7.抱えるもの
翌日のログイン。
アリスはココアとシズクに昨夜の出来事を話した。
「ユニークボスとかうらやまー。あたしも相手したかった」
「呼んでくだされば駆けつけましたのに」
「二人とももうログアウトしちゃってたじゃん」
アリスは頬を膨らませた。
「ニシシ、けどソロで討伐とかさすアリ! ユニークモンスターならドロップもいっぱいでしょ! どんなのゲットした?」
「いろいろゲットしたよ。この剣とか」
ストレージを操作し、手に入れた黒い両刃の剣を取り出す。
【死と祝福の剣】
片手剣/ロングソード
MP+40 STR+20
レアリティ:S
スキル
【デッドリーイノセンス】……攻撃に毒属性を付与。クリティカル命中時に低確率で即死を与える。
【形状変化】……大剣に変化。STRが更に+20されるがAGIが-10される。
「状態異常特化の武器って感じ? え、めっちゃ強くない?」
「壊れ性能ですね。さすがユニークボスのドロップ」
「それとスキルも」
ユニークスキル
【死霊術】
称号【死霊の主】を設定しているときのみ使用可能。
レベル×1の数の死霊兵を召喚、操作する。
「ひゅー! ユニークスキル! いーじゃんめっちゃ強そう!」
「そうなんだけど、もう一個のスキルがなんだかよくわかんなくて」
「もう一個のスキルとは?」
「うん。これなんだけど」
アドミニストレートスキル
【大賢者】
神の権能の一つ。
万物の解析、統合、分解、複製を司り、既知を代償に神性領域にて新たな叡智を創造するスキル。
「なんこれ?」
「アドミニストレートスキルという単語も聞いたことがありませんし、説明もよくわかりませんね……。もしかしたら、アップデートで新しく追加された機能なのかもしれません」
「攻略サイトとか掲示板で調べてみたんだけど、それっぽいことは何もわからなくて。誰かに訊く前に二人に話した方がいいかなって思ったの」
「ユニーク関連情報ってそれだけでお金になるもんね。スキルもユニークならショップで売ったら余裕で百万超えるし」
「アリスさんがそんな事するわけないでしょう。アドミニストレート……管理者という意味だと思いますが……使ってみましたか?」
「ううん、よくわかんなかったから。代償っていうのもなんか怖かったし」
「とりま使ってみたら? 試してみないことには始まらないっしょ」
「うーん……それもそっか」
「ここはギルドホームで誰かに見られることもありませんし、危険そうなら私たちが止めますから」
後押しを受けてアリスは新たなスキルを試すことにした。
「アドミニストレートスキル、【大賢者】」
刹那、アリスの視界に銀河が広がり二人の前から姿を消した。
……などということも特になく。
「……? 何か変わった?」
「アリスさんの目が虹色に」
「映えな感じにはなってる」
「自分じゃよくわかんないんだけど……」
ステータスに変化は無く、身体に異変も無い。
困惑するアリスの前に、ポンとウィンドウが浮かび上がる。
「神性領域構築完了? ここが神性領域? 神性領域ってなんだろ……」
質問に答えるように新たなウィンドウが出現する。
「えっと、管理者のみが立ち入ることを許される領域……管理者?」
《世界の創造主》
「世界の創造主? んー?」
答えが返ってきたところで理解は出来ず、アリスは【大賢者】がどういったスキルであるのかを確認することに努めた。
「このウィンドウって二人にも見えてる?」
「一応」
「触れはしないっぽいけど」
「やっぱり私にしか使えないってことなんだ。ええと、なんだっけ? 統合と分解を司るとか何とか。二つを一つにしたり、一つを二つにしたりみたいなことだよね?」
「横で見てますから、とりあえずアリスさんの好きに使ってみては?」
「うん」
ストレージにて【鉄の剣】と、ショップで購入可能の【衝撃波】の技能結晶を選択。
するとウィンドウに複数の選択肢が表示された。
どれも見たことがない武器だ。
とりあえず、と一番上の武器を選択する。
「これでいいんだよね? と、統合!」
選択した剣と結晶が光と化し、螺旋を描きながら高く上がっていく。
やがて交わり、一つの光となってアリスの前に降りてきた。
「わぁ……」
《世界に新たな叡智が誕生しました》
「【ショックブレード】……スキル【衝撃波】。おお、本当に剣にスキルが統合されてる!」
技能結晶は消え、手にした剣の刀身には波紋が刻まれている。
軽く振るうと前方への衝撃波が放たれる。
ただし性能としては斬撃を飛ばす【エアロリープ】の劣化版といったところで、お世辞にも実用的とは言い難かった。
「じゃあ分解は……」
同じ要領で分解を試してみる。
【ショックブレード】はそれぞれの素材へと分解された。
「これ……おもしろい!」
アリスが表情を明るくしたのも束の間。
ふとあることに気が付いた。
「あれ? ストレージのアイテムが減ってる?」
見ると回復アイテムと未使用の剣が消えていた。
「既知を代償にって……持ってるアイテムが消えちゃうってこと?」
「新たな叡智を創造……なるほど、そういうことですか。アイテムをリソースに新たなアイテムを創ると。なんというか……」
「それ普通にチートじゃない?」
「いろいろと検証してみないことにはまだ何とも。アリスさん、そのまま続けられますか?」
「うんっ」
その後数時間、【大賢者】の検証に時間を費やした。
「ひとまずこれまででわかったことをまとめましょう」
【大賢者】は既存のアイテムをリソースに、新たなアイテムを創造するスキルである。
リソースはレアリティの低い順にランダムで消費されるが、石や木の枝など大量に入手可能なアイテムはリソースにならない。
