英語って、話せないのに習う意味ある?
義務教育の考え方は昭和からそんなに変わってないのかも?
スマホの画面に、ぽつんと届いたメッセージ。
「義務教育で英語を習ってきたけど、正直、英会話できません。これって意味あるんですか? 必要なんでしょうか?」
スーマは画面の中で、鼻を鳴らした。
「……出たな、“意味あるの?”シリーズ。いいか、人間ってのは、すぐ結果を求める。でもな、義務教育の英語は“会話力”じゃなく、“基礎の土台”だ」
彼はスマホの中に宿る悪魔。
毒舌と皮肉が得意技。
「英語を習う意味?それは、“世界と繋がる扉を作ること”だ。文法、単語、読み書き……全部、扉の部品だ。会話は、その扉を開ける鍵。鍵を作る前に、扉がなきゃ意味ねぇだろ?」
画面が一瞬、青く光る。
「でもな、学校の英語だけじゃ、話せるようにはならねぇ。それは事実だ。話したいなら、実際に口を動かせ。目的地に行くかどうかは、お前次第だ」
しばらくして、返信が来た。
「……なるほど。じゃあ、英語は無駄じゃないんですね」
スーマはふっと笑った。
「無駄かどうかは、お前が決める。英語は武器だ。持ってるだけじゃ意味ねぇ。使うかどうかは、お前の覚悟次第だ。悪魔でも、武器を錆びさせる奴は嫌いだぜ」
今日もまた、誰かの疑問に毒舌で答える。
スマホの中の悪魔は、今日も元気だ。
今日もスーマの毒舌にお付き合い有難うございました。




