003 紗桐さん
東條紗桐。
称徳高校一年E組の委員長である。
成績は優秀で学年でもトップクラス。部活はテニス部で一年生ながらもいい成績をおさめている。持ち前の優しさで男女ともから慕われている。
人気な理由は成績だけではない。その容貌も、人気の要因の一つだ。
小柄で童顔。髪型はボブ気味のショートカット。きめ細かくシミ一つ無い綺麗な肌が、清楚さを感じさせる。
東條紗桐のことを簡単に説明すれば、そんな感じだろう。
悠緋からすれば彼女の魅力を語るにはそれだけでは足りないが。
「……悠緋君?」
「ん、なんでもないよ」
「嘘。さっきあたしの顔ずっと見てたじゃん」
にへら、と微笑む紗桐。図星を突かれて赤面してしまう。
この少女、自分が可愛いのにどこか無防備なところがあるのだ。自分が周りに可愛がられているのも純粋に勉強や運動が出来るからだと思い込んでいる節がある。
「それは……」
「何?」
「……他の見るものが無かったからだよ」
紗桐に問い詰められ、悠緋は咄嗟に冗談を言ってしまう。
そう――悠緋は、この少女のことが好きなのだ。
出会いは友人三人と同じ、入学してからだった。最初に話しかけてきたのは紗桐からだ。きっかけは些細なことだった。月日が経つにつれ、話す機会は多くなった。
「それで、文化祭の出し物だけど……あたし達はどうする?」
「うーん……案が出てたのは?」
「意見が多い順に、お化け屋敷、屋台、フリーマーケットだね」
放課後の教室。音楽部の演奏や運動部の掛け声が遠くから聞こえる。悠緋と紗桐は、二人きりでその教室にいた。
夏休み直前の七月中旬。
この時期は、夏休み明けの高校祭に向けての準備が始まっている頃だ。二人が放課後も残って教室に居座っているのも、その準備のためである。
紗桐にいたっては、部活を休んでまで話し合いをしている。気合の入り方が違う。
紗桐は委員長として。
そして、悠緋は、高校祭のための活動を統括するクラスのリーダーとして。
残っている。
「……意外だよね。悠緋君、こういうのって楽しむだけみたいな子だと思ってたのに」
「そんなこと思ってたのかよ、酷いな」
「冗談冗談、そこまでは思ってないよ」
「そこまでは、ってことは、多少は思ってたんだ?」
「うう……白状します、そうです」
紗桐が、舌を出して決まり悪そうに微笑む。
「そう思われても仕方が無いかもしれないけど」
「え? そんなことないよ」
「だったらいいんだけど。言い出したのは紗桐さんじゃん」
「あちゃあ」
「何だあちゃあって」
悠緋も笑ってしまう。紗桐と話していると、自分が落ち着いているのが良く分かる。たまにどぎまぎすることはあるが、基本的には、肩の力が抜けた心地がしている。それも紗桐の魅力の一つなのだろう。
「……確かにオレも、こういうのに積極的に参加するのは初めての試みだけどな。前までは全然、率先してやりたいとも思わなかったし」
そうなんだ、と話に耳を傾ける紗桐。
その紗桐とより親密になりたいから志願したのだと明かしたら、この少女はどんな反応を見せるのだろう、と悠緋は思った。
高校祭のときの役割を決めるホームルームのとき、悠緋は自分からクラスのリーダー役を引き受けた。
「悠緋君にも色々あるんだねぇ」
「人間だからな」
「それもそうだね」
「オレのことはいいから、さっさと続けようぜ、本題からずれてる」
「うん。えーと、じゃあ、まずお化け屋敷からだね……」
二人が今日することは、意見の多かった三つの出し物の長所、短所と具体的にどんなのがあるか、を考えることだ。
ここでクラスが何をするかがほぼ決定される。
「長所……は、あんまり思いつかないな。短所だったらいっぱいあるけど」
「例えば?」
「アイデアが陳腐になりがち、作るのに時間がかかる、教室が狭いから工夫が必要、工夫したとしてもそれがスベれば残念なことになる」
「ひねくれてる……」
あの紗桐が若干引いた。
「そんなこと言ったら、どんなことも出来ないって……それより、長所が出ないのに短所がそんなに出てくるって、ちょっと問題じゃない……?」
「い、言いすぎだよ」
本気じゃないって、と悠緋は弁解するが、紗桐のジト目はまだ治らなかった。
心が痛い。
「と――とにかく! じゃあ紗桐さんはどうなんだよ、長所とか思いつくの?」
「楽しい」
「…………」
まさかのストレートな言い方だった。
「それ、長所?」
「紛れもなく長所でしょ」
「いや、そうかもしれないけど……。てか、楽しい、って言うってことは、やるとなったら自分も何か仮装したりするんだ?」
「え? 当然じゃない?」
「…………」
当然らしかった。
紗桐の意外な考え方をしって、悠緋は若干混乱気味だ。
「女子って、そういうの自分からしたくないもんだと思ってた」
「そういう人もいるだろうけど……あたしはむしろ、やりたいかな。だって、そういうの出来るのって若いうちしか出来ないし」
おっさんみたいなことを言っていた。
いや、それは流石に言い過ぎかもしれない。
紗桐だって、可憐な花の女子高生だ。
「するとしたら、何がいいの?」
「え? ……ミイラ、とか?」
紗桐のミイラ姿。
想像して、悠緋は思わずアリだと叫びそうになった。すんでのところで止める。
「……でも、出来ればサキュバスとかのがいいかも」
「え?」
「何でもない。紗桐さんだったら、座敷童子なんかも似合うかなと思って」
「悠緋君、褒めるの上手だね。ありがと。でも座敷童子ってお化け屋敷には出ないんじゃないかな」
「……だね」
どっちの格好でも似合いそうだ。
両方見てみたい、と悠緋は思った。
「紗桐さんは、お化け屋敷好き?」
「分からない」
「分からない……?」
「うん。だって、あたし、行ったことないんだもん」
お化け屋敷には。
そう、言った。
「……じゃあ、今度、行こっか」
悠緋が、思いつきで口にした、その小さな言葉を、
「本当!?」
紗桐は聞き逃さなかった。
「い……いの? 紗桐さんは」
「うん! 行ってみたい!」
心なしか瞳が輝いているように見える。その真っ直ぐな瞳の注視を受け、悠緋は目を逸らしそうになった。
が、逸らしはしない。
そのつぶらな瞳を、見つめた。
「じゃあ……行こう。この、夏休み中にでも」
「そうだね!」
お化け屋敷があるところといえば、遊園地などだろう。
そこへ男女二人で行くということは――デートに他ならない。
期せずして手に入れた想いを寄せる少女とのデートの予定。悠緋は、思わず、ガッツポーズをして嬉しさのあまり叫びそうだった。
それからも話し合いは続けられたが、その終始、紗桐はにこにこと頬を緩ませ微笑していたのだった。
悠緋リア充へ一歩前進。
な、第三話でした。