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004  兄の恋愛相談


 紗桐と放課後残って話し合った後の、夜。

「うーん……」

 悠緋は自室に篭って一冊の本に向き合っていた。頭を抱えて、その本を凝視する。

「入るぞ」

 と、呻いているときにかけられた声。どうぞ、と悠緋は応える。直後、部屋のドアが開いて、百八十センチの長身が入ってきた。

 ジュース缶を両手に携えて現れたのは、悠緋の兄、亜城紅哉だ。

 半袖のTシャツに短パンというルームウェア。相変わらず足が長くスタイルがいい。

「課題か?」

「うん……難しい」

「ちょっと見せて」

 と、部屋の中央にあるローテーブルに缶を置くと、学習机の前に陣取る悠緋のところへ歩み寄った。横から悠緋の課題を見ると、その手からシャーペンを奪い取り、その本にすらすらと文字を書く。

 その間悠緋はそれの答えを読んでいた。

「すげえ、合ってる」

 見比べて、紅哉の答えが正しいことを知る。

「いやいや、これ、基礎問題だろ」

「そ……そんなことない」

 悠緋。

 割と勉強は出来ない。

「兄貴が頭良いだけだよ」

「……基礎問題って、書いてあるじゃん」

「…………」

 紅哉。

 頭がいいうえに、目聡かった。

「そ、それはともかく。何の用だよ」

「話題転換がわざとらしすぎるわ」

 お前の頭が残念なのは十分知ってるから、と紅哉。

 呆れられて、悠緋は言い返す言葉も無い。

「課題はそれで終わりか?」

「一応……」

「そっか。じゃあジュースでも飲めよ」

「……おう」

 椅子から下りて、地べたに座る。ローテーブルを挟んだ向かい側に、紅哉が座る。悠緋はテーブルの缶を取った。悠緋の好きな、炭酸飲料。

「最近どうだ」

「いきなり、何だよ」

「兄として弟のことを知っておくのは当然の義務かと思ってな」

「何に影響された?」

「さっきテレビドラマでやってた」

「さっきかよ。影響受けるの早すぎだよ、もう少し粘れよどんだけ即効性あるんだ」

「テレビなんて、影響を与えるために存在してるもんじゃん。即効性があって当然だろ」

「いや、もう少しじわじわと効果がくるようなもんもあるだろ。即物的で俗物的過ぎだよ。てか兄貴はさも自分が正当であるかのように言うな。そんなもん微塵しか残っていない」

「悠緋はテレビが嫌いだなあ」

「テレビが、って言うより番組が、だと思うけど」

 缶を開ける。口に含んだ。しゅわしゅわと、弾けるような感触と刺激のある味が美味しい。

 ちなみに紅哉はお茶だった。以前、体調管理には気をつけないといけないから、と言って炭酸飲料を飲まないようになったのを悠緋は思い出した。

「で、本題に戻るけど」

「えー……普通、だよ。いつも通りだ」

「いや、少しくらい変わったことはあっただろ?」

「しつこいな」

 何を思ってこんなに絡んでくるんだろう。

「まあ、そんな抽象的に聞かれても答え辛いか……」

「そうそう。だからさっさと部屋に帰れよ」

「部屋には帰らないけど質問を変えるわ。最近東條さんとどうなったの?」

「ぎくっ」

 悠緋の動きが止まる。

 よりにもよって、今日。そんな質問をされるとは。

 悠緋の中にも嫌な予感は漂っていたが、まさか的中することになるとは思わなかった。というより、思いたくなかった。

「その反応。何かあったんだろ」

 と、ニヤニヤしながら紅哉が体を乗り出す。

「な、何もない」

「そんなわけあるか。顔真っ赤だし、声震えてるし、行動ぎこちないし、怪しすぎるぞ」

 筒抜けだった。

 というより、悠緋の反応が分かり易すぎた。

「それに今日、お前帰り遅かっただろ。東條さんと何かしてたんじゃないの?」

 紅哉のニヤニヤが深まる。悠緋にはそれが悪魔の微笑にしか見えなかった。

「ち、違うって。今日は高校祭の決め事で……」

「確か東條さん、委員長なんだよな? じゃあ東條さんもその場にいたんじゃないのか」

「名推理すぎるわ!」

 お前みたいなのがいたら殺人事件とか起こる前に解決しそうだわ!

