01.何でも屋へようこそ!
高い天井に色とりどりのステンドグラス。
配置された椅子とテーブルが一緒になったようなあれ、チャーチチェア。
教壇、二足歩行でもしているような体勢の山羊の像――まさに聖堂、と言った調子の建物内にて。
「――今日、依頼が来ているんですか?」
少し間の抜けたような八木真白の声が高い天井に反響する。
自分自身と職場の先輩である男しかこの空間にはいないので問題は無いが、ここが文字通りの聖堂であったのならば顰蹙を買ったであろう声量だ。
真白の大き目の声に眉根を寄せた先輩――グレン・メイウッドは問いに対し頷きを返す。
彼は本当に顔が良い、イケメンであるので声が大きかったせいでそうなった憂い顔も様になっている。
「俺の予想だが、久墨さんに呼ばれているからそうなんだろう。早くしろ、久墨さんを待たせるな。鞄などその辺に放っておけ」
「ええ!? いや、財布とか入っているので。ロッカーに置いてきます」
「何? だいたい、来るのが遅すぎるだろ。今何時だと思っているんだ」
「始業の5分前ですね。5分あればロッカールームまで二往復はできるので大丈夫です!」
「ゴチャゴチャ言っていないで、行くなら早く行け」
「グレンさんが話しかけて来たんですよね? まあ、いっか……」
細かい事は気にしない真白は踵を返し、聖堂の裏へ続くドアを目指して走り出した。
この建物は教会をリノベーションしたものなので、こうして色々と宗教関連の物が置いたままになってはいるが、職務内容は特に宗教とは関係ないものだ。
何でも屋・スケープゴート。
知る人ぞ知る、高級何でも屋。言葉の通り、『なんでも』依頼を承るのが我々のお仕事なのである。
そして何でも屋の家主もとい店主が先程も名前が出た屋宜久墨その人という訳だ。
ボスにお呼ばれしているので、グレン程ではないが急いで支度をするべきだろう。
***
支度を済ませ、久墨が待つ会議室へ。これも元は聖堂の奥にある用具部屋とかだったりしたのだが、今ではすっかり片付けて室内だけを見れば会議室と言える状態になっている。
そんな室内には既にグレンと自分を除く2人の男性が鎮座していた。
一人は招集をかけた張本人、屋宜久墨。
黒い短髪に鋭すぎる目付き。加えて本人はどの遺伝子が作用してそうなったのか、育ち過ぎた身長と子供に恐がられる要素満点だ。ついでに30代の威圧感もある。
なお、本人は分類としては気さくと称される性格をしている。
そしてもう一人は実質的には真白と同期である男、アルブス・カペル。
こちらも大層人相が悪く、不機嫌が服を着て歩いているようだ。また趣味が筋トレだとか豪語しているだけあって筋骨隆々。この中で一番筋肉が育っているだろう。
「久墨さん、真白を連れてきました」
「ご苦労だったね、グレン。いやあ、真白は放っておくと招集に気付かないからね。助かったよ」
「いえ」
このグレンというイケメンは基本スペックも高く、大抵の事はこなせる性質だというのに――拾ってくれた人物である久墨への異常な忠誠心が、その良い部分を帳消しにしてしまっているのだから人間と言うのは分からない。
しかしこんなのは今に始まった事でもない為、真白はマイペースに口を開いた。
「おはようございます、久墨さん」
「はい、おはよう。寝起きかな……。お前はこう、豪胆だよね。起きて10分で家を出るタイプでしょ」
「それほどでも……」
「褒めてないんだよ?」
何やらパソコンをカチャカチャ操作している久墨は喋りながら小さく首を傾げている。簡易スクリーンをチラチラと見ているようだ。
ここでそれまで黙っていたアルブスが業を煮やしたように、最初から若干キレ気味の言葉を放つ。
「プロジェクターの電源が入っていないようだが?」
「マジ? あれ、さっき電源を入れたと思ったんだけどな」
「真白が部屋へ入って来た直後、急に電源が落ちたぞ……」
「あ、そう。あるあるだよね~。悪いね。うちの家、運に見放されていてね」
電源を入れればすぐにスクリーンに依頼書らしきものが映し出された。
「準備完了。じゃあ、依頼について説明しようかな」
「はあ……説明だけでグダグダし過ぎだろうが」
アルブスの苦言に対し、何故かグレンが噛み付かんばかりの勢いの視線を投げつける。再三言うようだが、グレンは非常に優秀な人材だ。久墨さえ絡まなければ。
渦中の人物である久墨は既にスクリーンへと目をやり、さっさと説明を開始してしまった。
「えーと、私は今回不参加だから説明だけ担当ね。ここにいる3人で行ってきて」
「久墨さん、不参加ですか? じゃあ、大したことない依頼なんですね」
「真白、お前は大したことない依頼でも何かしらやらかすでしょ……」
この面子は比較的歳が近い者を集めたメンバーなのだが、上司が誰もいない。
しっかり者のグレンだけが疲れ切ってしまいそうな面子である。
案の定、真白とアルブスの顔をチラ見したグレンが、やや迷惑そうな面持ちで口を開く。顔に出すぎである。
「どういった依頼でしょうか?」
「依頼内容はとある辺境の村にあるらしい魔導書の回収だよ。依頼人は神秘回収教団……お隣さん達だね。よくあるやつ」
神秘回収教団――信仰神「 」を信奉するカルト教団である。
同じ村に拠点を持ってはいるが、彼等は穏健派なので揉め事に発展した事は無い。どころか、こうしてたまに依頼までしてくるので村内の治安は平和の一言である。
彼等は邪神「 」にご執心というか、グッズ全てを集めるオタクのような存在だ。魔導書とやらも「 」と関係があるのならば金がいくら掛かろうと回収するのである。
「魔導書か~……お隣さんには悪いですけど、本物だったら嫌だなあ。触っただけで何か起きるかもしれないですし」
「今まで回収した魔導書なり何なりが本物だったなんて、数件くらいしかないだろう。回収教団には悪いが、金をドブに捨てたようなものだ」
言いながらグレンが肩を竦める。信仰の形とは人それぞれなのだから致し方ないが。
補足だけれど、と久墨が柔らかく口角を上げる。
「当然、魔導書は「 」由来のものだね。教団の情報が間違っていなければだけれど。そしてそんなに多くの予算を払ってはいない。絶対に欲しい訳ではなさそうだ。眉唾物なのかもね、その魔導書。
教団は金を持っているから――どうしても必要なら、指名が私になっていただろうし。そういう訳だから、肩の力を少し抜いて向かいなよ。お前達は緊張させるとやらかすからね」
「依頼を必ず遂行します。お任せください、久墨さん」
「話聞いてた? 肩の力を抜いてくれよ、頼むから……。グレンはともかく、真白は欠勤日数が今月ヤバいよ。なるべく無事に帰って来てね」
思わぬ飛び火に、真白はぎょっとして目を見開いた。
「え!? 私、そんなに欠勤しましたっけ?」
「うん。してるね。お前は今月、まともに働いているのは10日だけだよ。仕事柄、とやかくは言いたくないけど10はまずいよ10は。一カ月なんて30日もあるのにさ。給与の計算が大変になるって経理の人に怒られちゃったよ……私が」
心なしかボスはぐったりとしている。心労だろう、申し訳ない。