2話 大天使ミカエル
突如神秘的なシャンデリアの光がふっと消えたかと思うと眩しい光が会場を覆った。
さすがの私でもこれには足を止めて振り返る。
光が収まったのを感じて、目を薄っすらと開けるとシャンデリアの光は元に戻っていたが、鮮やかな朱色の髪を高い位置で結んで、白い服に黒いスタイリッシュなズボンを履いた14歳くらいの女の子が会場の中央に立っていた。
でも帯剣して、銀糸で刺繍が施されている白いマントを羽織っているその子は、明らかにこの場では異質だった。
「えっ…」
私から気の抜けた声が響くが、誰もが動けないし何も言えない。その女の子の魔力が多すぎたのだろう。大精霊を召喚できるほどの膨大な魔力を持つ私でさえ、手が震えるほどの大きな魔力だ。
王族も平民と比べて5倍ほどの魔力量が遺伝されているはずなのに王妃様も国王陛下も、元婚約者も動けない。
玉座の方を向いていた彼女が、ゆっくり振り向いて私に目を向ける。
そのエメラルドのような綺麗な翠の瞳をじっと見つめてしまう。
彼女は白い光に包まれて、羽ばたく音がした気がした。
その姿は神々しく、誰もが息を呑んだ。
そのまま体感で数十秒が経った頃、初めて彼女が言葉を発した。
「やっとだ〜〜〜〜〜〜!!!!」
あまりに神々しい登場だったのに、神聖さのかけらもない声だった。
まるで子どもと大人の間の可愛らしい声と共に花が咲くように笑みを浮かべる彼女に何も言えなくなる。
「あの馬鹿からようやく離れてくれたぁ!ウンディーネちゃんまじ感謝!!」
その瞬間、私の守護霊である水の大精霊、ウンディーネ(私はディーネと呼んでいる)が現れた。水しぶきを上げながら登場するその姿は本当に美しい。透き通る水のような淡い水色にタンザナイトのような瞳。高身長で出るところは出ている紛うことなき美女。前にあの馬鹿がディーネに惚れて騒動になった事あるっけ?ディーネは現れた女の子に膝をつく。
「お久しぶりです。急な報告、お詫び申し上げます。」
ディーネはいつも気安い話し方なのにめちゃくちゃかしこまってるし!なんか怖い…
「別に気にしないで〜いやぁ、まじでこの二人が別れてくれて助かったわ。この子を勝手に連れていくといろいろ面倒っぽいし」
この子、なんか前世っぽい話し方するなぁ。
「じゃ、ちょっと早速で悪いけど、ついてきて!」
未だに動けなかった私の手を掴んでグイグイバルコニーの方に引っ張っていくその女の子。華奢なのに力強すぎるって!!
「じゃあ、人間の王様〜?この子借りてくね〜!」
「え!?いや、ちょっと…」
「んじゃさよなら〜!」
その子が私の手を掴んだまま、バルコニーから飛び降りた。当然私も一緒に落ちて、体全体がふわっと浮く感覚に包まれる。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
乙女とは思えない声を出しながら女の子に掴まれたまま落ちる私。
夜会の会場って3階とかだったよね!?一瞬だけ、バルコニーに駆け寄ってこちらを見下ろす人が見えたけど、すぐに光に包まれて見えなくなってしまった。
まじで何が起こってんの…?
***
「いたたたた…」
頭を抑えながら目を開ける。不思議と体に痛みはなく、むしろ羽が生えたように軽やかだった
周りを見渡すと、白を基調としたお城のような空間。螺旋階段とかがたくさんあってそれぞれがたくさんの扉につながっている。
「ここは…」
「あ、目が覚めた?」
後ろから声がして振り返るとさっきの女の子。でも白いシンプルなふわふわしている服を着て、背中には白い羽が4本生えていた。
「ごめんごめん。まさか気絶するとは思わなくてさ。」
「反省してください。オリヴィアは私の半身なんですから。」
「はい。すみませんでした。」
ディーネは召喚のときに着ていた大人っぽいマーメイドラインドレスの姿だった。ディーネはおしゃれに興味があったから7年ぶりの服装だった。
「ここはどこ?ていうかまずあなたは誰?ていうかなんで私も着替えてるの!」
私は白い肩出しのワンピースだった。着心地は悪くないけど
「じゃ、まず自己紹介から。」
女の子がしゃがんで私と視線を合わせる。
「私は大天使ミカエル。戦いを司る天使。聞いたことある?」
「神話の大天使様!?」
つまりこの少女は、神話の中で語られる伝説の天使——それが現実に存在しているというのか。
大天使ミカエルといえば、聖書のヨハネの黙示録で悪魔と戦う天使軍の総帥として登場する、人間の守護者として神殿や協会に祀られている天使で有名だ。
同じく大天使であるラファエルとガブリエル、そしてミカエルで三大天使として崇められていたわ。うちは信心深い家だったから絵本の代わりに聖書を読み聞かせられてた。
「そうそう〜。大天使でーす!」
「いや、ノリ軽すぎでしょ!?」
「私はそういうの気にしないんで。それでここは世界の狭間って感じかな?この扉の先にそれぞれ世界がある。本当は人間には来れないんだよ?無理やり連れてきちゃったけど。」
ミカエル様?が指を指した先にも扉があった。
「そんな簡単に誘拐していいんですか?」
「ん?あーいいのいいの。神殿には信託を出しといたし、もう平民になったんでしょ?」
誘拐するってところ、さらっと肯定したな…そして神殿に信託をだせるのか?
