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009  全ての始まり、全ての終わり(中)


 鴇は、時々冗談が過ぎて暴走してしまうこともあったが、そこも彼の良いところだった。その冗談も決して人をけなす言葉ではなく、面白がらせるためのものだった。

 悠緋も、彼のその優しさに何度も救われた。

 それは悠緋だけじゃなく、真人や海瀬にとってもそうだ。

 鴇は――常磐鴇は、彼らの中でのムードメーカーだった。

「さあ……邪魔をするようだったらお前達も同じように、殺すぞ」

 その、親友だった少年は。

 死神のような男によって、葬られた。

 何でもないことのように。

 その男と、悠緋達四人の距離が段々と詰められている。男のゆっくりとした歩みによって。しかし悠緋には、重々しく鳴り響く死神の足音が聞こえる。

 男と最も近い真人と海瀬の二人は、身動きを取ることもかなわない。足が地面に縫い止められたかのように、逃げ出すことも出来ない。

 このままでは、真人も海瀬も殺されてしまうかもしれない。

 悠緋がそう考えるのも、無理はなかった。それほどに立ちはだかる男は狂気じみていて、脅威じみているのだ。

 だが、その、静かな狂気を孕んだ男は、不意に歩みを止めた。金色の瞳が、視線を変える。

「ようやくか」

 その言葉が何を指しているのかは四人には分からなかった。その時は、まだ。

 理解するのは、そのすぐ後だ。

 突然、空から降ってくるかのように――影が悠緋達の視線を防いだ。

「久方ぶりだな」

「二度と会いたくはなかったがな」

 悠緋は紗桐の手を借りながら立ち上がる。いつの間にか、頭痛は消えていた。

 いや、いつの間にか、じゃない。そのタイミングを、悠緋ははっきりと感じていた。

 その影が現れる直前だ。あれほどまでに強かった痛みが、雲散霧消した。何事かと思った直後に、その影が姿を見せた。

 そして、それが誰なのか、悠緋には分かった。

 百八十センチはある長身の背中。

 聞き慣れた声。

「……あに、き?」

「悪い、悠緋。説明したいところだが、今はそんな暇がない。――逃げろ」

 亜城紅哉。

 悠緋の兄が、男の行く手を阻んでいた。

 黒染めのコートの背中には、ワインレッドの色彩で何かが描かれている。その左腰には、分厚く大きな本らしきものが、鎖に巻かれてぶら下げられていた。

 そして、見慣れた兄とはとても思えない、異質な気配が漂っていた。

「兄貴、どうしてここに……それに、どこから……」

 現状を理解をする前に、体が動いていた。兄の背中に問いかけながら、前へ踏み出す。それを真人と海瀬によって左右から阻まれた。

「これは、どういうことなんだ?」

「……言っただろ。逃げろ。さっさと、この場から立ち去れ。――早く、逃げろ!」

 しかし、返ってきたのは怒りの感情が混ぜられた紅哉の言葉だった。そこに悠緋が求めた答えはなかった。

 悠緋は一瞬だけ怯んで、唇を噛み締めながら後退した。そして踵を返し、走る。

「君達も。……悠緋を、よろしく頼む」

 紅哉のが一瞬だけ後ろを振り返って言った。紗桐はその瞳と視線を交錯させた。その双眸は、悠緋のそれと良く似ていた。一瞬だけとはいえ、何故か不思議と分かった。

 紅哉に促され、真人と海瀬が走り出す。紗桐は、悠緋に手を取られ、一緒に走り出した。

 鴇の死体が、その場に取り残された。

 紅哉と男が、静かに対峙する。

「稀代の魔術士にも、人間らしいところがあるのだな」

「人間だからだよ。お前とは――悪魔共とは、違うさ」

 二人の間には緊迫が張り詰めていた。傍から見れば突っ立っているだけのように見えるが、本当は臨戦態勢を取っている。相手の動向を見定めるため、双方が双方を注視している。

