?あの壁壊して、向こうに居る奴でも倒すか?・・・・・それとも逃げるか」
「あとで面倒になるのは嫌だから倒すか」
「そうだな」
壁の近くに行くと手を差し出す。
「消えろ」
廊下中に広がっていた鉄の壁が塵のように消えていく。
廊下は所々窪みができ、酸で溶かされた物の異臭と霧が漂っていた。
「臭いな」
「ものすごくな。風で外に出してくれよ」
「はいよ」
楓太の手からは風が起こる。異臭と霧は風に乗り外に逃げていく。
霧の晴れた場所には、酸を操る眼鏡を掛けた青年が立っていた。笑みを浮かべ。
「君達よく生き残れたね。褒めてあげるよ」
自分が上の地位に居るように話してくる。
「黙れ。よくもやってくれたな」
楓太は手から突風を起こす。だが簡単に避けられてしまう。すかさず、蹴りを入れる。だが、お腹に当たる寸前で蹴りを止めた。
「いい判断だよ。止めてなかったら足がなくなっていたよ」
青年は自分の体に酸を纏っていた。
楓太がそのまま蹴りを入れていたら、楓太の足は無くなっていただろう。
「楓太避けろ」
声と共に風に乗り、青年から離れる。それと同時に銃声が鳴り響く。
「危ねー」
銃弾は楓太の目の前をすれすれで通過し、酸を纏った青年に突っ込む。青年は避ける気配を見せず、ただ突っ立っているだけだった。銃弾は、瞬く間に青年に到達する。
「だから、俺には銃弾は無意味だって言ってるの分からないかな?」
銃弾が酸の鎧に当たると先の方から蒸発して消えていく。
「やっぱり効かないか」
「どうする?」
酸の鎧を纏われると銃弾はおろか打撃を与えることも出来ない。ましてや、ここは室内であるゆえに無闇に風を起こせば、何が起こるかわからない。
「あなた達、下がっていて。ここは私が対処します」
俺たちを指して置いて前に出たのは、生徒会長黒田美咲。
「何だよいきなり出てきて?」
「そんな事はどうでもいい。侵入者は私、閃光操縦者の権限を使い排除します」
ここに来て、超越者としての権限を施行する。
超越者は国にいろんな面で協力するという条件である程度の権限を持っている。国には協力するとは、簡単に言えば戦争だったり、指名手配犯の逮捕への協力などがある。
「勝手にしやがれ」
楓太と蒼空は黒田よりも後ろに下がる。
「侵入者に警告します。ただちに、ここを立ち去るのならば、拘束はしません。抵抗するのであれば、そのときは命の保障は出来ません」
黒田は酸を纏う青年に、最初で最後の警告をした。
「誰にものを言っている」
青年は完全に否定する。相手が超越者と知ってなお、上からもの言う。そして、手を上から振り下ろす。手についていた酸が飛んでくる。黒田はそれを簡単に避ける。
「従う気はないと言う事ね。なら、手加減なし」
黒田の指先から光のビームが放たれる。そのスピードは、銃弾よりも遥か上を行く。ビームは瞬く間に青年にたどり着き、右肩を貫く。反応さえ出来ず、右肩を抑え声を出すことも地面に膝を着く。
「これで降参する気になった?」
黒田は問いかける。
「・・・くっ!・・・この程度で僕に勝ったつもりか?」
肩から血を流しながら立つ。
「降参する気ないと言うことか。状況が分からない馬鹿のようだな」
「馬鹿?誰に言ってるんだ。たかが、超越者だからっていい気になって調子に乗らないで欲しいな」
酸の塊を銃弾のように飛ばす。速くはない酸の塊だが、体の一部に当たれば、そこを限りなく溶かしていく。だから、安易に近づくことが出来ない。
黒田もまた指に光を集め、レーザービームのように飛ばす。
二人の差は圧倒的なものだった。飛んでくる酸を避けながらも、ビームを撃ち続ける。一方、酸を操る青年はいくつ物酸を次から次へと生産し、飛ばし続ける。だが、ビームを避けることは出来ず、横腹と足の付け根を貫いた。各所から血が飛び出し、周りには血の海が広がる。
「・・・・・すごい」
「これが超越者の力か・・・・」
蒼空、楓太は目の前で見た光景に唖然としていた。
言葉を失うほどに。
酸を操る青年に三人掛かりで挑んだ蒼空たち。三人という数でのハンディーキャップがあったにも関わらず、勝つことはおろか攻撃さえも出来ず、自分の身を守ることが精一杯だった。決して、楓太や百合が弱いわけではない。楓太は学校でもトップクラスの実力を持ち、百合も学校では目立たないが能力の使い方は誰にも引けをとらない。そして、能力を使うのに抵抗があった蒼空は、仲間のために使った。それでも、勝てなかった。
ただ、青年が強いだけだった。
その青年を軽々と負かし、勝ったのは目の前にいる少女だった。
名は黒田美咲。国際能力専門学校の生徒会長であり、日本にいる十二人の超越者の一人。
「何故だ?何故、僕がこんな事に」
「これで分かったでしょ?あなたじゃ、私には勝てない」
黒田は迷い無く言い切る。
