016 出会う少年と少女 <2>
衝撃的な光景が、目の前に広がっていた。
仄暗い森の中、日光が途切れ途切れに届く地面には、不自然に黒い土。ぼた、ぼた、と何かが土の上に落ちた。
「馬鹿、な……」
その地面に立っていた――辛うじて立っていたのは、男。腹部からとめどなく溢れる血をふさごうとしていた。しかしそれも叶わず、男は呪詛を吐きながら地面に崩れ落ちた。
一人だけじゃない。あと二人、同じように傷を受けて絶命する男たちがいた。
鼻につく血臭。
血なまぐさい場景。
突然のそれに、体が固まる。思考が緊急停止したかのようにしっかりと働かなくなる。
その、鈍る思考があるものを捉えた。
一人の少女だ。こちらに背を向けて、佇んでいた。
悠緋は、一歩進んだ。踏み出した足がぎこちなく、体はわずかに震えていた。それも無理のない話だろう。
「……君は」「あなたは」
「……」「……」
二人同時に声をかけて、二人同時に黙り込んでしまう。
こんな状況にもかかわらず、二人の間には何か微妙な気まずい雰囲気が漂った。
「何で、オレがいるって気付いた?」
「気配」
短く答えて、少女が振り向く。後頭部で一つに結んでいる長髪が、ふわりと浮かび上がった。
深い、深淵の黒を湛えた瞳――それが悠緋をしかと捉える。
「さっきから気付いていたわ。ここに来る前、町でいたときから」
「ばれてたんだ」
だとしたら、少し恥ずかしい。
しかし悠緋にとっては尾行のようなものをするのは初めてだった。ばれて当然だろう。気配の消し方なんて、そんなことは習ったこともない。
いや、そんなことよりも、と悠緋は話題を変えた。
「これは、君が」
「そうよ」
なんということもなしに、少女は答える。
見たところ、少女は武器を携帯していないように見える。服装はラフなもので、休日にちょっとしたお出かけに着ていくような格好だった。長剣や斧などはもってのほか、ナイフなんかを隠している風でもない。
――なら、一体どうやってこの男たちは殺されたのだろうか。
「驚かないのね」
「え……そういや、そうだ。見たことあるから、なのかな。臭いは嫌だけど」
ふぅん、と少女は何か得心した様子で応えた。
「それにしては、動じてないよね」
「そんなことない。さっきは驚いて動けなかったよ。足が縫い付けられたみたいな」
「……さっきは、ね」
どうしたのだろう。
さっきから少女は笑みを浮かべて悠緋を見ていた。悠緋はどうしていいか分からず、少女の意図も分からず、ただ見つめ返す。
――この人。
その少女の胸のうちは、少女の中に秘められたまま。
「まあ、今はいいや」少女は続ける。「先を急いでいるの、私。だからおしゃべりはここら辺にして行かないと。あなたは、すぐにここから引き返して、ここで起こったことは見なかったことにして」
矢継ぎ早に言い、少女は森の奥へと向かった。
悠緋はその場で固まっていた。
戻る気には、どうしてもなれなかった。
その少女に、興味がわいたから。
「――ちょっと待って」
少女は、足を止めて悠緋に振り向く。木漏れ日が少女の顔を斜めに柔らかく照らした。
「どうして?」
「どうして、って……」
「言っておくけど、興味本位で来るような、来れるような場所じゃないのよ」
心の内面を見透かされたようで、どきっとする。確かに、そうだ。
人が死んでいる。
そのレベルの話なのだ、この少女が関わっているものは。そして行く先も、きっと。
悠緋はそこに首を突っ込もうとしている。
しかし。
「行く」
「だから、どうして」
「――なんか、放っておけないから」
そんな、はっきりとしない曖昧な返答を返した。
少しでも多くを知りたい。
魔術について知るには、この少女はちょうどいいのではないだろうか、という判断で。
そのレベルの話に、首を突っ込む。
「……ま、いっか」
少女はそう呟いた。もともと、来ようが来まいが、どっちでもよかったのかもしれない。
「じゃあついてきてもいいけど、これから先のこと全ては自己責任よ。怪我しても、死んでも、私は関係ないから」
「分かった」
ついてきて、と少女が呼ぶ。悠緋はすぐさま走った。死体の横を通るが、悠緋は特に気にした様子もなく、素通りする。
「ありがとう」
「どういたしまして」
横に並ぶと、少女は踵を返した。そのまま森の奥へと、二人一緒に足を踏み入れた。