5.白銀の華
「【ランスラッシュ】!」
「ぃよ、っと」
炎の槍を叩き落とし逆袈裟に鎌を振り上げる。
ココアが残った一人を倒すべく武器を構えたところ、横から飛来した銃弾が側頭部を射抜いた。
銃声の方を見やると、シズクがしてやったりの顔を浮かべていた。
「はー? キルパクすんなしうっぜ。マジ解せんわ」
「早いもの勝ちです。これで向こうの生存は一人。おそらくというか、十中八九リーダーのミオさんで間違いないでしょうけど」
「あーね。っぱメインディッシュはアリスかー」
「加勢はどうします?」
「べつに要らないっしょ」
「そう言うと思いました」
シズクは武器を収納し、ココアもそれに合わせて大鎌を担いだ。
勝利を確信している以上に、負けるという疑念が欠片程も無い。
自分たちのリーダーこそが本物の最強であると、彼女たちは知っている。
――――――――
一度。二度。三度。
剣と刀をぶつけ合い、耳が痺れるほどの音を鳴らす。
武器が折れそうなほどの鍔迫り合いから一転、互いに距離を取り剣を高く掲げた。
「【百合之太刀】」
「【エアロリープ】」
氷の斬撃が空を舞い、真空の斬撃と穿ち合い爆ぜる。
氷霧を突き破りエレンが剣を引いた。
「【群玉六花】」
迸る冷気が尾を引き空気中で煌めく。
雪の結晶を描く六連撃に対し、
「【グリムアリア】」
黒の一閃をぶつける。
二人の間でエネルギーの余波が幻想的に散った。
(他のギルドとの映像データとオーマたちとの戦闘から鑑みるに、やはりSTRよりAGIにステータスを振っている印象です。それにボディバランスが抜群。どんな体勢からでも攻撃を繰り出してくる上に、こちらの動きがよく見えている。それにこの反応速度)
エレンが鋭い突きを放つ。
アリスは右足を軸に身体を回転させて突きを回避し、勢いを殺さずに横薙ぎに剣を振った。
よもやそれが誘いだとは勘付かず。
「【玲瓏睡蓮】」
空に咲く氷の蕾が剣戟を阻み、衝撃により開花した睡蓮の花弁が爆散した。
カウンター型の【氷魔法】だ。
「っ、危なかった!」
いち早く察知したアリスは花弁の一枚、身体を凍らせる霜の花粉にやられることなく距離を取って整息した。
(通常、レベルによるステータスの差は埋め難い。けれど技術でそれを埋める方法がある。"クリティカル"と"パリィ"。急所をピンポイントで狙うことでクリティカルを発生させれば与えられるダメージは増加し、タイミングよく攻撃を弾けばパリィが発生し有利な状況を作り出すことが出来る。何の間違いかと思いましたが……どうやら彼女はそれらを狙って撃てる)
信じ難いにせよ、目の前のそれが現実。
身の毛がよだつような精錬された動きに美しさすら覚え、ミオは思わず見惚れ感嘆のため息を漏らした。
「これだけ攻め立てているにも関わらず、攻撃が当たらないというのは初めての経験です。そういうスキルなのか、単純に目が良いのか。俄然アリスさんというプレイヤーに興味が湧いてきました」
「アハハ……普通のプレイヤーなんですけど……」
「それでは、私は普通のプレイヤーにダメージを与えられない無能になってしまいますね」
能面の下でクスッと笑う。
「ええ、いや! そんなつもりじゃ!」
「フフ、冗談です。ついからかってしまいました。無礼でしたね。戦闘中だというのに気分が高揚してしまったようです」
やはり楽しいですねと、ミオは刀身を鞘に収めた。
「強い方と戦うのは」
カラン、下駄を鳴らす。
一足でアリスとの間を詰め、鞘内で加速させた刀を抜き切る。
技の名前を【雪月花】。渾身にして最速、斬った対象を凍結させ、ステータスを一時低下させる居合の技である。
「!」
モンスターはおろか対人戦でそれを避けられた記憶は存在せず、今回も確実に喰らわせたはずであった。
ミオの目にアリスの姿は無く、当の本人は宙空。
小柄な身体を前転させながら、空いた背中を下から上に斬り付ける。
(避けた……? 私の動きを予見でもしていない限り、そんな動きが出来るはずがない。これはシステムに縛られたゲーム内の動きでなく、彼女自身の能力。攻撃を見切る目も、体捌きも、全てが純粋なプレイヤースキル……)
予想だにしない回避と反撃にミオは顔色を変えた。
魔法で距離を取るべく五指を広げアリスの方に手を翳すが、アリスの剣は魔法の発動よりも速い。
エレンの左肘から先が宙へ飛んだ。
「っ!」
HPは半分以下まで削られたが、それを好機とスキルを発動させる。
「【羅刹】!」
蒼白のオーラが立ち昇るそれは、HPが最大値の半分以下になったとき発動する、全ステータスを上昇、更に攻撃範囲を拡大するスキル。
「【彼岸の矢】!」
