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017  出会う少年と少女 <3>



 森の中では暑い日差しも制限されていくらかはましだった。

 軽装に身を包んだ少女は、その中で汗一つかいていなかった。切れ長の目の中心は、引きずり込まれそうなほどに黒い。対照的な白い肌には傷一つなく、目鼻立ちのバランスは整っている。

 有り体に言えば、綺麗だ。

「……何個か、質問してもいいか」

「良いわよ。そもそもあなたはそういったことを聞きについて来たのでしょう。ただし、答えられることだけだから」

 声も涼しげで、聞いていて心地よい。

 最初は顔なんて見ていられる場面ではなかったから気にしていなかったが、こんな風に一見平和な場景だと、どうしても気になってしまう。そんな状況ではないだろう、と思っていてもだ。

「じゃあ一つ。なぜ殺したんだ」

「なぜ、どうして――理由、ね」

 二人は土を踏みしめて歩いていく。木の葉を踏むと、じゃり、と繊維が砕ける音がした。

 森は静かだ。夏だというのに、虫の音もない。そういえば蝉の鳴き声もしないな、と悠緋は思った。

「言えないわ」

「いきなり、それか」

「質問側が悪いのよ」

 短く、少女は返した。意外に言い方は強い。

「でも……これは言っておく。私は決して不当な殺しをしてはいない。殺さなくてはならない――排除しなくてはならない敵を殺したの」

「敵って、奴らは何者なんだ」

 悠緋は思い出す。店が並び人が行き交う通りの隅で、この少女が男たちに取り囲まれていたこと。林の中で、その少女が何らかの方法で男たちを亡き者にしていたこと。

「それは、私にも良く分からないわ」

「……分からないのか?」

「ええ。ただ、害をもたらす相手、らしきもの(、、、、、)であることはたしか。それを私は確かめ、屠るべき相手であると判断した」

 こともなげに、少女は言った。こんなことはよくあるのだ、とばかりに。

「らしきもの、程度で殺すのか」

「そうよ。怪しい者は即刻、排除しなければ危険なの。――ここは、この世界は、そういうものなのよ」

 そうだ。

 この世界は、作られた人工空間。確固とした存在ではない。ここを形成する人間が、もし死ねば――世界は崩壊し、住んでいる人々も、魔術学園(アカデミア)も、魔術師も、今まで築き上げてきたもの全てが、水泡に帰す。

 それを防ぐためには、過剰とも思えるほどの策が必要なのだ。

 あの平和そうに見える町並みも、のほほんと暮らしているように見える人々も、そういった危険の上に成り立っている。

「危険、なんだな。ここは」

「たしかに、危険ではある。でも他所に比べたら遥かに安全なのよ。他の世界と比べれば」

 そういえば、それは漣も言っていた。

 少女は一度区切って、続ける。

「他に質問は?」

 悠緋は考えた。何を聞こうか、と。そしてあの男たちの死に様を思い出した。

「あいつらを、どうやって殺したんだ?」

 倒れる男たちの前に佇んでいた少女の手には、何も握られていなかった。

「まさか徒手で殺したわけでもない。でも、君は何も持っていなかったし、今も武器を携帯している様子はない」

 剣を佩いているわけでもないし、槍を担いでいるわけでもない。

「まさかそんな質問をするとはな……興味があるのか、人殺しに」

「ない」

 即答する。

 興味はあるといえども、それは紛うことなき本心だ。

「ふぅん。ま、いいや。――私は、やつらを魔魂(ギア)で殺した」

「……魔魂(ギア)?」

「うん」

 納得していない、理解しきれていない様子の悠緋を見て、少女は得心したようだった。

「まさか、君、魔術学園(アカデミア)に通っていないのか?」

「え? そうだけど。今年の秋に……夏が終わってからの入学式で、入る予定なんだ」

「そうか……そうか」

 くすり、と少女は笑った。悠緋は彼女の見せた笑顔に胸が高鳴るのを感じた。

 それは、悠緋をからかっているようにも、自分自身を嘲っているようにも見える。悠緋はどうして彼女が笑ったのか分からず、困惑するしかない。

「なるほど、どおりで無知なわけだ。世界のことを良く知っていないのも、魔魂(ギア)を知らないのもそれで納得できたね。……しかも、それなのに私について来るなんて」

 馬鹿な人なのね、と少女は再び笑った。無知だと言ったり、馬鹿だと言ったり、笑ったり、この少女は実は結構あけすけに物を言うんだな、悠緋は思った。なぜか、少しへこむ。

「……悪かったな」

「そんな、すねないでよ。本心からじゃないと思うから」

 あくまで断定はしない。

「それで、魔魂(ギア)っていうのは?」

「話題戻したね。ま、いいや――魔魂(ギア)っていうのは、簡単に言えば自分専用の武器だよ」

「専用の」

「そう。魔魂(ギア)は、自分の魂の形、なの。己が魂を呼び覚まし、使役する、自分にとってベストな武器を作り出す力」

 魔術師の切り札ともいえるようなものよ、と少女は言う。

「私が武器を持っていないのは、魔魂(ギア)があるから。魔魂(ギア)は魔力を使って形成されるの。だから、魔魂(ギア)を使えるのは一握りの魔術師。才能が備わっていて、努力を積み重ねた者しか使えない、強者の証」

