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不器用なアクア・マリンは恋の花を編む  作者: 希代 海


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2

「こちらは侯爵家、あちらは伯爵家。加えてこの婚約は伯爵家からの申し入れだったため、ステファン様から婚約解消を言い出すことは恐らくあり得ないでしょう。そうでなくとも、彼の性格上そんなことは決してできないはずです。……彼は優しすぎるので」

「面識はないけど、僕も噂には聞いたことがあるな。いわゆる優良模範生徒で、教師からも随分と信頼されているとか」


 下唇に軽く人差し指の背を当て、ゆるりと考えを巡らす姿でさえ様になる。と、不意に菫色の瞳がリネアの方を向き、ぱっちりと目が合ったところで、リネアは自分がすっかりディランの仕草に目を奪われていたことに気がつき、慌てて視線を逸らした。


 それから一拍遅れて、あからさまに不自然な態度を取ってしまったことにサァッと青くなる。変な受け取られ方をして、幻滅されてはまずい。ここまで順調にきているのに、と焦りを覚え、リネアは逸る気持ちのままがばっと顔を上げる。


 そして、ディランとの距離感を全く考えずに前のめりな体勢になってしまったリネアは、急に目の前に現れた美貌に今度こそ硬直した。


 しかし幸いにも驚いたのはディランも同じだったらしく、目の前で澱みのない紫の瞳が綺麗な丸を描くのを、リネアはどこかふわふわとした心地で眺めていた。


「うわっ、びっくりした」

「あ……そ、その、申し訳ありません。あまりにもキャントレル様のお顔がその、美麗で」

「んぇ?」

「思わず魅入っていたと言いますか。あ、決して変な意味ではなくて!例えると、ええっと……芸術品を見ていた感じと言いますか……いえ、これはこれで失礼ですわね、申し訳ありません」


 何とか他意のないことを伝えねば、とリネアは思いつくままに言葉を並べる。我ながら支離滅裂な言い訳に、もうちょっと上手く立ち回れないものかと内心で頭を抱えていれば、ふと、小さな笑い声が空気を震わせた。


「……っふ」


 はっとして口を閉じれば、ディランは片手で口元を覆い、小刻みに肩を揺らしていた。


「ふふ、あは、何それ……そっか、芸術品かぁ。なるほど?」

「いえあの、本当に大変失礼を申し上げました……」

「いや全然、っふふ、面白いねきみ……ってやば、敬語抜けてた。失礼いたしました」

「あ、それはお構いなく。どうぞ気楽にお話しください。私の敬語は癖みたいなものですのでお気になさらず」

「あ、そう?なら遠慮なく」


 堅苦しいの苦手なんだよね、とリネアの申し出にすんなりと頷いたディランだが、不快感は全くない。

 こうやって数多の令嬢を虜にして来たのだろうな、と頭の片隅で考え、リネアはほんの少しだけ、寂しいような切ないような不思議な気持ちになる。


 そんなリネアの心情など露知らず、ディランはひとしきり笑ったあと、ふう、と息を吐いてゆったりと顔を上げる。


「……で、偽の恋人役ね。いいよ、引き受けてあげても」

「!本当ですか!」

「ただし、一つ聞かせて欲しい。それって僕に何かメリットある?」


 穏やかな口調とは裏腹に、その瞳にはこちらの真意を全て見透かすような鋭い光が宿っている。

 大層頭が冴えると聞くディランの素の部分を垣間見たような気がして、リネアは半ば無意識に姿勢を正す。しかし問題はない、この質問は想定内だ。


「小耳に挟んだのですが、キャントレル様は現在、複数人のご令嬢に言い寄られているとか」

「ん?あー……まあ、うん、否定はしない」

「その方々は全員、伯爵位以下のご令嬢だとか」

「そう……だったはずだね、たぶん。それが何か?」


 何となくリネアの言わんとしていることは察しているのだろうが、ディランは敢えて質問で返してくる。その表情はリネアを品定めしているようにも見えるが、一方でただこの状況を楽しんでいるだけのようにも見える。


 ここで使えない人間だと思われてはならない、とリネアは小さく深呼吸をして、それから躊躇いなく一気に言い切った。


「一応これでも私は侯爵令嬢ですので、そのご令嬢方よりも身分は上、多少強気に出ても問題はありません。虫除けとしては、十分役割を果たせると思いますわ」

「……なぁるほど、確かに一理ある」


 そう言いながらも特に驚く様子もなく、ディランは薄い笑顔を浮かべたままリネアをじっと見つめている。

 真意の全く見えないその瞳は少し怖くて、そして凍えそうなほどに美しかった。


 ふっとその視線がリネアから外れ、何かを思案するように少しだけ細められる。


「……ま、ちょうど最近父さんにも釘を刺されたばっかりだしね。そろそろ潮時かなと思い始めてたところだから、僕にとっても渡りに船かな」


 ぽつりと独り言のように呟いたあと、透き通るような菫色の瞳がもう一度リネアを捉える。


「でもいいの?婚約者がいるのに別の男と親しくしてたら、きみの評判も落ちると思うけど」

「承知の上ですわ。そもそも私、そこまで結婚願望は強くありませんから。卒業後は王宮勤めの文官になりたいと思っていますし」

「へぇ、そうなんだ。しっかりしてるね」

「……いえ、そうでもありませんよ」

「ん?」


 なんてことない社交辞令の相槌だったが、ほんの僅かにリネアの表情が翳る。

 その一瞬をディランが見逃すはずがなかったが、ディランがその違和感について触れるよりも、リネアが口を開く方が早かった。


「期間は学園卒業までの約半年。契約満了後は後腐れないよう一切の関わりを断つ所存です。もちろん、キャントレル様に邪な感情を抱くことは絶対にないと誓いますわ」

「言い切るね。側から聞いてるとただのフラグなんだけど……まぁ、きみなら大丈夫そうかな」


 本人が触れてほしくないのならば無闇に触れることでもない、とすぐに思考を切り替えたディランは、真剣な表情であからさまなフラグを立てたリネアに苦笑を漏らす。


 意味がよくわかっていないらしいリネアはきょとんと目を瞬かせ、その予想外に幼くあどけない表情に、ディランはへぇ、と少しだけ目を瞠る。


(そんな顔もできるのか)


 純粋に頭に浮かんだ感想に、一拍置いてディランの口から失笑が零れる。これもまた、側から見ればただのフラグにしか聞こえない。


「了解、偽の恋人役を引き受けよう」

「交渉成立、ですわね。ありがとうございます、キャントレル様」

「うん。じゃあまずその呼び方をやめようか、リネア」

「へぁっ」


 交渉が上手く行ったことにほっと胸を撫で下ろすリネアだが、続けてディランの口から発せられた想定外の言葉に気の抜けた声が飛び出る。


 そんなリネアを面白そうに眺めながら、ディランは余裕たっぷりににっこりと微笑む。


「ディラン、ね。さすがに恋人同士で苗字呼びは不自然でしょ」

「そ、そうですよね。わかりました……ディ、ディラン、様」

「様もいらない」

「うぇっ……え、えと……ディラン?」

「ん、まぁギリギリ合格。でもちゃんと慣れてね?……これからよろしく、リネア」

「こ、こちらこそよろしく……ディラン」


 人見知りな性格が災いして人間関係が希薄なゆえ、ステファン以外の同年代の男性にことごとく免疫のないリネアは、しどろもどろになりながらも何とかディランの要望に応える。


 リネアは自分の顔が赤くなっていないか心配で仕方がなかったが、そんなリネアをよそに、ディランは随分と機嫌良さげに笑っていた。

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