表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

018  出会う少年と少女 <4>



 〝颶風驟雨クリューエル・レインズ〟。

 少女の魔魂(ギア)

 右手から溢れ出した光が形を成す。棒状に象られたそれに、実体が伴う。

「生きては返さない」

 少女の声音と同じ、冷たく硬質な棒。そこからさらに伸びるのは、分厚く鋭い、湾曲した鋼の刃。その腹には彫られて黒く彩色された文様が浮かび上がる。棒と刃の接合部には、それを覆うように美しく恐ろしいほど精緻な意匠が凝らされていた。

 それは、少女の体躯とさほど変わらないほどに長い。

 日本武術で古来より親しまれてきた長柄武器、薙刀。

 彼女の魂が象った武器は、それだった。持ち手は少女の手のひらにぴったりと合っていて、重量も程よく重い。まさに彼女のために作られたもの。

 少女は駆け出す。一歩目でトップスピード。男たちとの距離を一息に詰める。

「く、」

 男が何かを言おうとしたが、遅かった。

 男たちの持っていた得物は一般的な、さして取り立てることもないような長刀。それと薙刀では、攻撃範囲が異なる。少女は相手の攻撃できない範囲から攻め立てることが出来る。

 全身を旋回させるような、自分の身体ごと武器として使うような、豪快な横薙ぎ。遠心力で増加された威力は、男たちの防御も弾くほどに烈しい。

 その少女の攻撃は、悠緋の頬を風が叩くほどのものだった。

 長刀を弾き飛ばし、一人はたたらを踏んで尻餅をつき、もう一人はよろめきながら後退する。

 少女は止まらず、旋回から繋げて走る。その行動には一部の無駄もなかった。

「つ、つよ」

 たたらを踏んだ男が何かを言おうとした。その横を少女は駆け抜ける。

 男の胴体に、赤い線が浮かぶ。男がそれが何であるかを認識する前に、それは真紅の粒を零して、溢れた。

 上半身が地面に投げ出され、二度と動かない。少女は男を見向きもせず、一瞬の内に葬っていた。

「弱い」

 長刀を失い自分を守るものが何もない男を続けて切り伏せた少女は、ようやく足を止めた。

 悠緋は、少女を見上げる。

 悠緋にとどめを刺そうとしていた男は、目の前の少女を化け物でも見るかのような目つきで睨んでいた。敵うはずがないことをとうに悟っていた。

 今組み伏せている少年を殺す暇も、ない。

「さて、質問だ。貴様らは何者だ」

「答える必要はない」

 少女は魔魂(ギア)を半回転させ、石突で男を突き上げた。捻り上げられるように飛ばされたところを、さらに半回転させて大きな刃で喰らいつく。

 近くの木の幹に男を叩きつけ、刃がさらに食い込む。幹がその衝撃に悲鳴を上げた。

 手にこめていた力を緩めると、男の死体が重力に従って地面に落ちた。重く、湿った音が、耳に届いた。

「……さて。驚かせてすまなかったな」

 〝颶風驟雨クリューエル・レインズ〟が再び光となって、空中にその粒が霧散した。

「いや、」

 這いつくばったままの状態から、ようやく立ち上がる。間接を極められていたせいで肩が痛い。

 少女の鮮やかな戦いに、悠緋は息を呑んでいた。自分が殺されかけていたことも忘れているくらい、その手つきを凝視していた。何か、得られるものはないかと。学び取れるものは落ちていないだろうか、と。

 結果として何かを習得できた気はしなかったが、一つだけ分かることがあった。

 この少女は、強い。

「凄かった」

「ありがとう」

 素っ気無く答える少女の表情は、涼しげだ。三人の男を斬り飛ばしたのにも関わらず、その身体には血は付着していない。

 悠緋は自分の身体の前面に付いた土を払い落としながら、少女を見、次いで周りを見渡した。息のない、葬られた男たちの死骸。

「助かったわ」

「うん。……うん?」

 少女の思わぬ言葉に、悠緋が首をかしげる。少女を見てみると、その唇の端は不敵な笑みで歪められていた。悠緋は何か嫌な予感を感じる。

「どういうことだ」

「そのまんまの意味よ。あなたがいてくれたおかげで助かったの」ちらりと、男たちのほうを一瞥する。「私一人だと付け込む隙がなかっただろうから。あなたがついて来てくれたから隙が出来たと勘違いさせることが出来た」