これ以上長引かせては危険だと直感したミオは、二十を超える氷の矢でアリスを牽制しつつ距離を取り、自身の最強の魔法を発動させた。
部屋は吹雪が吹き荒れ、周囲を凍てつかせていく。
床に咲くのは大輪の氷の花。
そしてエレンの背後には、氷の月を背負う美しい姫が顕現した。
「【怪異招来:輝夜姫】!」
祈りを捧げる手を解き、慈愛に満ちた眼差しでアリスに手を伸ばす。
姫の御手は触れたものを絶対零度で凍てつかせ破壊する正真正銘の切り札。
それを使って尚、ミオは勝利を確信出来ず、喩え難い不安を感じていた。
その正体はすぐにわかることになる。
このアリスという少女は、まだまだ底を見せてはいないのだと。
「すぅぅ……ふぅ……」
深呼吸を一つ。
意識を集中させ輝夜姫の御手を掻い潜る。
蛇のように絡みつこうとする髪も、冷気の波動さえもアリスには追いつけない。
「こんなことが……」
愕然とするも、それで勝敗が決したわけではない。
スキルはスキル。
アリスは最後までミオから目を離さず、訪れた好機を着実にものにせんとした。
「【アクセラレーション】!」
白銀の世界に黒を引く。
【アクセラレーション】を【剣術】スキルにおける最速の歩行術とするなら、これは最速の剣技。
アリスにとっての必殺技である。
「【アルフィリアス】!」
その様、まるで流星。
反撃を許さずエレンの身体に深い傷を負わせHPバーを割る。
油断せず最善を尽くしたミオは、その結果に愕然としながらも、満足した思いで氷の結晶が煌めく空を仰いだ。
「完敗ですね」
刀を鞘に収め、
「参りました」
手を重ね丁寧にお辞儀をしながら消えていく。
アリスはグッと柄を握り、天高く黒い刃を突き上げた。
【不思議の国のアリス】の完全勝利。
そんな誰もが予想し得なかった事態に観衆はざわめき、驚きを隠せずにいた。
歓声止まぬ広場に戻り、アリスはココアとシズクと共に勝利を喜んだ。
「やったやった! 勝ったよココアちゃん、シズクちゃん!」
「うぇーい。さっすがアリスー。信じてたよウチの嫁っ」
アリスに抱きつき頬ずりをするココアを引き剥がし、シズクは労いの言葉をかけた。
「どさくさに紛れて何を正妻を気取っているんですか。アリスさん、ナイスファイトでした」
「エヘヘ。これでランキング100位圏内。次のイベント出られるね」
「おー暴れてやろーぜっ」
「このまま突き進みましょう」
今にも祝宴を開きそうな盛り上がり。
そこへミオが粛々と近付いた。
「ありがとうございました。いいバトルでした」
慌ててアリスも頭を下げる。
「こちらこそ!すっごく楽しかったです!」
「不思議と悔しくはありません。実力の差は歴然でした。どこかのプロなのではないかと疑うくらいには」
「違います違います! ただの……っとと」
年齢と学生であることを口走りそうになり、口に手を当てた。
それを見てミオは笑い、
「次は負けません」
と、声色に強気を混ぜて言った。
「イベントで相見えるのを楽しみにしています」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「次もあたしらが勝つから。そこんとこよろでーす」
「あんた次はマジでズタズタにしてやるから、覚悟しときなさいよ」
ミオの後ろでリリーシアがココアを指差す。
「いつでも相手してあげるよ、リリーちゃん」
「ムッカつく……!」
ヘラヘラと笑うココアに、リリーシアは最後までむかっ腹を立てた。
「それではまた。【不思議の国のアリス】の皆さん」
負けて尚も強者らしい在り方で、【セイレーンの瞳】は去っていった。
「カッコいいなぁミオさん。大人って感じ」
「あぁん? 浮気かぁアリスー? アリスにはあたしがいるでしょ?」
「他の女性に懸想なんていけない人ですね」
「うえぇ?!」
なんてやり取りをしていると、その当人からフレンド申請が送られてきた。
『もしよろしければ、お友だちになっていただけると嬉しいです』
凛々しく芯が一本通った強さを持ちながら、面と向かって伝えるのは気恥ずかしいという奥ゆかしさのギャップに、アリスは思わずキュンとした。
もちろん返事はイエス。
その後何度かメッセージを交わし、ときには共に遊ぶ向かうような仲にまで発展するのだが……それはまた別のお話である。
「てかなんか収まらんし、このままダンジョン潜らん?」
「あ、いいね。どこ行く?」
「【屍龍の洞窟】。素材集めたいんだよね」
「いいよー。三人でなら周回も早いよね」
「せっかくですしタイムトライアルでもしませんか? 一番攻略が遅かった人が食事を奢るということで」
「あたし他で素材集めしたいから無理」
「おけー。散財させてやんよ」
一同は興奮冷めやらぬまま、激戦を制したその足でダンジョンへと向かった。