「平民にはなったけど…」
「それでさ、大変申し訳無いんだけど、私の仕事のお手伝いをしてほしくて…」
「え?またブラックなんですか?」
またブラックな環境はいやだよ?
「私がブラックだから手伝って〜!できる限りブラックにならないように考えるわ〜」
「ミカエル様…それは信用できませんよ。」
「いや、様付けしないで〜ミカでもエルでも〜」
「わ、わかった。エル?」
「何?」
「エルのような大天使が追い詰められるほどってどういう事ですか?」
「まあ目的地に向かうから移動しながら喋るからついてきてね。」
エルは階段を降り始めるけど、振り返って真顔で宣言した。
「絶対離れないこと。迷子になったら二度と見つけられないと思うから。」
「ヒェッ」
「手、繋いどこ。」
「は、はい…」
同じくらいの身長で全く実感は沸かないけどそれでも大天使と手を繋いでいると知るとうちの家族発狂しそうだな。もう家族じゃないけど。
それにしても弟ともう家族じゃないっていうのがちょっと嬉しい。あのクソガキはこっちが忙しいときに両親に甘えていることとかをマウントを取るように手紙にして送ってきてたからね。
『このクソガキ!』
というのをオブラートに包んで(?)手紙を返した。変身は一ヶ月後だけど。
「私は、まあ天使軍の隊長っていうのをやってまして、いろんな世界を警護しているんですよ。」
天使軍…悪魔を倒したというあの?
私がいた世界で言う近衛兵かな?
彼女が階段を降りるたび、羽から光が零れていてピカピカしているので集中できないけど。
「それで私も、数ある世界の中で、何個かの世界を管理する天使の一人なんですよ。人間で言う貴族が領地を治める的なやつ。アレの世界何個か規模。」
「一気にスケールデカなった!?」
世界何個かってやばくね…?
「そうそう。世界の天気とかも全部主導で決めたり、魔物の発生を抑制したり、資料を作って最高神様に提出したり…あと若い天使にそういう教育として研修したり…部下の後始末もしなきゃいけないし…ああ、私の平穏は一体どこに…」
「つまり世界の狭間には無数の扉があり、それぞれがひとつの世界に繋がっている。あなたはそのいくつかを担当していて人手が足りてないってこと?」
「そーゆーことー」
「ブラックだね〜」
「ブラックだよ〜」
エルは軽く返してくるけど軽く返せることじゃない気が…
「そんなブラックな環境に私を放り込むないでよ」
「うう〜そんな事を言われたって〜」
私だってお人好しでは無い。対価も無しにブラックな環境に置かれるのは嫌なのだ。
「っていうかただの小娘に大天使様の仕事の手伝いなんてできないよ?」
「いや、慣れたら早いから。それにオリヴィア…ヴィアちゃんは前世と今世で書類仕事は得意でしょ?」
いやいや、無理だろとでも言いたげな私の視線を感じたのか、エルは続けた。
「じゃあ週4で資料整理だけでも良いから〜屋敷に無期限で滞在してもいいし、料理も自由だよ〜。甘いものとかもたくさんあるよ〜…」
かなりの好条件に私の心が揺れ動く。家賃無しはありがたいし、何より甘いものに目がない私にとっては天国のようなって天使がいる時点で天国だわ
「他には?」
「う〜…人間界の通貨を神殿に貢がせるか。」
さらっとやばいことやるじゃん!?
「もしこれで時間に余裕ができるようになったら好きな世界に連れて行って上げるから〜!本も有り余るほどあるから〜!!」
前世学生時代はボッチの本の虫だった私にまたもやクリティカルヒットが当たる。
「1ヶ月間お試しでもいいから入って〜…」
「家賃は無しだよね?」
「はい…」
「お菓子食べ放題なんだよね?」
と私はまた質問する。こう言うので騙されたくはないのだ。
「はい…」
「本も読み放題なんだよね?」
「仕事さえしてぞんざいに扱わなければ…」
エルが条件を出してくるけどそこはまあ許容範囲内!おっけーおっけー…
「収入は?」
「人間界の通貨がわからないけど、取り敢えず神殿に…」
「いやそれはやり過ぎだから。」
「じゃあ天界の通貨でいっか。」
「天界の通貨?」
「うん。戻ったときに神殿に寄付すれば相当なお金は稼げるんじゃない?」
私の目がお金の色になる。その時エルについてきてもらえれば信憑性アップでかなり稼げるはずだ。
「好きな世界に関しては?」
「もし時間ができたらどこでも。好きな素材とか集めてもいいし、魔石とかゴロゴロある場所に行けば良いんじゃない?」
こんなに好条件が揃っていて拒否することはできない。
「じゃあ取り敢えずお試し期間1ヶ月で!」
「ありがと〜!」
エルが涙ぐんでいる。そんなにブラックだったのか?
「じゃあこの扉が私達が住んでいる世界である天界だよ。」
エルが一つの扉の前で立ち止まる。それは他の扉と比べて二回りほど大きい扉で、私よりもエルよりも大きかった。
「ワオ」
「まあそうなるよね〜じゃ、入るよ。」
そうやってエルは扉を簡単に開けて中に入ってしまった。光のカーテンのようなもので先の景色は見えなかったため、思わず目を瞑って中に飛び込んだ。