 人間関係見ただけで誰が誰を殺すとか分かりそうだわ!

 と、悠緋全力の突っ込みを披露した。

 披露して、疲労した。

 主に精神的に。

 特に精神的に。

「で、どうなんだ」

「……いたよ。二人だった」

「お前何だかんだで凄いな。まさか東條さんだけ連れ出して話すとか!」

「記憶の改竄してんじゃねぇよ!」

 二人で、とは言わなかったほうがよかったかもしれないと後悔した悠緋だった。

「大変だなあ。それに、お前が自分からそういうの引っ張るなんてな。どんな心境の変化だよ」

「別に、なんとなくだよ」

「どうぜ東條さんといちゃいちゃしたいからなんだろうけどさ」

「それは違うよ」

 勿論、そう考えてなったというのもあるが。

 一番大きいのは、不純な理由じゃなく、紗桐の手伝いをしたかったというのがあるだろう。

 それは、悠緋のエゴかもしれないが。

「で?」

「でって何」

「どんなこと言ったんだよ」

 言われたという可能性は考慮しないんだな、と心の中で突っ込む悠緋。

「……紗桐さん、お化け屋敷行ったことないらしいから。だったら、今度一緒に行かないか、って」

「お前もなかなか罪な男だな」

「兄貴に似たんだよ」

「そうかもな」

 と、朗らかに笑う紅哉。否定しない辺り、自分がモテていると自覚しているのだろう。

「兄貴はどうなんだよ。あの人とは」

「あの人……? ああ、夜桜のことか?」

「そうだよ」

「普通だよ。上手くいってるぜ?」

 夜桜、とは、紅哉の彼女のことだ。高校時代から既に付き合っているから、もう三、四年にはなる。

 悠緋も何度か見たことがある。どこか不思議な雰囲気を持った、美女だった。

「お前が人を心配できる立場かよ」

「そうだとしたらオレどんだけ地位低いんだよ。別に良いだろ、心配くらい」

「馬鹿言え、お前は心配なんてする必要ねぇんだよ」

「必要ないって……」

「自分のことだけ考えてろ」

 言い方はぶっきらぼうだったが、それが紅哉の愛情表現だった。

 それを悠緋も感じ取ったのか、それ以上は押し黙ったままだった。

 悠緋はジュースの缶を、紅哉はお茶の缶を、それぞれ飲む。やがてそれが空になって、テーブルに置いた。

「……で、予定は立ててあんのかよ」

「予定って?」

「デートの予定だよ、話の流れからして当然じゃねえか」

「いや、一回逸れてるじゃん。それにデートとは誰も一言も発してない」

「男女二人でお化け屋敷とかデートじゃなくてなんなんだよ」

「それは……まあ……」

 図星である。

 それに、悠緋も自分ではそう思っていた。

「それにしても、予定とか、早過ぎないか?」

「んなことねえよ。さっさと決めてさっさと連絡しろ。知ってんだろ?」

「そりゃ、まあ」

「目標は今日中だ! 今日デートの予定を取り付けるんだ!」

「何でそんないきなりハイテンションになってんだよ!」

 紅哉のニヤニヤは止まらなかった。

 エスカレートしていた。

「もう……言いたいこと言ったんなら早く部屋出てけよ」

「冷たいなあ。それとも電話するからなのか?」

 と言いながらも、紅哉は退散するように去っていった。引き際は良い男だ。

「……んー」

 兄がいなくなって静かになった室内で、悠緋はごろりと寝転がった。

「電話、か」

 ぼそ、と呟いた。


仲の良い兄弟って憧れますよね。

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