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何でも屋「スケープゴート」をどうぞご贔屓に!  作者: ねんねこ
1話:よくある探し物のお仕事
8/10

08.午前の探索(3)

 ***


 宿を出て行く真白とグレンを見送ったアルブスは、そのまま踵を返し宿の中へと舞い戻って来た。

 調査するのは閉鎖された隣の部屋だからだ。


「見送りかい? 仲良いんだな、あんたら」


 一連の出来事を最初から最後まで見ていた民宿の主人が感心したように言葉を投げ掛けてきた。確かに傍から見ると仲良し同僚に見えるのだろう。

 口下手且つ高圧的な振る舞いが目立つアルブスは、その世間話に返す言葉を持たなかった。無駄話をするような仲になる為にはそれなりに時間が必要なタイプだからだ。

 結果として店主をジロリと睨み付けただけになってしまったが、彼はそんな事では怯まなかった。返事のないアルブスに対し、重ねて言葉を並べる。


「あんたは出掛けなくていいのか?」

「……ああ。車酔いでちょっとな。休憩を」

「そ、そうかい? 元気そうに見えるが……?」


 ――体調不良の演技なぞ、やっていられるか……。

 事実元気なので、店主の指摘と疑問は正しい。何かを演技するだとか、思ってもいない事を口にするのだとか。苦手でしかも重要には思えない性分なのだから仕方がない。


「あーっと、車酔いの薬なら持っているけどいるか?」


 薬、という単語にアルブスは眉根を寄せて怪訝そうな表情を浮かべた。

 この村にまともに動きそうな車があるのかは分からないが、村人全世帯に1台あるようにも見えない。まとめて数台保管しているのが関の山だ。

 であるのにも関わらず車酔いに関する薬を当然のように持っている――何の薬か分からない。拒否一択である。


「結構だ。薬に神経質な体質だからな。要らぬ迷惑はかけたくない」

「おっと、なら飲まない方がいいな」

「ところで店主よ、ここにはよく人が立ち寄るのか?」

「人魚の生簀に行く、通り道としてならたまに人が来るなあ。そんなにいい湖なのかね。俺にはあまり魅力が分からないが」

「……そうか。では、私は部屋で休む。見て分かると思うが神経質な人間なのだ。足音など配慮いただけると助かる」

「お、おう……分かったよ。まあ、神経質そうだよね。にいちゃん」


 2階の探索に際し、なるべく店主が来ないよう誘導する意図でそう口にしたが――とんでもない高慢ちき野郎になってしまった。どうでもいいが。

 さっさと2階へ戻り、探索をスタートする。

 部屋に入った感を出す為、一度割り当てられた自室のドアを開閉。中へは入らず、忍び歩きで閉鎖された隣室へと忍び込んだ。鍵などは掛かっていない。不用心である。


「成程。3ヵ月で修繕できなかった訳か」


 前に客が来たのは3ヵ月前。村人の面子に部屋の修復が出来る者はいないようで、放置されているのだろう。

 改めて閉鎖部屋を見回す。

 成人が暴れたような凄惨な痕跡があちらこちらに見て取れた。

 破壊された窓にはビニールシートが貼られ、クローゼットの右ドアには足でぶち抜いたかのような穴。姿見は割られている。鏡の破片は片付けたようだ。

 壁の染みとなっている血痕は何度か拭き取ろうとした努力が見られるが、血の汚れを落とすのは存外難しい。何度か試して放置したのが丸わかりである。


 ポケットからビニール手袋を取り出したアルブスは室内を慎重に検分し始めた。

 フローリングに死に物狂いで爪を立てたような跡は部屋の外へ続いている。何か身に危険が起こって抵抗したのだろう。人間の爪はそう鋭くはないが、火事場の馬鹿力で爪が剝げるまで思わぬ力を籠められる事だってある。

 流石にフローリングには血痕が残っていないようだ。主にカーテンだった物、壁紙に付着した汚れが落とせなかったと見える。


「掃除の努力は怠ってはいない、という訳か。しかしまあ、このような部屋がある時点で……」


 部屋の修復、クローゼットの修理、フローリングの傷消し。

 これらの作業に外部の業者を呼ぶのだろうが、血痕と破壊跡で呼べず。今日に至る。それがアルブスの憶測だ。


 ***


 時は正午。

 真白は教会から帰還し、他2人と共に部屋へ集まっていた。今から報告会である。

 簡単に3人が見聞きした事を全員に共有。そうして得た情報を吟味するのがお馴染みの流れだ。

 一通りの報告を終えた後、渋い顔をしたアルブスが溜息を吐いた。


「祭……祭か……」

「かなりキナ臭いな。タイミングが本当に良過ぎる上、帰って来ない旅行者が稀に出るという事実。ただしまあ、悪い事ばかりでもない。何せ向こうが合法的に提示してくれた村の滞在2日目の口実になる」

「調査時間を増やすのであれば、こちらにとっても都合がいいのか」


 まあでも、と真白は今までの仕事で起こった数々の経験を思い出しながら呟いた。


「この祭りで収穫されるの、私達の命と健康な身体の可能性ありますけど」

「ありそうなんだよな……」


 ならばそれでよい、とアルブスが鼻を鳴らす。


「魔導書を祭の為に持ち出すかもしれぬ。むしろ、ブツを回収しやすくなった可能性すらあるぞ」

「そうだろうか。祭などという村人の目がどこにでもありそうな状況で、祭具扱いの魔導書を回収するのは至難の業だぞ。第一にこの村は「 」を信仰しているのか?」


 グレンの言葉により、真白は教会について記憶を手繰り寄せた。

 何を信仰しているかなど、近場の教会を覗くのが手っ取り早いのである。


「見た感じ、こう……地に足がついてない感じのある内装でしたよ。「 」信仰者の傾向とは一致しますね。何を奉っていいのか分からず、右往左往している感覚が」


 神格存在「 」。名前すら分からないのに存在が認知されている、ミーム的な存在。

 名前すら分からないものを崇め奉ろうとして失敗している組織など掃いて捨てる程にいるだろう。何も分からない神。

 あるものは汎用的な信仰の形を示し。

 あるものは姿を現すと信じて過激な信仰の形を示す。

 そうして隣の神秘屋は「 」に関する全てを集めて、そうして「いない」事を証明したいようだった。


 この村はどうだろうか。教会の寂し気な佇まい、祭りは神に捧げるイベントなのだから、収穫祭も神由来だろう。「 」が収穫祭など開催されて姿を見せるとは到底思えないのだけれど。

 アルブスが迷惑そうに顔をしかめる。


「「 」の信奉者共は何をしてくるかまるで分からん。狂人連中だ、相手をするのが面倒だな」


 それもそうだろう。何せ、その信仰者たちですら神に何をするべきなのか知らないし、分からないのだから。


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