「もう時期に警察が来る。大人しく罪を償いなさい」
「・・・・僕は・・・戻らないと・・・あの方の元に」
青年はわけの分からない事を言い出した。
「・・・こんな所に居てはいけない」
壁を伝いながら必死に立とうとする。足からを流れる血はまた噴出して、周りに拡散する。
「何をするつもり?それ以上、抵抗するならあなた死ぬわよ」
黒田の忠告を無視して立ち上がる。
「・・・僕が、君達見たいな下等生物に負けるわけがない。・・・こんな姿になるとは・・・・覚えていろ」
「待ちなさい」
青年を捕まえようとしたが、体中から酸の霧を噴射し視界を遮る。霧は一気に廊下中に広がる。三人は後ろに避ける。すかさず、楓太が風を起こし、霧を退かす。
「君達には、此処で僕と死んでもらう」
そう言う青年の体には大量の爆弾が巻きつけられていた。
蒼空や楓太はおろか黒田まで動けなくなった。
今此処で、大量の爆弾が爆発すれば、学校にいる生徒、先生、メディア関係者などを含む八百以上の人の命が犠牲になってしまう。それだけは、どんな手段を使っても避けなければいけない。例え、青年を殺しても。
「どうした?さっきまでの威勢は」
「落ち着きなさい。爆破したらあなたも死ぬわよ」
「それがどうした。あの方のために死ねるなら幸せだ」
青年の言葉に死ぬことへの迷いを感じさせなかった。
「あの方?」
青年が先ほどから口にしている『あの方』という言葉に蒼空は引っかかる。
「どうした?早く捕まえてみなよ。ほら」
片手に起爆スイッチを握り、挑発する。
「ひとつ聞いていいか?」
挑発してくる中、蒼空が尋ねる。
「別に構わないが、すぐに君達も死ぬんだから意味無いけどね」
「そうか・・・・・お前がさっきから口にしている『あの方』と言うのは誰のことだ?」
「あの方は、選ばれし者だよ。誰よりも美しく、みんなを導く女神のような人だ。君達みたいな下等生物が会える訳が無いだろ」
『あの方』と言う人物は女神と詠われて、人を操っている。
負けるということに恐れていた青年は『あの方』という言葉は発し、その事について聞くと活き活きと話し、『あの方』のためなら死ぬことさえも恐れなくなった。
「・・・・・そうか。ちなみにそいつは何処に居る?」
「お前は馬鹿か?知ってて言う奴が何処に居る?
そろそろ終わりにしようか?
僕は夢の楽園にいけるけど君達は地獄にでも行け」
起爆スイッチを上に挙げ叫ぶ。
「待て早まるな」
「少し落ち着きなさい」
そこに居る誰もが叫び、止めに入ろうと走り出す。
起爆スイッチが押されれば、この学校は確実に吹き飛び、多くの命が失われるだろう。吹き飛ぶのは学校だけではなく、周りにある民家、コンビニなどの店、いろんな工場や会社なども消え、その場所はガラクタの山となる。
「神のご加護を今僕に」
起爆スイッチの掛けている指に力を入れる。
誰もがこの瞬間に目を瞑り、死という見えない敵に呑まれ、痛みながら死んで逝く事を想像し、恐怖に浸るだろう。死ぬことを知らないものは、いつもと変わらない日常を過ごし、もう明日が来ないことを知らずに死んで逝く。
もし、神という存在が居るのならば、誰もが祈りを捧げるだろう。
『まだ死にたくない。何でもするから助けて欲しい』と。
死を覚悟し、その時が来るのを待つ。だが、その時は一向に来ない。
目を開き、前を見る。
その光景は絶望から希望に変わった。
空中に舞っているのは、窓ガラスでもコンクリートの瓦礫や植物でもなければ人でもなかった。それは、真っ赤に染まる液体だった。
「・・・これは・・・・・どういう事?」
今、自分が見ている光景が信じられなかった。
大量の爆弾で跡形も無く吹き飛んだはずの学校が、痛みも無く死んで逝くはずの自分がそこには存在した。
「・・・・ガッ・・・・ウッ」
ドンッ
爆弾の起爆スイッチを握ったまま、赤く染まる血と共に青年が地面に倒れた。
「勝手な事やってんじゃねーよ」
青年の後ろには20センチはある針をペン回しのように指先だけで回している少年がいた。
「・・・君はいったい?」
黒田は爆発を防ぎ、爆弾を纏った青年を倒した少年に尋ねる。
その答えは少年からではなく楓太が答えた。
「智久!今まで、どこに行ってたんだ?」
「仕方ねーだろ。あのクソ爺共にの所に呼ばれた後に来てみれば、何かしら騒がしかったんだから」
「それでも連絡ぐらいしろよ。なぁ蒼空?」
「そういう事なら心配して損したぞ。それで、何でクソ爺に呼ばれたんだ」
「それなんだが・・・・・後で話すよ。それよりこいつは誰だ?」
自分で倒した青年をほったらかして、話していた智久はやっと青年の事について聞いた。
「そいつは、この学校の生徒に化けて侵入してきた馬鹿だ」
「そうか・・・・なら、倒しても良かったんだな?と言っても、気絶しているだけだけどな」