「……まさか」

 無言で少女は頷く。悠緋の顔には驚きと、呆れが浮かんでいた。

「オレを囮にしていたのか……」

「正解よ。なかなか察しがいいわね」

「質問タイムと称してオレの情報を引き出し、無知で無害な奴だと分からせる。オレたちを監視していたそいつらはオレを狙うのが好都合と判断し、敵わないからと人質にして交渉材料にするよう仕向けて、実力で一掃――」

「そうよ」

 少女は、悠緋がそこまで理解できていたことに舌を巻いたのか、意外そうな目つきで目の前の少年を眺めた。

「そんなに都合よく、事態が運べると思っていたのかよ」

「実際そうまで都合よくいったんだからいいじゃない。勿論それには、あなたも男たちも素直で馬鹿じゃなかったらいけなかったけど」

 暗に自分は無知だと言われていて傷つきかけた悠緋だったが、さっきから言われていた。

「そもそもオレがついて来ない可能性もあった」

「その時はその時。普通に探して、疲れた様子でいて隙を見せるように仕向けていた」

「オレが質問しない可能性については?」

「ついて来る時点で、それはないと踏んでいた。まさかまだ魔術学園(アカデミア)に入学する前だとは思わなかったけど」

「オレがもし魔術師だったとしたら?」

「その時は共闘してもらっていたわ。その義務があるもの」

「……オレがすぐに殺されていた可能性は?」

「ない、と考えていた。八割、ないと。向こうからしたら私は明らかに格上。それと渡り合うための人質なら、殺しては意味がないからよ」

「残り二割は、オレが殺されるんだよな」

「そうだけど、それに関して恨み辛みを言うのは間違っているわよ。最初に言ったじゃない、ついて来るなら自己責任、って。忘れたとは言わせない」

「…………」

 少女は、そこまで詰めて考えていたのだった。

 さまざまな可能性を加味した上で、悠緋を連れて行っていた。単なる気まぐれではなく。

 悠緋としても、もはや反論する気は起こらなかった。素人の自分が何かを言ったとしても、彼女にダメージを与えられるわけでもない。

 それに、結果悠緋は生きているのだから。

 そのように仕組んだ張本人とはいえ、命の恩人になるのだから。

「……凄いな」

 今度は違う意味をこめて、その言葉を口にした。

「あなたもいづれそうなるわよ。いや、それくらいになってもらわなかったら困る。魔術学園(アカデミア)は、優秀な人材を常に求めているから」

 全体の生徒は多くても、優良なのは少ないのよ、と少女は嘆いた。

 彼女は、優良側の人間のようだった。

「ともあれ、これで私の授業はおしまい。大事なのは、知らない人には付いて行かないことよ」

「反論できない」

 小学生のような言われようだが、間違ってない。

 少女は両手の指を組んで、上に伸ばした。身体を伸ばして、下ろす。ため息が一つ漏れた。

「帰らないと」

「そうだな」

「ついて来る?」

「知らない人に付いて行っちゃ、駄目なんだろ?」

「よく出来ましたー。……でも、ね」

 少女の瞳が少年を捉えた。

「知らない人じゃなかったらいい話だよね」

 少女のポニーテールが風に揺れた。

「私の名前は、志月摩侑李(しづきまゆり)。姓が志月、名が摩侑李。漢字は面倒くさいから言わない」

 すらすらと流れ出たのは、彼女の自己紹介だった。男たちの邪魔が入って聞けなかった名前。

 志月、摩侑李。

「……オレは、亜城悠緋。悪のしたごころを取り除いた亜に、城下町の城、悠久の悠に、緋色の緋」

 悠緋もそれに答える。

「亜城、ね。その名前、覚えておくよ」

 魔術学園(アカデミア)で会えるといいね、と少女は続けた。学園がどれほど大きいのかは悠緋は知らないが、会いに行こう、と悠緋は決めた。

「……じゃあ、志月、さん」

「戻ろうか」

 そういうと、少女は――志月はそそくさと歩き始めた。悠緋に振り返り、顔で合図する。悠緋も志月を追いかけて地面を踏みしめていった。

 葉が多重のささやきを奏で、木漏れ日が神秘的な曲線を土に落とす。

 そんな、血生臭くも穏やかな真昼の出来事だった。

 

 少女、摩侑李との出会いの話はこれで終わりです。

 次回からは入学・学園生活編。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