貧困化バスターズ こぼれ話 灯せ!希望の明かり
第1話 大衆心理
瀬戸内海はその日も穏やかだった。
始発の新幹線で東京を出て、岡山駅で特急に乗り換え四国に向かう。小杉漣一家の民宿がある四国中央部までは、一時間半ほどの乗車だ。
「隆のおじいちゃんが東京の大学を受験した頃は、船で瀬戸内海を渡っていたんだって」
漣が息子に語って聞かせた。
「この橋は一九八八年の完成だから、パパと同い年。ママはまだ生まれてなかったんだよ」
漣の父親の話によれば、高松港から岡山県の宇野港に連絡船が出ていた。高松で列車から船に乗り換える際、座席を取るため、みんな走っていたらしい。
「集団心理は怖いね。誰かが駆け出すと、釣られてダッシュする」
父親の感想だった。
漣のLINEに着信音があった。漣は急いでスマホをオフにした。
「パパ、今日は切り忘れてたの」
妻の明子の口調には少し咎めるようなところがあった。
隆にスマホを与えていない以上、親としてもよほど必要がなければ使わないという暗黙の了解が、夫婦にはあった。
第2話 ご招待
JRの駅でレンタカーを借りた。
明子が何かに気付いたようだった。
「買い忘れたものがあるわ。スーパーに寄りたいから、店の前で待ってて」
漣と隆は通りを見るともなく見ていた。
路地の奥に子どもたちが数人集まっている。
「何だろうね」
「ボク、ちょっと見てきていい」
隆がクルマから降りた。
「こども食堂だって。ご飯食べにきてるって言ってたよ」
隆はこの春、小学四年に進級した。
(ずいぶん好奇心が旺盛になり、積極的になってきたな)
漣は息子を頼もしく思った。
狸のタヌエ姐さんに、到着のあいさつに行った。
タヌエ姐さんは森のリーダーだ。若い頃、都会に憧れて東京に家出するも夢破れて帰省した、という人間顔負けの経歴がある。
隆は森の動物たちと遊びたいというので、漣と明子だけ民宿に戻る。後方でにぎやかな声がしている。
「ねえ。隆が言ってた、こども食堂の子たち、招待してあげられないかしら。きっと喜ぶわ」
クルマの中で隆から話を聞き、明子は考えていたようだった。
「そうだね。来週までに、三人でじっくり話し合い、今度、タヌエさんやこども食堂の関係者に相談してみようか」
今夜の宿泊客は大学の学生サークルだった。
アルコールが入り、いつまで経っても夕食が終わらなかった。
「空いた食器、片付けさせていただきます」
漣が覗いてみた。
議論している者、酔いつぶれて寝ている者、スマホを見ている者、さまざまだった。
「だから、それは矛盾。ダブルスタンダードなのよ」 その二人は口角泡を飛ばしていた。「だけど、完全無欠なんてものはないだろうから、たとえ確証が得られない物でも市場に出すのはありじゃないの」
「ボクが言いたいのは、九〇人に便利なものであっても残りの一〇人に害をなすようなものを市場に出していいのかってことなのよ」
「そこは消費者にも判断力が求められる。大丈夫。消費者は君が思ってるほど愚かじゃないよ」
議論はエンドレスのようだった。
「じゃ、ジョブズが自分の子どもにはⅰPADを与えなかったのは、自分の子どもを信頼してなかったということかい」
アップルの創業者故スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs 一九五五~二〇一一)が話題にあがっていた。
漣は議論の内容を自分に引き付けて考えてみた。
(あれは三人で話し合った末の結論だった)
隆も納得してくれた。
スマホを見ていた学生が立ち上がった。トイレのようだった。
「もう寝ようぜ。明日は早く起きて秘境観光に行くんだろ」
第3話 遊び指南
こども食堂の責任者は、母親がタヌエの森の近くの出身者だった。小杉一家のことは聞いていて、関心を持っていた。
「いいですね。子どもたち、外で遊ぶ機会が少なくなりましたから」 二つ返事だった。
タヌエ姐さんも否やはなかった。
「だけど、森や川の遊び、だれが教えるの。森のみんなは昔の子どもの遊びなんて知らない。私を含めて、若いもん。川遊びはまさかカッパのおじさんに頼むわけにいかないでしょ。カッパは伝説上の生き物だもの」
