04.辺境の村
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翌日の早朝。
件の村へと出発する為、指定されたメンバーである真白、そしてグレンとアルブスも使用する社用車の前に集まっていた。出発と定めた時間の10分程前である。
「おはようございます。車で目的地までどのくらい掛かるって言っていましたっけ?」
移動時間は好まない上、軽自動車に3人すし詰め状態。なるべく早く着くようにと祈りながら真白は問い掛けた。
スマートフォンに入っている目的地を確認したグレンがややあって残酷な数字を口にする。
「麓の町まで6時間半。そこから村へたどり着くのに1時間――道が悪いらしいからな。安全運転で1時間半は見た方が良いだろうな」
「遠いなー……」
「遠いで思い出したが、お前は運転が得意な方だったか?」
などと明らかに疑いを孕んだ視線で問われ、素直に首を横に振った。
こんなところで見栄など張るものではないからだ。
「私はすぐに車をぶつけるし、駐車も出来ない上、狭い道だと脱輪する恐れがあります!」
「グレン。麓の町とやらまでは真白になるべく運転させ、道が悪くなったところで交代しろ」
「そうなるだろうな。おい、運転――あ、いや待て。お前、お前またどうせ寝起きだろ。真白! いい、いい! アルブス、運転席に乗れ」
溜息を吐いたアルブスが運転席へと乗り込んだ。
助手席にグレンが座った為、真白は後部座席へと乗り込む。全員が車内に収まった為、運転手が慣れた手付きで車を発進させた。危なげなくスケープゴート専用の駐車スペースを出る。
「町に着くまでにも道に迷いそうだな。町で宿を取って、翌日に村へ入るか?」
カーナビをチラ見したアルブスの提案に、グレンが難色を示す。
「予算を使い過ぎると、久墨さんが悲しむだろうが!」
「ハッ! あれがその程度の予算で悲しむような奴か? 社用車をボコボコに凹ませた方が悲しむだろうよ」
「だから村までの道は俺が運転すると言っているだろうが」
「忘れたのか? 私は運転が好きではない。当然、数時間後には真白へ運転を押し付ける。奴に運転させてみろ、倍の時間が掛かるかもしれんな」
「……クソ。町に着いた時の時間で決める」
「おお、賢明な判断ではないか。珍しくも」
――嫌だなー、嫌だなー。もう険悪なムードだな……。
後部座席でなるべく気配を消していた真白はぐったりと溜息を吐いた。もう仕方がないので、運転交代まで眠りの世界へ旅立ち意識を落としておくしかない。
即座に瞼を下ろしたが、見越していたかのようにグレンから不意に声を掛けられた。
「おい。それで、昨日は結局、諜報から村の情報を貰えたのか?」
「貰えましたよ。ああ、今のうちに共有しましょうか」
「ああ。頼む」
スマホにメモとして書いておいた内容を開く。忘れっぽい自覚はある上、諜報チームに何度も同じ話を聞く訳にはいかないのでメモを取っておいたのだ。
「今から私達が向かう村は麓にある町から山へ入った奥地にある、名前もない小さな村です。近くに人魚の生簀っていう湖があるんですけど、ここへ行く為の中継地として利用する方がたまにいるみたいですね。村が有名なのではなく、観光名所へ行く時の休憩地という位置づけです」
「成程な。だからそれなりに認知されているのか。この住人以外誰も住んでいなさそうな規模感の村が」
「諜報チームに調べてもらいましたが、何だか新しく出来た村みたいにチグハグな情報が出て来るそうですね。元々いた住人がいなくなった後、新しい住人が入ったみたいに。それと久墨さんが言っていた、たまに人が帰って来なくなる話ですが。
――周期があるそうです。失踪者が出て3ヵ月は次の失踪者が出ず、それを過ぎた後に来た者が消える……みたいな」
報告を聞いたアルブスが鼻を鳴らす。ただし、運転手なので視線は前へと固定されたままだ。
「お前は諜報を顎で使えていいな。3ヵ月に一度、「 」に捧げる贄が必要――などというありがちなオチでなければいいが」
「あり得そうですよね!」
カルト集団などそんなものである。
なお、神格存在と明確な繋がりがあれば、要求された生贄を用意出来れば微々たる見返りがあるのかもしれないけれど。この小さな村にそういった素養があるとは思えないのが正直な感想だ。
