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短めのお話です。(全10話程度を予定)
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
「ディラン・キャントレル様!私の恋人になっていただけませんか!」
「え、嫌だけど」
「即答!」
女は度胸!と己を奮い立たせて勢い任せに言い切り、ほぼ直角に体を折り曲げ右手を差し出すも見事に秒殺されて、侯爵令嬢リネア・ジェンキンスは思わず前のめりにツッコんでいた。
がばりと顔を上げれば、目の前の美青年は中庭のベンチに優雅に腰掛けたまま、肩口で切り揃えられた美しいアイスブルーの御髪をそよ風に靡かせ、ニコニコと微笑んでいる。
たった今、一人の令嬢の告白を躊躇なく斬り捨てたとは思えないほど朗らかに。
「もしかして知らない?僕がそういうの嫌いだって」
「いえ、存じ上げております。どんな淑女にも等しく愛を囁き、けれど指先一つ靡かない孤高の美青年、ディラン・キャントレル伯爵令息様」
「何その小っ恥ずかしい二つ名。そんなふうに言われてるの?僕」
やだなぁ、と今度は薄っぺらい微笑ではなく本気で嫌そうに顔を顰めるディランを見て、リネアはようやく冷静になる。
ディラン・キャントレル。王宮内でも優秀な文官と評されている、現キャントレル伯爵の一人息子。
魔女と呼ばれるほどの美貌の持ち主である母親に似た、恐ろしく整った顔立ち。そして父親譲りの怜悧な頭脳で大抵の事はそつなくこなす、将来を大きく期待された青年。
ただしそれは、彼の人間関係について一切触れなかった場合の話である。
学園の同級生であるディランとリネアだが、今日という日まで接点というものはまるでなかった。それもそのはず、普段教室や図書室の隅で黙々と勉学に励むリネアとは対照的に、ディランはいつもどこぞのご令嬢と中庭のベンチでべったりと寄り添っているような男だからだ。
無論、一線は絶対に越えない。が、兎にも角にも距離感がおかしいのである。その上、一緒にいる令嬢は短期間のうちにコロコロと変わる。
ゴシップに疎いリネアの耳にもそんな噂がちらほらと入ってくるほどには、彼は学園内でそこそこの有名人だ。
日陰者の自分とは住む世界が全く違うと思っていたディランと、こうして一対一で話す日が来るなど夢にも思っていなかった、とリネアはふと考える。
それから先ほどの己の発言を思い返し、最も重要な部分が抜けていたことに気がつくと、慌ててもう一度口を開いた。
「申し訳ありません、言葉が足りていませんでした。……私の偽の恋人になっていただけませんか?」
「偽の?」
予想外の言葉だったらしく、菫色の瞳がきょとりと瞬く。今回は秒殺されなかった、と内心ホッと胸を撫で下ろし、リネアは改めて姿勢を正した。
「自己紹介が遅れました。私はリネア・ジェンキンスと申します。どうぞ気軽にリネアとお呼びください」
「ジェンキンス……名門侯爵家のご令嬢でしたか。これはまた、どういうご了見で?」
「急に押しかけて来たかと思えばこのような頓珍漢なことを言われ、キャントレル様が警戒なさるのも無理はありません。しかし、どうかお話だけでも聞いていただけませんでしょうか。その上で嫌だと申されるのであれば潔く諦めますわ」
「へぇ、ジェンキンス嬢はなかなか清々しい性格をされているようだ」
リネアの言葉に対し、ディランは面白そうなものを見つけた、というようにキラリと瞳を光らせた。その反応をリネアは見逃さず、彼の興味が失せる前にと話を続ける。
まず第一に、リネアには親同士の決めた婚約者がいる。
婚約者の名はステファン・レイランド。レイランド伯爵家の嫡男であり、リネアやロビンと同じ三年生である。
容姿は比較的整っている方で、成績も平均より少し上程度。穏やかな性格で人当たりも良く、大人たちからの信頼も厚い。簡単に言うと、「ただのめっちゃ良い人」である。
リネアとの関係も概ね良好、リネア自身も彼に対して不満は一切ない。
それなのになぜ、リネアはディランに偽の恋人役を依頼したのか。その答えは至ってシンプルなものだ。
「ステファン・レイランドには他に好きな女性がいる、と」
「ええ。Cクラスのサマンサ・ヘンズリー様ですわ」
「伯爵家の坊っちゃんが子爵家のご令嬢に恋煩い、か。なるほど?」
令嬢の名前を言っただけで瞬時に爵位が出てくることには少し驚いたものの、噂に聞いた「女たらし」「遊び人」という単語がリネアの脳裏を掠め、何となく納得してしまう。
そんなことを考え、無意識のうちに遠い目をしていたらしいリネアは、それに気づいたディランの胡乱な目つきでハッと我に返り、小さく咳払いをして話を戻す。
「私はステファン様に対して、もちろん友人としての情は持っておりますが、正直に申し上げますと恋愛感情はないのです。そして、恐らくそれは彼も同じ」
「ふむ。つまり、レイランドとヘンズリー嬢は相思相愛、自分は邪魔者になりたくないけれど、このままだと婚約解消は難しい。そこで僕に手を貸して欲しい、といったところでしょうか?」
「……さすが、察しが早くて助かりますわ」
「お褒めいただきどうも」
ひと欠片も感情のこもっていない声でそう言ったディランだったが、その口ぶりとは相反して、意外にもどこか楽しそうに口角を上げている。
リネアはその微妙な態度をどう解釈すべきか考えあぐねていたが、一先ずは己の持っている情報の開示を優先することにした。
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