言われてみれば、そのとおりだった。
いつだったか、ツチノコの子どもが脱皮したものを市役所の職員が見つけ、大騒ぎになったことがあった。人間は目先の利益のためにほかの生命を平気で犠牲にする。
「タヌエ姐さん! ボク、鍼のおじいちゃんに頼んでみるよ」
隆は自信ありげだった。
鍼のおじいさんは近くの村の出身だ。村は過疎化でいち早く消滅し、その跡に動物たちが協力してコミュニティを作ったことで知られる。
都会で働いていたおじいさんは目を悪くし、鍼灸師の免許を取ってUターン、旧市街地で治療院を開いている。隆は喘息の持病があったので、一時期、四国にくるたびに治療を受けていた。
帰りに治療院へ寄った。
おじいさんは盲導犬・エヴァンの頭を撫でながら、漣と明子の話を興味深そうに聴いていた。
「いいねえ。自然の中で遊べば、子どもの創造力は伸びますよ」
「ボク、先生に昔の遊び教えてほしいな」
隆が頼むと、おじいさんの表情が一瞬、引き締まった。まさか、そんな要件で立ち寄ったとは思ってもいなかったようだった。
「困ったことになったぞ、エヴァン。仕方ない。もう一度、童心に帰るか」
第4話 異種交流
JRの駅の改札で、こども食堂のおばさんとひとりの若い男性が待っていた。先々週の宿泊客だった。
子どもの参加は一二人にのぼった。三台のクルマに分乗した。途中でおじいさんとエヴァンが乗り込んできた。エヴァンは子どもたちに人気だった。
全員が民宿の下の河原に集まった。
子どもたちはまず、タヌキに驚いた。森の動物たちを引き連れ、まるで学校の先生だった。さらに驚いたことに、タヌキは人間と言葉を交わし、笑っていたのだった。
漣が簡単にスケジュールを説明した後、順に自己紹介することになった。子どもたちが名前、学年、家族構成などを話すと、動物たちはニコニコしながら聞いていた。子どもたちも動物たちの言うことが理解できた。
いつしか、人と動物の壁はなくなっていた。
漣と明子、こども食堂のおばさんが河原に鍋を運び、カレー作りが始まった。タヌエ姐さんは動物たちの食事を作る。まさか、動物にカレーを食べさせるわけにはいかなかった。
子どもたちと森の動物たちが、おじいさんの周りで輪になっている。
「これが茅だよ。ひとつだけ、気を付けてほしいことがあるんだ。葉の先に向かって撫でるのはいいけど、逆に撫でてはいけない。小さなトゲがいっぱいあって、手が切れるからね」
おじいさんは茅の葉をみんなに触らせる。
「じゃあ、舟を作ろうか。よく見ててね」
おじいさんは茅の葉を短く切り、両端を折り曲げた。手を器用に動かしていたかと思うと、小さな舟ができあがった。学生がじっと動きを観察していた。
おじいさんが小舟を川に浮かべる。小舟がゆっくり流されていく。どよめきと拍手が起きた。
「次はみんなで作ってごらん。困っている人がいたら助けてあげてね」
学生がおじいさんの目の代わりになって、みんなを見て回る。
川にたくさんの小舟が流れて行った。
「はい。今度は茅の飛ばしっこをしよう」
おじいさんはまた、茅の葉を短く切った。先の方に両側からざっくり切れ目を入れ、元の方は左右を後ろに向けて折った。
「このシッポの部分が大切なんだよ。これがあるから空気に乗って遠くまで飛べる」
おじいさんは茅を左手に構え、右手の人さし指を葉の下に当てて前方に突き出した。茅は弓の矢のように、勢いよく飛んだ。
また、どよめきと拍手が起きた。
「こんどはみんなでやる番だよ。絶対に葉の細い方を先にしないこと。手が切れるからね。それから、誰もいない方向に飛ばすこと。分かったかな」
飛ばしっこをした。結果は年齢や体格に関係がなかった。チャンピオンになったのは、二年生の女の子だった。
第5話 変幻自在
カレーの匂いがしてきた。カレー鍋の前に行列ができた。
(なつかしい匂いだ)
タヌエ姐さんは大きく息を吸った。
家出して東京に行き、最初は公園で寝泊まりした。
お腹が空いて残飯を漁った。本気で仕事を探し、やっと安酒場の店員に採用された。店の二階に泊まり、近所の食堂のカレーの匂いで昼前に目が覚めた。