 だから少女は、武器を持っていなかった。

 最も頼れる己の刃は、己が内に秘められているからだ。

 信じがたくも感じたが、そのような面倒な嘘をつくはずもない。それに、信じがたいものは今まで十分と思えるほど見てきたのだ。

「驚かないのね」

「魔術がありなら、魂の武器とやらもありなんだろうな、って」

「魔術については知っているの。誰かが説明してくれた?」

「うん。ここに来てから」

 ――ということは、ここに来る前に色々あったんだろうな。

 少女は察した。単なる事故とかじゃなく、おそらくは魔術絡みの事件に巻き込まれたのだろう、と。

 その心情は悟らせず、少女は続けた。

「だから、どうやって奴らを殺したのかっていう質問には、魔魂(ギア)を使って、と答える以外にはないね」

「そっか。ありがと」

 二人はまだ森を歩く。少女がどこを目指しているのかは、この地に疎い悠緋には見当もつかない。

「これからどうするつもりなんだ?」

「残りを叩く」

「残り?」

「そう。私が殺したのは三人だったけど、襲ってきたのは六人だった。私を林へ連れ込んだのが三人、中で待ち伏せていたのが三人。奇襲を狙っていたのか、返り討ちにするとすぐに退いたけど。それを残しておいたら、危険だから」

 つまり、あと三人いる。少女はそれを探していた。

「探して、見つかるのか?」

「秘密」

 何か策でもあるのだろうか、少女は不敵な笑みを浮かべた。

 それを聞きたい衝動に駆られるが、今この時も見張られている可能性もある、うかつに口には出来なかった。

 ――そのことを理解しているあたり、悠緋はそういった感性を持っているのだろう。

「少し、喋り疲れたわね」

「生憎ながら、飲み物は持ってないよ」

「たからないわよ」

 それっきり、少女は口を閉じた。本当に喉が渇いたのだろうか。

 数分、十数分かもしれない、その程度の時間を無言で歩き続ける。まっすぐには進まず、時には右へ時には左へと蛇行しながら。それは何かを探しているようにも見えた。

 さすがに悠緋も、その間黙っていると気まずくなってきている。何か話すことはないか、と思うが、辺りを見渡しても何もない。

 しかし、脳内に一つの質問が思い浮かんだ。

「そういえば、名前」それは、今まで気付いていないのがおかしなくらいに、初対面の人たちが話すことだった。「まだ聞いてなかったよね。聞いても、大丈夫?」

「ああ、それくらいなら。私は、」

 衝撃。

 身体が投げ出されるような、感覚。

 一瞬何が起こったのか理解できなかった。気付くと自分は地面に身体を投げ出し、その上には何者かが乗っていて圧力をかけていた。

「貴様ら――っ」

 少女は、一瞬焦った。突然上空から飛び込むように男たちが躍り出てきたからだった。悠緋に話しかけられ、気が僅かにでも緩んでしまったのだろう。そこに付け込まれた。

 自分は咄嗟に避けることは出来たが、悠緋までは庇いきれなかった。

「無様だな」

 男たちの一人が嘲る。

 少女の前には、三人の男。一人が悠緋の間接を極め、動けないようにしている。その前に二人が立ちふさがり、武器の切っ先を少女に向けていた。

「話をしよう。この少年を見逃してやる代わりに俺たちを外へ出させろ。上へは報告するな」

「話はしたくないわね。喉が渇いているから」

 つまり、悠緋は人質ということだ。

 自分がついてきてしまった所為で、この少女が苦境に立たされているかもしれない。その状況が、悠緋の心に刃を突き立てる。

「く、っそ……」

「抵抗は無駄だ」

 男がひときわ強い力で悠緋を押さえつける。少女は、それを深淵の瞳で見つめ続けていた。

「あなた」少女が口を開く。「抵抗はしないほうがいい。――動かないで」

 はじめ、何を言っているか分からなかった。

「どうせなら、本物を見せてあげる――魔魂(ギア)を」

 構える。

「おい、そいつを殺せッ!」

 男たちも反応は早い。指示を飛ばされるや否や、腰から短剣を掴み、振りかぶる。

「遅い。魔魂(ギア)、解放――」

 少女が踏み出す。

 その手を、光が包み込む。

「〝颶風驟雨クリューエル・レインズ〟」

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