プロローグ
轟々と燃ゆる焔が、あらゆるものを焼き尽くす。
壁を形成していたコンクリートは圧倒的な熱量によって焼け爛れ、あまりの高温で白緑色になった炎が地面を這う。
それは、現代に再現された地獄の様相であった。
それは、見る者の人生に諦観と絶望を与える、業火であった。
それは――ある、一人の男によるものであった。
それを男と称していいのかは分からない。何故なら、それは、人間ですらないからだ。
人外にして法外、異様にして異質、人間界とは全く別の異界を巣窟とする――悪魔。
その中でも、佇むソレは、人外中の人外の、最高位クラスの悪魔だ。
見た目は、確かに人間のそれだろう。輝くような黒髪に、異様なまでに整った顔立ち、怜悧な双眸は、普通ではない容貌にしろ、人間であると分かる。人間のように、見える。
ただしそれはそう見えるだけで、中身は全くの別物だ。外見でソレを判断するのは、見当違いの的外れも甚だしい。
元からソレには、姿かたちなどという概念は通用しないのだから。
そして、今のソレの佇まいは、人間のそれだが決定的に違っているところもあった。
気配――の、ような。漠然としたものだが。
漠然と、しかし判然と、分かってしまう。
それの異様性が。
体から滲み出る圧力のような威圧感は、どのような姿の皮を被ろうと隠しおおせるものではない。
ソレは、口元を歪め、血色の唇を動かした。
その口から紡がれる言葉は、なんだったのか。
よく分からないままに、ソレは、突然と忽然と、姿を消した。
まさしく、消えるように。
ソレが通り過ぎ、残ったのは、白緑の焔と、地獄のような世界だ。
ソレが通り過ぎ、残ったのは――一人の、少年だ。
高校の詰襟は所々が焼け、ボロボロになっている。顔には濃い疲労と絶望の色。露出している部分は白緑の炎に撫でられ、赤く腫れている。激痛が体を苛む。
「くそっ……」
四足を地面について、何とか顔を前に上げていたが、ついに力尽き倒れる。呼吸は荒く、いつ過呼吸を起こしてもおかしくないような状態だ。
「くっ……そ……」
息の合間に放たれる言葉は、絶望を帯びていた。
大切なものを何も守れなかった、悲しみ。自分が何も出来なかった、悔しさ。
呪う。
無力さを――元凶のあいつを。
「みんな――――紗桐さん――――」
過ごした日々は、戻らない。
世界は、逆向きに回ったりしない。
何があろうと、何が起ころうと、関係なく進み続ける。
どれほど楽しかったときも、いつかは終わってしまう。
どれほど夢を見続けても、いつかは途切れてしまう。
それは、最初から決められていることで――
どうしようもない、ことだった。
「――――兄、貴……」
でも。
こんなに早く、終焉が来てしまったのは、おかしい。
どこがおかしい? どこからがおかしい?
決まっている――あの、悪魔のせいだ。
ヤツの所為で、大事な友は死に、想いを寄せた少女は死に――大事な、兄が死んだ。
オレは。
何をすればいい?
どうすればいい?
「……く、そっ……」
答えはとうに出ている。
だが、体は動かない。
死んだように、体が自分の言うことを聞かない。実際、死にかけているのだろう。体が、心が、冷たくなっていく。氷付けにされるように、体温が奪われていく。
腕を伸ばす。生への執着、まだ生きたいという強い願いが、限界の体を突き動かす。
嵐のように吹き荒ぶ激情が、体をかき起こす。
「まだ、死ねない――」
だが――
――その腕は、何も掴むことなく、地に堕する。
意識も、泥沼に引き摺り下ろされるように、ずるずると、下がっていく。
少年は、自分の非力を呪いながら、声にならない叫びを上げて、ついにその瞼を閉じた。
新シリーズです。
あらすじにも書いてあるとおり、不定期更新です。
……あまり言うことが思いつかない(汗
詳しくは、活動報告やブログを読んでください!