毎日、カレーを食べた。公園時代はダブダブだった洋服がパンパンになった。
「そろそろ、おいしいタヌキ汁になるなあ」
などと、酔っ払いによくからかわれた。
(イノシシに変身してもええんじょ。シシ鍋も美味いで)
口から出かかったこともあった。タヌエには徳島の豆ダヌキの血が流れていた。
「タヌエさん。大丈夫ですか」
学生の声で我に返った。
タヌエの鍋の前には誰もいなかった。
「こら、どこに並んでるの。森のみんなはこっちでしょ」
タヌエ姐さんの声に、森の動物たちがいっせいに振り向いた。
第6話 届かぬ弱者の声
食事の後、森へ出かけることになっていた。
「おみやげ、いっぱい持ってきてね」
おじいさんが子どもたちに言った。
「おじいちゃんは行かないの。じゃあ、エヴァン、連れてっていい」
隆の言葉にエヴァンが反応して、立ち上がった。
動物たちが得意になって先導する。
森には見た目は同じようでも、食べられる物と人間が食べてはいけない物があることを教えられた。大きくて真っ赤なイチゴは中が真っ白で食べる気もしなかった。
「ヘビイチゴだよ」
タヌエ姐さんが教えると、投げ出した子もいた。学生は大笑いしていた。
小さなピンクの粒々のイチゴは甘酸っぱく、いくらでも食べられた。
栗はリスが皮を剥いてくれたので食べてみるとおいしかった。
ドングリは動物の好物ではあっても人間は食べられなかった。しかし、ポケットにいっぱい拾った。後でおじいさんがコマを作ってくれることになっていた。
漣と明子、おじいさん、こども食堂のおばさんが一息ついていた。
「こども食堂の経営は大変でしょうね」
漣が労った。
「ええ、国や地方公共団体の助成金、民間の寄付など徐々に支援体制が整ってはいます。それでも、まだまだ不十分ですし、物価高騰が追い打ちをかけています。スタッフはボランティアであり、心が折れそうになることもしょっちゅうです。救いは子どもたちの笑顔です。幸せそうに食べているところを見ると、なんとか踏ん張らなければという気持ちになるのですよ」
こども食堂のおばさんはため息をついた。
「貧富の差が広がり、二極化していますよね。一日三食きちんと食べられない子どもたちがいるというのに、聞こえてくるのは威勢のいい声ばっかり。政治家は大言壮語の前に、もっと足もとを見つめてほしいわ」
明子がバッサリ斬った。
「確かに。弱い部分にしわ寄せが行ってる。福祉や医療に限っても、内実は破綻しているのに、制度に巣くい、しがみつく者ばかりです。貧困化の極みですね」
おじいさんも厳しい口調だった。
第7話 セーフティネット
隆とエヴァン、学生が森からの坂道を下ってきた。後に子どもたちと動物たち、そしてタヌエ姐さんが続く。
「先生。ボクがドングリのコマ作り、教えてもいいですか」
学生が申し出た。
「お願いね。助かるよ」
おじいさんが礼を述べた。すかさず、漣が立ち上がり、錐と楊枝を取りに行った。
学生と子どもたち、動物たちの声が周囲の山に響く。絶えて久しかった光景だ。
漣の父親は戦後のベビーブーム世代だった。田舎でも一学年六〇人超の生徒がいたらしい。やがて、高度経済成長により村から人口が都会へ流出し始めた。残ったのは高齢者だけだった。一人亡くなり二人亡くなり、ついには漣のおばあさんが亡くなって、村が完全に消滅した。あれからでも、すでに四〇年近く経過していた。
「先生が言われた貧困化ですけれども、百年待ってもストップはかからないでしょうね。まさに『百年河清を待つ』です。ですから、私たちにできるのは今生きてる子どもたちの心に、灯をともしてやることくらいですね」
漣の言葉に明子、おじいさん、こども食堂のおばさんは大きくうなずいた。
「お疲れ様です。みんなそろいました」
タヌエ姐さんが呼びにきた。別れのセレモニーだった。
おじいさんとこども食堂のおばさんの足取りは重かった。漣と明子は次回の企画で目を輝かせていた。
[本編詳細はこちら]
https://ncode.syosetu.com/n5587kb/13/
キッズ版 https://ncode.syosetu.com/n5587kb/14/