「そうだ。それと補足情報ですけど。この村、相当電波が悪いらしいのでスマホでの連絡に支障が出るかもしれません」
「また面倒な……小さな村とはいえ、はぐれて合流するのに連絡が取れないと時間が掛かるのは明白だぞ……」
アルブスはうんざりとしている。
ぶつぶつと文句を垂れる筋肉ダルマを無視し、グレンが問い掛けてきた。
「村の住人はどうだ? 歓迎されるのか、追い返されるのか」
「凄く歓迎してくれるらしいですよ」
「嫌な情報だ。俺達が停泊したところで、住人に大した利益は無いはずだからな。かといって、敵対的な態度を取られるのも困るが」
「魔導書と人を招く気質の名前すらない小さな村……うーん、役満ですね」
限りなく黒っぽい様相だが、まだ村に踏み入ってすらいない。何事も起こらないよう今の内から祈っておくとしよう。
祈った事などほとんどない神にポーズだけの祈りを捧げていると、文句を言っていたアルブスが現実へ帰って来た。
「グレン。危険物の個人所持はどうする? 村人が急に襲ってこないとも限らん」
「……先に言っておくが。基本、殺人や傷害は御法度だからな。一般人は法に守られているのだから」
「分かっておるわ。その先の話をしている。連中がカルト集団的存在で、一戦交えてもよい場合の話を」
やや考え込んだグレンはしかし、やがてすぐに回答を寄越した。
「折りたたみ式ナイフは所持。十徳ナイフと言うんだったか? 最悪、所持がバレても言い訳が出来るものは持ち込み可としよう。当然、安易に使うなよ」
「順当か。真白はどうする? 銃くらい持ち込ませてはどうだ? 回収物だけで済みそうにないぞ、今回は」
ミラー越しにアルブスと目が合う。悩む素振りを見せたグレンだったが、こちらに対してもやがて回答を述べた。
「久墨さんに今月の出勤日の件で念を押されている。真白、お前は拳銃だけこっそり持ち込め。弾も幾つか持って行っていい。が、バレれば警察に突き出されてとんでもない事になる可能性があるのを忘れるな」
「了解です。まあでも、その警察が到着するのにも時間が掛かりそうな立地ですけどね」
「逃げる時間はあるという訳か。そもそも、武器の所持がバレれば何をされるか分からないからやはり見つからない方がいいが」
見つかればお仕事失敗になりかねない。チャカの持ち運びは慎重を期さねばならないだろう。
車の床板を浮かせ、中からブツを取り出しながらその重みに溜息を吐く。
先人2人の心遣いである訳だが、それにしたっていつも――いつまで経っても思っていたよりずっと重いのだ。この拳銃なる人殺しの道具は。
「――一応、村へ入る時のカバーストーリーを考えて来た」
「わあ、マメですよね。グレンさん」
カバーストーリーとは。
現地へ到着した際、来た理由やら何やらを問われた時に応じる大嘘の事である。馬鹿正直に仕事で来た神格存在と関り深い何でも屋のスケープゴートです、などとは名乗る訳にいかないのだ。
つまり今のうちに口裏を合わせて、周辺事情について聞かれた際に全員バラバラの答えを口にしないようにしよう、というグレンの周到な準備である。
「俺達はIT系企業の会社員で同僚だ。秘境巡りが趣味で、今回は有休を合わせて人魚の生簀を目的地とし、この村で休憩している――という事にするぞ」
「異論ない」
逆に大雑把なアルブスがどうでも良さげに賛同の意を示した。
そんな彼を無視、グレンは淡々と言葉を続ける。
「ただしこのストーリーには一つだけ重大な欠陥がある。この理屈だと、村へ滞在して不審がない期間が1日になる」
「ふむ。だが妥当――どのみち、この村に長期滞在する正当な理由など思い付かん。魔導書が見つからなければ、誰かが負傷または病気となり動けなくなった、などと後から付け足せば問題あるまいよ」
――何故だろう、またもやアルブスと目が合う。
どうやら、1日で仕事が終わらなかった場合、負傷するのは真白自身になりそうだと直感的にそう悟った。
そしてそれはグレンも同じだったのか。ちょっとばかり申し訳なさそうな表情を僅かに浮かべ、先程とは打って変わって優し気な言葉を投げ掛けて来た。
「真白……運転交代まで、仮眠を取っていて構わないぞ」
「生贄、私かー……スペックが低すぎるから仕方ないですけども」