4.アリスという少女
広場の大型モニターに映るココアが指二本を唇に当てて投げキッスする様を見て、敗退したリリーシアはギリギリと食いしばって憤慨した。
「ぅあーーーーもう!! ムカつくムカつくムカつく!! あの女、次はぜーったいズタズタにしてやる!!」
「侮っていましたね。お互い」
肩を落として落胆するミルフィ。
敗因は油断だとハッキリ言った。
「調子が鰻登りなだけの若いギルドが私たちに挑む……そんな構図を思い描いていました。その結果手玉に取られ、善戦すら出来ず敗退。ミオ様に申し訳が立ちません」
【セイレーンの瞳】のメンバーは、すでに半数以上が脱落。
たった三人のギルドに圧倒されている現状に、リリーシアは悔しそうに歯噛みした。
「ぅぐぐ……で、でもまだミオ様が残ってるし! それにオーマだって! あの二人ならあいつらなんか!」
モニターに映るココアとシズクは順調にメンバーを倒していく。
一方で【不思議の国のアリス】のリーダーは、未だ接敵せず広い図書館の中を走り回っていた。
――――――――
「んー……誰も見つからない」
なんてことはない。
ただの迷子である。
「何もしないうちにバトルが終わっちゃったらどうしよう。えっと、こっちがこうで……こうだから……」
マップを確認し見当違いに辺りと照らし合わせていると、カチッと足下で音がした。
「ほぇ?」
真横の絵画のカバが大きな口を開け、アリスを丸飲みにする。
「ほあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
飲み込まれたアリスは長い滑り台に流され、見えた出口の光にへダイブすることとなった。
「へぶっ!」
べチャリと腹這いで着地し間抜けな声を出す。
ダメージギミックでなく、絵画と絵画を繋いだ隠し通路の一つだったようだ。身体を起こすとさっきまでとは違う場所にいることを理解した。
絵画には描かれたカバのお尻が運営の悪戯心を表している。
「うぅ……ひどい目にあった……ん?」
突如現れたアリスに、そこに居た女性たちは武器を向け身構えた。
そこは【セイレーンの瞳】の初期リスポーン地点。
リーダーのエレンの守護に固めた四人と、副リーダーのオーマ、計六人が布陣を敷いていた。
「奇想天外なところから現れますね」
クスッと能面の口元に指を添え品良くミオは言う。
「ど、どうも」
自分でも予期せぬ邂逅に照れくささを覚え、アハハと笑うしかないアリス。
「そちらのお仲間が、随分とこちらの数を減らしたようです。数の有利はほとんど潰されてしまいました」
「ココアちゃんもシズクちゃんも強いですから。二人とも本当にスゴくて、格好良くて。私なんかいつも頼りっぱなしで……だから私も頑張らなくちゃって思うんです」
隙だらけ。
そう判断したが故の判断。
エレン、オーマを除く四人が四方を囲み、一斉に攻撃を仕掛けた。
「【グランドストライク】!!」
「【ゴールドラッシュ】!!」
「【レッドシュート】!!」
「【ハリケーンナックル】!!」
表情は違えど二人は驚嘆した。
「…………」
「!」
四人の攻撃をダメージ一つ受けずいとも簡単に避けてみせたのみならず、最小の動作のみで斬り伏せてしまったのだから。
「強い……」
「お飾りのリーダーというわけではない、ということですか」
「ミオ様、ここは私が」
オーマが一歩前に出て、柄の長い金の大斧を構える。
「【セイレーンの瞳】副リーダー、オーマ。推して参る」
武士然と、勇猛に正面から突貫。
骨の兵を余裕で薙ぎ倒すほどの突進をアリスは剣で受けたが、体重を乗せた重い攻撃に踏ん張りがきかず後退させられた。
壁に激突する寸前で剣を軸にいなし跳んで回避。
それに留まらず空中でオーマの肩を斬りつけた。
「なんという身のこなし……!」
オーマは素早く動くアリスを近づけまいと大斧の乱舞を仕掛けた。
しかしアリスは高速で回転する斧の隙間を縫い、いとも容易くオーマを斬った。
二人は距離を取りつつ、相手側の力量を分析した。
(速さでは敵わない。ならば)
(力比べじゃ勝てない。だったら)
(一撃必殺の攻撃で葬る)
(反応出来ない速さで斬る)
奇しくも二人の行動は一致した。
武器を高く掲げ、間合いの外からスキルを発動させる。
「【竜気】! 【剛力無双】! 【破翔竜斬】!」
竜を象ったオーラがアリスの周囲で渦巻き、暴風のような斬撃の渦の中へ閉じ込めんとする。
バフにバフを重ねた、初見不可避のオーマの必殺コンボである。
故に一番驚いたのはオーマだ。
まさか自ら暴風に突っ込むなど、と。
ましてや、
「【アクセラレーション】」
それを斬り裂きながら自分の元へとたどり着くなど、いったい誰が予想出来ただろうか。
スキルをすでに発動させているオーマは、システムに添って身体を動かすしかない。
斧をすり抜け、身体を撫でるように剣を滑らせる。
すれ違いざまに一度。
振り返って背後から一度。
「おおおおおおお!!」
身体を斜に斧を避け、左腿と首を斬りつけ更に心臓に深々と剣を突き立てた。
見ている者は驚嘆を。
斬られたオーマはいっそ清々しいまでの敗北を覚えた。
「……申し訳ありません」
終始敵わなかったことを悔やみはしたが、それ以上にスッキリとした心地良ささえ覚えながら、崇拝するリーダーへ謝罪しながら消えていった。
「ご苦労さまです、オーマ。皆さん。ゆっくり休んでください」
カラン
静観していたミオが下駄を鳴らす。
「【雪颪】」
細かい氷の礫が混じった風が狂い、燃え盛っていた炎を鎮める。
熱気は失われ、空間の気温が一気に下がった。
「散っていった仲間の仇討ちとは言いません。一人のプレイヤー……いえ、剣士として、にしておきます。あなたに興味を持ちました」
鈴の音のような涼し気な声で。
漆塗りに結晶模様が入った鞘と柄。鍔は無い。
青みがかった刀身が冷たい輝きを放つ、芸術品のような刀を抜いて、ミオはその鋭い切っ先をアリスに向けた。
「やり合いましょうか、アリスさん」
「はい!」
最終局面。
二人のリーダーの剣が交わった。