同じくリソースを消費しアイテムの複製も可能。
性能がまったく同じの複製品を創造出来るが、複製品はリソースに出来ず、一つのアイテムに対し複製回数の上限は一度きり。
再使用時間を必要としない反面、発動中は【大賢者】の操作と会話以外の行動の一切が制限される。
「使用上限がレベルと同じっていうのがなぁ」
また、何でもかんでも統合しても役には立たないということも判明した。
例えば剣に【槍術】のスキルを付与したところで無意味が極まり、【消臭】に【暗算】といったスキルを組み合わせても用途が無い。
統合はあくまで同系統、同属性、その他有益なものでなければ使い道が無いということだ。
「まだまだ使い道がありそうですが、汎用性が高すぎて逆に全容が掴めません」
「マジで壊れてんね。てかこれ革命だろ」
「プレイヤーとしての範疇を大きく越えています。さすがに大っぴらには出来ませんね。対人戦中も使用は控えた方が良さそうです」
「ログに残るしね。絶対誰にも言うなよーアリス」
「うん、わかってる。でも本当になんなんだろうこのスキル」
「神の権能の一つ、とありました。もしかしたらこんなスキルが他にも存在しているとか。もしもそうだとしたら」
「あたしらで独占すればゲームバランス崩壊のつよつよギルドになるってこと? だとしたらマジでアガる! ちょっと見えたんじゃね? あたしらの野望の実現がさ!」
「今のところユニークボスを超ハイレベルな討伐でクリアした、以外の情報はありませんが。一応私の方でもいろいろ調べてみます。【叡智の樹】に信頼出来る知り合いもいますから」
「お願いシズクちゃん」
その後少し話をし街を見て回り、時刻は深夜に差し迫った頃。
「そろそろログアウトする?」
「あたしもうちょい遊んでく。土日はガッツリバイト入れてるし」
「ココアちゃん宿題した? ちゃんとやらなきゃダメだよ?」
「アリス見ーせて♡」
「もー。シズクちゃんは?」
「私ももう少しだけ。明日は予定があってログイン出来ないので」
「そっか。じゃあ先に落ちるね。おやすみ、また連絡するね」
「おやすー」
「おやすみなさい」
軽く手を振り二人と別れる。
アリスは意識を電脳世界の外へと戻した。
――――――――
ベッドの上で身体を起こす。
外したギアを枕元に置き、伏木アリスは、んっ、と背すじを伸ばした。
小腹がすいたと一階のリビングへ降りると、母親が洗い物を済ませたところに出くわした。
「あら、まだ起きてたの? またゲームしてたんでしょう」
「エヘヘ、ちょっとね」
「昔からゲームが好きなのは変わらないんだから。ちゃんと身体を休めないとダメよ?」
「わかってるよ。それよりお腹すいちゃった。何か残ってない?」
「晩ご飯たくさん食べたじゃない」
「ゲームするとお腹すくんだもん。あ、カップ麺見っけ」
戸棚のカップ麺を漁って止められた。
「それはお母さんのだからダーメ。インスタントのコーンスープがあるからそっちにしなさい。パンも焼いてあげるから」
「はーい」
娘の健康を気遣ってのことであるが、育ち盛りのアリスは若干不服気味。
ともあれ数分後、甘いコーンスープとサクサクのトーストを平らげすぐに機嫌がよくなったわけだが。
「ふー。ごちそうさまでした」
「今日はもう寝なさい。明日も一日ゲームをするつもりでしょうし」
「うん。おやすみお母さん」
「おやすみ」
「……ねえお母さん。もし私が」
「?」
「……なんでもないっ。おやすみっ」
何かを言いかけたアリスだが、途中で切って部屋に戻ってしまった。
「……言ったらどんな反応されるんだろ」
まだそれを口にする勇気は無く。
アリスはギアを抱いたまま眠りについた。
――――――――
「はぁ、はぁ……!!」
硬い岩の鱗の地竜の群れに一人立ち向かいながら、ココアは肩で息をした。
スタミナ切れの疲労でも、途切れることのないモンスターに辟易しているわけでもない。
これは怒りだ。
『心愛、あなたはちゃんと大学に行って、真っ当な仕事に就きなさい。お父さんみたいにならないようにね』
『こないだの約束、ちゃんと守ってよ。次のイベントで一位取れたら』
『ゲームで一位を取ったからって何になるの。そんなこと、社会の何に役立つの。ゲームなんてくだらないことは高校生までにしておきなさい。いいわね』
現状を変えられない自分への怒り。もどかしさ。
「絶対認めさせてやる」
飛びかかってくる地竜を力任せに振るわれる大鎌の一閃が薙ぎ払う。
「邪魔くせーんだよ! 【パニッシュメント】!」
地竜の群れは光の粒子となって消えた。
レベルアップのウィンドウの表示に、ココアは小さく拳を握った。
「ウチの夢なんだ。諦めてたまるか……!」
――――――――
『雫』
『はい』
『成績が思わしくないようだな。どういうことだ』
『申し訳ありません。次のテストでは必ず』
『どういうことだと訊いている』
『…………』
『うちの社で取り扱っている以上、禁止とまでは言わぬ。だが児戯にいつまでも興じているからこういうことになる。双海家の人間としての自覚を持て』
『お言葉ですが、ゲームはただの遊びでは』
『話は以上だ。下がれ』
『先立ってのお約束、守っていただけることを信じております。お父様』
「父親ヅラを……」
引き金を引く毎に骸骨の頭部が消し飛ぶ。
スコープ越しに見える蹂躙の景色は、荒んだ彼女の心を晴らした。
だが足りない。
まだ足りない。
この渇きはモンスターなどでは到底収まらない。
人でも撃ち抜けば少しは晴れるでしょうか、と。
シズクは静かに獲物を求めた。