006 四人並んで
悠緋は部活に入っていない。中学の頃もそうだったし、高校に入ってもしなかった。
それほど、打ち込みたいものがなかったのだ。
そもそも打ち込んだものがなかったのだから自分がどういうものをしたいのかどうかも分からないから、それも言い訳程度にしかならないのかもしれないが。
「あっつー」
「お前は最近そればっかりだな」
悠緋の嘆きに、鴇が答えた。
照る光も勢い真っ盛りの、真昼。辟易するほどの暑さが、悠緋を苛む。
高校で行われる夏休み補習が終わり、部活のある者はそこで活動し、ない者は大人しく家路に付くか友人達と遊んで過ごす。
そう――今は、悠緋が望んで止まなかった、夏休みが到来していた。
「つっても、始まって早々補習があるとかな……」
ぼやいたのも悠緋だ。折角の夏休みだというのに補習が立て続けに用意されていて、うんざりだった。
「仕方ないよ。夏休みなんて形だけ、半分くらいは学校行かないといけないんじゃないかな。だって一応、進学校だし」
「かもしれないけどさ……俺達まだ一年生だぜ? しかも学年が上がるごとに回数も増えていくし、これからがすっごい不安なんだけど」
仕方ないと言ったのは周防真人、それに応えたのは常磐鴇。
真人は真面目で勉強することにもあまり苦痛を感じない正確だが、他の悠緋達三人は漏れなく勉強が苦手だった。
特に鴇は、部活は入っていないにしろ、別の、町にあるスポーツクラブに入っているバリバリの体育会系だった。
「やっと開放されたんだからさー、補習のことは忘れて遊びにいこうよ」
「……だな」
氏園海瀬の言葉に、全員が頷いた。
高校の門の前。周りには同じように補習を終えた生徒達がちらほらと見かけられる。
四人は全員自転車を押して歩いていた。そのまま門を出る。
「どこ行く?」
「どこでもいい」「どこでもいい」「アイス食べたい」
海瀬の一言で行き先が決まった。
そして。
近くにある、いまやすっかりその姿を見かけなくなった、昔ながらの雰囲気を残す駄菓子屋で四人はアイスを食べていた。
駄菓子屋の中に置かれたベンチに並んで、同じものを食べている。
「やっぱ美味しいな」
「暑いもんな……」
「ここは天国だけどな」
傍らでは扇風機が四人に向けて首を振っていた。海瀬は無言でアイスにむしゃぶりついていた。
「……ところでさ、悠緋」
「……?」
鴇が、悠緋を覗き込む。
「お前、明日東條さんとデートするんだって?」
「なっ――!」
悠緋は驚きのあまりアイスを落としそうになった。それを慌てて受け止める。その悠緋の慌てぶりに、鴇も確信を得たらしくニヤニヤしていた。一方海瀬は一本目のアイスを食べ終わり二個目を選んでいた。
「誰から聞いたんだよ!」
「本人からさ」
「ほ、本当か……? 紗桐さんがそんなこと言うようには思えないんだけど」
「そんなこともないぞ。俺が『最近悠緋と仲良いけど、デートとかしてないの?』って聞いてみたら丁度明日遊びに行くって答えてくれた」
「お前から聞いたんじゃねえか!」
「そりゃそうだろ、あの人が自分から言うはずない」
確かにそれはそうだ。
というか、デートとかしてないの、と聞かれてそう答えたってことは、デートだと思っているってこと、だよな――と、悠緋は少し照れた。
「で、行くんだよな?」
「う……い、行くけど……」
「どうなの、告白とかするの?」
「それは流石に出来ないよ。奥手な男を舐めんなよ」
と、鴇にカッコよく逆上してみせたところで何の意味もないのだが。
真人は二人のやり取りを、アイスを食べながら観察していた。当然助け舟は出さなかった。
「どこ?」
「何が」
「行く場所」
「……遊園地」
「ほぉ! 遊園地! まじかお前、結構やるなぁ!」
「テンション上がりすぎだ、落ち着け! 鬱陶しさが倍増する!」
「お前がそうやって声張り上げんのも実は恥ずかしいからなんだろ? そうなんだろ? このおいちゃんに言うてみい!」
「絡み方がうざくなったー! 真人助けて! 海瀬はアイスでも食ってろ」
悠緋が目線で真人に訴えかける。だが真人はそれを見返しながらも無反応。
当然、助け舟は出さないのがこの男であった。
真人も真人で、悠緋と鴇のやり取りを面白がっているのだ。
「裏切り者……!」
「……悪い悪い」
「言うべき言葉はそれだけか!?」
にっこりと笑みを浮かべ、アイスを再び頬張った。
真人は無干渉、海瀬は食べることに夢中で話に入ろうとしない。
この場に悠緋の仲間はいなかった。
むしろ、敵しかいなかった。
「お前らそれでも友達かよ……っ!」
鴇は鴇でやたら悠緋に絡んでくる。酔ったタチの悪いおっさんみたいだった。
いつまでこの問答は続くのだろうと考えて、悠緋は溜息を吐いたのだった。
夏風邪をひいて寝込んでしまって数日間ダウンしてました。
それもあって、随分更新が遅れてしまいました。
仲の良い友人に囲まれて悠緋は幸せ者ですね(何
な、お話でした。そのはずです。
夏風邪怖い、とガクブルする天風御伽でした。それでは、また次話にて。