楓太は、自分がどんな奴を倒したかも分からず呑気に話していた。これが、侵入者だったから良かったものの、これが生徒だったら問題になっていただろう。サバイバルを通り越しているといわれて。
「もうひとついいか?」
「少しは自分で考えろよ。何だ?」
「そこのお嬢さんは誰だ?」
智久は最初から居なかったから黒田が誰なのかは知らない。
智久ぐらいなら知ってると思っていた。
「この人はここの生徒会長だ」
「そうか」
腰を抜かして座り込んでいる黒田の下へ歩み寄り、手を差し伸べる。
「どうも初めまして白光高等学校二年城田智久といいます。よろしく」
「あっありがとう」
「いえ」
智久の手を取り立ち上がる。
「私は、生徒会長黒田美咲です。こちらこそよろしく」
智久は自分の好感度が上がったと思い込んで仮想世界に入り込んでいる。
「かっこつけてんじゃねーよ」
仮想世界から蒼空の蹴りにより、現実世界に引き戻された。
「何してんだ」
「黙れ」
智久と蒼空によるどうでもいい争いが始まった。
それを流すかのように黒田が尋ねる。
「これからどうする?私は、一旦職員室に行って事情を説明してくるけど」
「それなら俺達は警察の事情聴取でも受けてます」
蒼空と言いあってた智久が誰も知らないことを言う。
「智久君それはどういう事?」
「ここに来る前に警察がここに来ていたので」
「そう。わかったわ」
黒田は光を体に纏い、職員室に光の速さで向かった。
「智久!クソ爺共になんで呼ばれたんだ?」
「何でもある組織が動き出したから少し調べろだって」
「そうか。そのくらい自分でも調べろってんだ」
「まぁ仕方ないけどな。それより、何で百合は倒れているんだ?」
「気づくの遅ーよ。
簡単に言うと能力の使いすぎなんだ」
「能力で思い出した!聞いてくれよ智久」
突然、楓太が何かを思い出しように元気になる。
智久は何のことか分からずに戸惑う。
「おい何だ?いきなり」
「今日、蒼空が能力を使ったんだぜ」
「本当か?」
「あぁ。この目でしっかり見たんだ」
二人の視線は蒼空に向けられた。
その目は子供のように初めて見る物に好奇心を抱いているのと同じだった。
その後は、智久にどんな風に使ったのか、何で使ったのかをしつこく聞かれた。楓太に至ってはある事無いことを自慢しながら話していた。
少しして警察がやって来て、青年の事や経緯まで聞かれた。二時間ぐらいは変えることが出来なかった。もちろん、白光高等学校の二年生は全員である。ブーイングの嵐だった。
智久は警察だけではなく先生にもいろいろと聞かれていた。
事情聴取も終わり、ホテルに向かっていた。
「そういえば、黒田美咲って言う名前どこかで聞いた事あるな」
「お前まだ気づいてないのか?」
「なんだ?知ってるなら教えてくれよ」
「閃光の操縦者って言えば分かるだろう」
「そうだ!!何で忘れていたんだ」
「お前同じ超越者なら覚えとけよ。馬鹿だな」
「馬鹿だな」
智久は、ホテルに着くまで屍のようになっていた。もちらん、蒼空と楓太がずっといじっていたからである。
次の日に行くことになっていた研究所は延期になった。なんでも、酸を操る青年にやられたのが両校合わせて100人を超えたとかで(百合を含めた)。
でも、そのお陰で次の日は自由行動になった。
この出来事がニュースであまり扱われていなかった事に疑問が湧いたがすぐに情報操作がされた事に気づき、気にしていなかった。だが、ただの侵入者程度で情報操作されるとは思わない。政府は何かを裏で隠していることには気づかなかった。
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国際能力専門学校の近くにあるビルの屋上から学校を見下ろす二人組みがいた。
「さすがにNo.9じゃ閃光の操縦者には勝てなかったようだね」
まだ、幼さが起こる少女は、身長190センチはある男に話しかける。
「まぁ仕方ないさ。そこまでは期待してないかな」
「今日は運が悪いね。まさか、地獄の追尾がいるなんて分からないよ」
「そうだな。それでも来た甲斐はあった」
男はポケットから一枚の写真を取り出した。
その写真には、友達と笑い、楽しい生活を送っている少年の姿があった。
「やっと見つけたぞ五十嵐蒼空。まさか生きていたとはな」
「これで、計画もまた一歩進んだね」
「報告します。No.9は監獄のLevl.4に収監されるようです。どうなさいますか?」
黒いローブに身を包んで偵察をしてきた青年が現れた。
「気にするな」
「それと帰還命令が出ています」
「そうか」
黒いローブに身を包んでいた青年の腕に掴まり、その場は後にした。
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