「そろそろ、決着をつける時だろう」

「そのためにこんなことをしたのか? ……だとしたら、許せねえな。完膚なきまでに、ぶっ潰してやる――燃やし尽くしてやる」

「それをお前が言うか。この、炎を操る悪魔の王に対して。同じ言葉を、そのまま返してやろう」

 極限まで張り詰められた緊張は、やがて切れる。

 そして、爆発する。

「一つ言っておくが、あの少年のことを忘れてはいけないぞ」

「……ちっ」

 紅哉の舌打ちと共に、二人が動く。全く同時に、戦闘に移る。

 大地が、空気が、世界が爆ぜる。




 それから、どれくらい走っただろうか。

 気付けば空は夕暮れから夜になり、視界に入るのは見慣れない景色だった。

 息は上がり、足は震え、体中から噴出した汗が服をじっとりと濡らし前髪をへばりつかせる。半ば倒れこむようにその場に座り込み、荒い息を整えようとする。

「ここ、どこら辺……?」

「さあ……」

 真人と海瀬、紗桐も同じような有様だった。悠緋は壁にもたれかかりながら、辺りを見渡した。

 目の前には工場らしきもの。暗く詳細は確認できないが、その輪郭から、巨大なものだと分かる。その入り口は小さく開いていた。

 こんな建物があったことを、悠緋は知らなかった。地元とはいえ、まだまだ知らないものはあるのだ。

 ましてや、世界を見てみたら。理解し得るものを超えた、常識外の代物なんてものも、ありふれているのかもしれない。

 例えば――魔術とか。

「…………急ごう。まだ危ないかもしれない」

 そう言って、悠緋は再び立ち上がった。その動作一つでもかなりの体力を使う。横にへたり込んでいた紗桐に手を貸し、歩き出す。歩く先は、眼前にそびえる工場だ。

 ここまで逃げてくる間、悠緋は色々なことを考えた。

 鴇の死。

 自分の兄。

 あの男の正体。

 だが、どれ一つとっても、悠緋には理解不能で頭がついていけない。悠緋にとっての常識の外の出来事だ。

 答えが出せなくて、何も考えたくなくて、必死に走った。

「鴇……」

 真人が、小さく呟いた。真人も悠緋と同じなのだろう。

 沈みきった雰囲気を盛り上げようというわけではなかったが、悠緋は、気になっていたことを真人に問うた。

「どうして、あの場所に?」

「……鴇が、言ったとおりだよ。監視、ていうか、面白がって、ずっと見てたんだ。昨日、悠緋と別れてから、三人で話して」

「そう、か」

 そうだ、鴇や真人、海瀬と一緒にアイスを食べたのは、昨日だったんだ。ショックの強い出来事のせいで、すっかり忘れていた。

 確かに、あの日、デートに行く場所や時間帯も話した。

「まさか、こんなことになるなんて」

 海瀬が、消え入りそうな声で呟いた。いつもは元気な彼でも、流石に明るくは振舞えない。

 悠緋は何も言えず、ただ歩いた。

 工場の中に入る。

 外見から想像したとおりの巨大さだ。中には荷物が積み上げられているだけで、それも隅のほうに乱立している程度。

 どこか別の出口はないかと、視界をめぐらす――

 ――背後から、爆発音。

「まったく、手間のかかることだ」

 その余韻の中に、声が混ざる。四人は、爆風で後ずさりしながら、振り返る。

 死神のような男が、その場に立っていた。

「嘘……」

 兄貴はどうなったんだ――悠緋は、動揺する胸中を抑え、男を睨みつける。

 入り口を破壊したのは、炎のようだった。何がどう作用したのかは分からない、白緑色の焔が撒き散らされていた。その中央に佇む男は、まさしく死神。むしろ悪魔か。

 白緑の火の粉が舞う。その熱が悠緋達にまで届いてくる。

 男は息が上がっていた。呼吸をするのも辛そうだ。体を覆っていた衣服も破け、焦げていた。苛立ち混じりに、男は歩む。

「さっさと殺してしまえばよかったのだな」

 奇妙で異様な迫力によって、悠緋達はその場に釘付けにされる。

 男は炎を引き連れて歩を進める。一歩近付くごとに、体が熱くなる。熱風が肌を煽る。

「あ、熱い……!」

 隣でそう呟いたのは、紗桐。見ると、その肌は赤く、火傷を起こしたときのようになっていた。悠緋と紗桐の前にいる真人と海瀬は、もっと酷いようだ。二人とも汗が出ないほど熱にやられている。海瀬にいたっては脱水症状を起こしかけ、その場に倒れこんでいる。

「腹いせだ、お前達も殺してやる」

「な――や、やめろ!」

 その言葉を聞いたとき、悠緋は我知れず走り出していた。あの時の、鴇のように。

 真人と海瀬の二人を越え、男に肉薄する。

「鬱陶しい……!」

 男が腕を振りかぶった。それは当たらなかったが、熱風が悠緋の体を持ち上げ、吹き飛ばした。数メートルも後方に吹き飛ばされ転がった悠緋は、すぐさま立ち上がる。が、体の傷が酷い。火傷までとはいかないが、赤く腫れ、地面にぶつかった衝撃で皮膚が裂けたところもある。頭痛とは違う、直接的な痛みに、身動きが取れない。

 その視界の先で、男が腕を振るう。

 真人の胸の前に手を当てる。その掌から閃光が迸った。白緑の小爆発。

「真人――!」

 まさしく。

 爆散した。

 体が、消し飛んだ。

 わずかに焼失を間逃れた四肢が、爆風によって散り散りになる。ぼとぼとと、鮮血と共に地面に落ちる。

 一瞬で、悠緋の親友が、この世から退場させられた。

 生じた爆風によって、紗桐の体も吹き飛ばされていた。位置は丁度悠緋の隣辺りだ。体を強かに打ちつけ、呼吸をするのも苦しそうにしている。

「ふん」

 男はそれだけでは終わらなかった。

 その傍らに倒れこんでいた海瀬を見下した。

 左足を上げる。

「やめろ――っっ!」

 悠緋の絶叫は、死神の耳には届かない。その思いの丈も、ぶつからない。

 形容したくもない音。

 その音が何を潰した音かを理解したとき、悠緋は自分が壊れると思った。

 壊れそうだった。

「かい、ぜ……」

 涙が、その瞳から溢れていた。だが、この惨状を引き起こした男が纏う熱風が、それが地面に落ちる前に蒸発させる。また、悠緋の目も涙の蒸発で痛む。

 涙を流すことさえ許されない。

 まさに地獄のような場景。

 男が歩いてくる。かつ、かつ、と。ゆっくりと、だが止まることはないその足の動き。死神の進行。

「お前は最後だ、亜城の少年」

 その一言で、悠緋は悟った。

 この男が、紗桐をも殺そうとしていることを。

 男の歩みが止まった。悠緋が顔を上げると、眼前には男が聳え立っていて、金色の双眸は悠緋を見下ろしていた。

 その一対の視線が、悠緋から紗桐へと移ろうとしたときだ。

 獄炎の騎槍が、工場の入り口をぶち壊した。




 中編でした。

 後編はいつもより長くなりそうです。いつ更新できるかは分かりませんが、よければお茶でも飲んでゆっくりお待ちください(何様


 天風御伽でした。

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